第四章 いのち短かし
幕間Ⅳ 一匹の喧嘩師
この世には、死んで良い人間と死ななくても良い人間の二種類ある。
死んで良い人間というのは、なんの利も生み出さない無能のことで、ヤツらはとにかく偉そうだ。世界はすべて自分の周りで回っていると信じて疑わない。まぁ、それだけなら良い。それだけなら好きに生きて結構だ。
だが、ヤツらは他人を
死ななくても良い人間というのは、生きることに真摯で勤勉な者である。以上。
そもそも、オレは死ななくても良い人間など興味はない。そういうヤツらを殺す動機がないからだ。
オレは生まれた頃から、周囲より力があった。周囲が非力なだけだが、とにかく力が強い。念じればあらゆるすべての物体を自由自在に操作できるし、破壊することもできる。また、人体の内部を脳内に思い描くことで他人の臓器を破壊することもできる。他人の命をほしいままに
オレはなんでもできる。人類にとって最高傑作だ。しかし、そんなオレを周囲は遠ざけ、バケモノ扱いする。それが親に捨てられる要因であった。親は無能だったようで、オレを産み落とした罪により村から追放され、どこぞの山奥でのたれ死んだ。
オレはあちこちをフラフラさまよい歩いて生き延びた。幸い、山や海に行けば食うものに困らなかったし、気が向いたときには里で畑を荒らしたりした。そうして自力で生きているうちに、オレはいつの間にか大都会東京にたどり着いた。
浅草にはオレのような異種がおり、そいつらも同じような扱いをされて
「バカにされて笑われて、何故平気でいられるのか」と。
すると、ヤツらは笑いながらこう言った。
「そういうもんだから」と。
話にならん。己の価値を考えもせず、ただただエンターテイメントとして消費されていくのがサダメであると受け入れている。阿呆だ。
そして、オレはそんな阿呆になりきれない馬鹿だった。道化でいられたらまだ幸せだったろうに、愚かにもオレはオレの価値を高く見積もっている。それなのに、金の力で肥え太った連中から転がされ、蔑まれ、疎まれながら生計を立てている。
そこでようやく己が
そうだ。オレもひとを慮ることをせず、また客観視もできず、わかったような口をきき、指図だけして、気に入らんことがあればひとを平気で殴る。それは己の快楽と欲求のために生きているのであって、あの金持ちらとなんら変わりないのだ。
しかし、ヤツらとオレでは違う点がある。
ヤツらはオレに殺されるが、オレは誰にも殺されないことだ。誰であろうとこのオレを拘束することは不可能であり、殺すことができない。
害を為す連中が近づけば、まず身動きができぬよう全身を念で縛り付ける。そして、動けなくなったところを一瞬で
そうなると、オレの周囲はなんとも下等でつまらない生物ばかりとなった。強い力を我が物にしようとする人間もいたが、そいつらははじめっからオレが能無しだと決めつけていやがった。
ふざけんな。
オレは何者にも縛られない。指図も受けない。守るものもない。誰かと連れ添うことも、馴れ合うこともしない。
「それはそれは、寂しくはありませんこと?」
ひとりの女がそう訊いてきた。あれはいつのことだったか。確か、去年の冬だったと思う。ちらつく雪の中、その女は精巧な顔立ちで「ふふふ」と笑うのだった。
「守るものがあれば、ひとは強くなると言うではありませんか。貴方はもっと高みを目指すべきなのです」
しかし、そんなことは所詮きれいごとである。守るものがあったせいで、死を選ぶ者が幾人もいたことをオレは知っている。犠牲なくしては誰かを守ることもできないらしい。己の身を守れず、誰かのために朽ち果てるのは愚かだ。それは、そいつの自己満足に過ぎない。己を軽んじる者が他人を守るなど甚だ傲慢である。やさしいと思ったら大間違いだ。しゃらくせぇ。
オレは生きたいわけではないのだ。
殺せるものなら、誰でもいいからオレを殺してみろ。
そんなことを言ったような気がする。
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