四 落雷 – sanctions –

 突として、天神・菅原道真公にこうも簡単に出くわしてしまうことが人生のうちにいかほどあるのだろうか。おれはいま、まさに貴重な体験をしているのではないか。否、人生において貴重な体験はこの数日でいやと言うほど経験した。その中でも特上の貴重であることは死ぬまで語り継ぐべきであろう。

 未来人曰く、神さまというのは全国津々浦々そこかしこに「いる」という。ただ、我々人間が気づいていないだけであり、彼らは大小様々の姿形でこの世に存在するのだと。

 すなわち、天神さまがお忍びで夜の小町に出現しても、それは日常なのである。うーん、あなおそろしや我が浮世うきよ


「いやはや、困りましたね」


 ひとまず店から離れたおれたちは三人で顔を付き合わせ、難しく唸っている。


「あわよくば天神さまに奢ってもらおうと思ってたんですが、あの様子じゃ奢ってもらうどころか、すぐ殺されそうな気がしますね」


 未来人が心底困ったように言った。あの禍々まがまがしさを前にして、飯を奢ってもらう気でいたことに驚愕してしまう。怖いもの知らずも大概たいがいである。まぁ、それほどに未来での彼らは親しい間柄なのだろうが。


「あんなに正反対じゃ、さすがのオレでもかなーり厳しいっすよ。さて、なんと説得したものかな」


「天神さまが『すまほ』で言っていた『鶏口牛後』はどうなんだ? 言えと言われたじゃないか」


 偶然にも「鶏口牛後」という名の店があったから、それもそこに天神さまが現れたことからすっかり忘れているだろうが、遥か未来の天神さま本人が「そう言え」と言ったのは、やはりなんらかの示唆しさであるように思う。

 ちなみに、鶏口牛後というのは「鶏口なるも牛後となるなかれ」という故事こじであり、要は「大国の下僕であるよりも小国の長となれ」という意である。


「思い当たることはないのか?」


「うーん……」


「天神さまと言えば、みやこから追われて大変な生活をされたんですよね? そのことをまだ引きずってらっしゃるんじゃないかしら?」


 日野子さんが言う。その言葉に、おれは手を打った。


「それだ!」


「あー、まぁ、天神さまならありえますね……つーか、それしか考えられん。引きずりすぎだとも思いますけど」


 未来人は口元を引きつらせながら言った。どうも受け入れがたいらしい。

 しかし、一目でわかったとおりあの御仁に神らしき清いものはなく、むしろ怨嗟うらみをまとっているのだ。だが、それもとうに済んでしまい暇を持て余しているような、端的に言えば「祀られているから仕方なく神をしている」といったやるせなさもある。


「まぁ、怨霊なら仕方もないんじゃないか?」


「うはっ、元怨霊って。一色さんも大概ですね。でも、それは超ウケる」


 笑いのツボに入ったのか、未来人は体をくの字に曲げて笑った。しかし、のほほんと笑っている場合じゃない。

 おれもあわよくば、天神さまからありがたい御言葉をいただき、なおかつ己に課せられた死期を取っ払ってもらおうと思っていたのだ。あの尼僧のことも、天狗のことも知っているやもしれないし、ともかくそういう強い力にあやかりたい。ここはやはり、旧知の仲である(というのも不思議な言い回しではあるが)未来人に頼るほかないのだ。


「そうですねぇ……なんとか話をつけてみます。でも、期待しないでください」


 すかさず彼は言った。その口元はいまだ引きつったままである。


 ***


 未来人だけが店の中へ入り、天神さまと直接の対面に乗り出した。おれと日野子さんは建物の隙間に潜んでおり、腹の大合唱を聴きながら待っている。


「……ねぇ、一色さん。あの電線、おかしくありませんか?」


 空きっ腹の日野子さんが上空をぼんやり眺めながら言った。彼女の言う電線には確かに、チリチリと白い火花が散っている。


「まぁ、電線ですからね。そりゃ電気が流れるものですよ」


「はぁ、そんなもんですかねー。生の松原にはああいうのを見かけんので、妙にこわいなと思ったんですよねー」


「大丈夫です。雷でも落ちない限り、我々が感電することはないですから」


 彼女の不安を取り除きたいがために、思わず出まかせを口走ってしまった。まぁ、大丈夫だろう……いや、待て。彼女はともかくおれは危ないんじゃないか。ただでさえ命を狙われている身である。急に超常的な落雷に遭う可能性は大いにある。

 これに気がついたと同時に、店の中が騒がしくなった。ガシャーン、ゴゴゴ、ぎゃー、などなど一斉にてんやわんやとなり、おれたちは飛び上がって驚く。すると、店の戸が勢いよく開く。


「やらかした!」


 出てきたのは、血相を変えた未来人だった。帽子がめくれ、頑なに隠していた片目がちろりと覗いている。その慌ただしさたるや。おれと日野子さんの手を取って米問屋の方面へ引き返す。


「なっ、なにがあった!?」


「まじぃです! とにかく逃げろ!」


 走りながらではろくに会話ができない。

 瞬間、おれたちの足元にバリバリと細長い雷が走った。そろそろと振り返ると、着流しを揺らめかす天神さまの姿が見えた。恐ろしい憤怒の顔で睨んでいる。危険極まりない。

 幸い、この道筋はさむらいをも惑わす複雑な造りであり、いくら天神さまと言えど追っかけてくる気配はない。雷に追い立てられ、なんとか逃げおおせる。どこを走っているのか見当もつかず、人気のない暗がりが広がるばかりで、おれたちは建物の物陰に息を潜めた。各々、しばらく呼吸を整える。


「おい、説明しろ」


 内臓がばくばくと音を鳴らす中、おれは未来人に詰め寄る。彼は片手で首元をパタパタ扇ぎながら自嘲気味に笑った。


「ちょっとね、いろいろ持ちかけてみたんですよ。もしかするとこの時代の天神さま、人間を使役しえきしたいんじゃないかと。大当たりでした。が、図星を突かれてムカついたっぽいです」


「なんだそりゃ」


 どうにも我が勝手な理由である。そんな些細なことで感電死などしたくないぞ。それに、人間を使役するとは穏やかじゃない。憤慨しかけると、未来人はなだめるように手を振った。


「まぁまぁ。ちょっと様子を見ましょ。あのひとだって、本気で殺す気だったらいまごろ、とっくにオレたちは雷の餌食えじきです。わざと追い立ててきたんですよ」


「それは信じていいんやろうな?」


「えぇ、えぇ」


 まったく……命がいくつあっても足りんぞ。


 ***


 夕飯はお預けとなり、おれたちは天神町界隈をさまよい歩いた。その道中、あの激闘にて荒れた土道は封鎖されたというのを聞いた。

 なんでも「虐殺人間」なるものが暴れたのだとうわさになっているらしい。日野子さんへの疑いはないようで安心だが、当の本人はそうでもないようで居た堪れない様子である。

 天神さまには殺されかけ、結局話は振り出しに戻る。もう喋る気力もないおれたちの肩を誰かが思い切り叩くまで、一同は通夜つやのごとく静まっていた。


「おい、おまえら」


 振り返ると、そこには後藤と松本がいた。しかも松本は、赤子のように眠ったお梅ちゃんを背中に抱えている。


「探しましたよ」


「おぉ、おー」


 急な登場に、おれたちの思考はしばらく停止した。口は重くなる一方で、とにかく疲労困憊ひろうこんぱいである。そんなこちらの様子を後藤は苛立いらだたしげに言った。


「勝手な行動しやがって」


「はぁ……」


 いや、別におまえを指揮官にして動いているわけじゃないんだがな。と、おれも未来人も言いたかったのだが、それどころじゃないのでため息しか出てこない。


「よくここがわかりましたね」


 むしろその感動のほうが強く、未来人の問いにおれもも激しく頷いた。大したやつだ。


「別件で追いかけていることがあったからな。そしたらたまたま見つけたわけだが」


 後藤はそっけなく言った。これに、おれは口を開きかけたが、未来人に言葉を盗まれた。


「たまたまねぇ。別件で追いかけていることって、なんなんです?」


「あんたには関係ない話だ」


 苛立った後藤のあしらい方はあまりに投げやりであり、未来人は肩をすくめた。


「大手門から西新町まで噂が流れていた。てっきり、虐殺人間に襲われたのかと思ったが、違うようでなによりだよ」


「そうそう。あちこちで話が持ちきりですよ。やれ警察だの行政だのが血眼で探しとるって」


 松本も口を挟む。すると、日野子さんの顔色がますます曇った。


「そ、それ……あたしなんです。なんか、催眠術で操られてて」


「えっ」


 松本の驚きは当然であり、一方の後藤は頭を抱えた。その仕草を見るに、彼はこの状況が見えていたようだ。


「出頭した方ほうが良いでしょうか?」


「霊能力でぶっ壊しましたって言うんですか? 笑われるのがオチです」


 そう意地悪に言ったのは未来人だった。すかさず彼女はしゅんとしおらしくなり、場の空気が冷え冷えとした。全員の間に隙間風が流れているよう。未来人の不貞腐ふてくされ具合もなかなかだった。


「いいやないですか。どこぞの狂人に罪をなすりつけときゃ」


 その言葉に、正義感のある日野子さんは眉をキリリと持ち上げた。


「そういうわけにはいきません! それに、霊能力は本物ですもん……嘘なんてついとらんのに、なんでそんな扱いされないかんのやろ」


 これに、全員が黙り込んだ。

 しかしそれは凡人には理解できない領域の話である。彼女にとって理不尽極まりなくとも、我々からすれば彼女こそ理不尽な存在でしかない。しかし、これを説明したとて、彼女が受け入れるはずもないのは容易にわかる。

 日野子さんは次第に目を潤ませた。


非道ひどいわ。なんでも霊能力が悪いなんて。みんなと違うからって、梅ちゃんやミズキちゃんみたいに非道い仕打ちを受けるのはおかしいもの。ただ、ひとよりも速く走れるのと力があるのと、そこにどんな差があるん?」


 彼女はなおも感傷的に続けた。


「一色さんだって、手先が器用やんか。それとあたしたちのなにが違うと?」


 確かに、そこに差はないのかもしれない。おれは生まれつきではないが、それでもひとよりは手先が器用だったかもしれない。声も大きい。なんでも面白がれ、どうしようもない悪知恵を懸命に働かせて楽をしようとする。それも一種の能力だとするならば、誰だってそうなんじゃないか。

 日野子さんの憂いに、おれは思わず同情的になってしまい、気の利いた答えがうまく出てこなかった。


「いや、まぁ、町を破壊したのは悪いことですからね」


 未来人が冷静な声でそう言い、おれたちはハッと顔を見合わせた。たちまち、日野子さんが恥ずかしそうに口をキュッと結んでしまう。視線を後藤に移すと、彼は不機嫌に眉をひそめていた。彼は目だけでひとを威圧する力があるので、これにはさすがの日野子さんも引き下がってしまう。


「ははぁ、なるほど。どうも大正ここの霊能者さんたちが大変な思いをされとーのが、よーくわかりましたよ」


 なにやら企みの笑みを浮かべる未来人。おれと日野子さんは揃って首をかしげた。後藤と松本は視線でなにかを伝え合うが、その意味はわからない。

 だが、いまやここは未来人の独壇場。彼は百年先に生きる人間なのだから、我々現代人の行く末をあらかた知っており、こいつの言葉次第ではおれたちの未来すらも左右される。こいつは世界を引っ掻き回す道化師ジョーカーなのだ。

 未来人の口が不敵にめくれ上がり、赤い舌がちろりと見える。


「ここはやっぱり、天神さまを説得しましょ。あっちは人間を使役したい、まさに鶏口牛後ですね。んで、こっちは霊能者の国を作りたい。端的に言えば、嘘偽りなく平穏に暮らすための市民権が欲しい。では、こうしたらいいんです」


 いっときの間。


「他の人間にも霊能力、すなわち神通力を使わせるように整備すりゃいい。手っ取り早い。だって特異な才能を持てば、平等ですよね?」


 まったく、突拍子もない発想だ。しかし、それは必然的とも言えた。二〇二〇年の未来人たちは、彼のような者で溢れているからだ。


「おっと、勘違いしないでください。全員がそういうわけじゃありません。でも、その辺はきちんと整備されてるんで、隠さず気楽に過ごせています。そんな世界を作るために、ひとつ神さまにでも願ってみませんか?」


 その提案に、日野子さんは「わぁ」と感激したが、おれは自分でもわかるほどの渋面でいた。


 全員が特異な才能を持つ? それは確かに平等だろうさ。でも、そんなことが可能となれば、人間はそこで停滞してしまうのではないか。向上心が削がれ、安定的に淡々と同じ生活を繰り返す。悲観に暮れることもなければ感動もない。それは……どうなんだろう。

 それに、危険な力を持つ者が犯罪をおかしたらどうなる。考えただけでもおぞましい。


 後藤はずっとだんまりであり、むしろ別のなにかを気にするようであった。相変わらず思考が読めん。否定もなければ肯定もない。ただただ静かに佇むだけ。

 その視線をこっそり辿ってみると、おれの目は妙なものを捉えてしまった。口が塞がってしまい、言葉が出ない。見間違いだろうか。一瞬だけ、あの建物の明かりの中に女性と連れ添う高尾が見えたのだが……思考が邪魔で、確かめる間もなくその男女は界隈の中へ紛れて見えなくなる。追いかけようと足を踏み出すと、後藤がおれの髪を引っ張った。

 と、同時だった。


「虐殺人間だぁぁぁぁーっ!!」


 どこからともなく家屋から悲鳴が上がった。

 瞬く間に「捕まえろ!」だの「助けて!」だのひとびとが口々に叫ぶ。その恐怖は一気に戦慄わななき、波が押し寄せてくる。すぐそこで、人間が空の闇へ放り投げられていくのを捉えた。

 人波から一層際立つ人物が、いる。

 髪の毛先は逆立ち、派手な鯉のぼりのような柄の着物を雑にまとった男が、手を触れぬまま人間を宙に浮かせる。その圧倒的な力を前に、おれはともかく日野子さんも未来人も口をあんぐり開けて呆けてしまう。


「クソッ、こんなときに出やがったか」


 後藤が舌を打つ。


「はぁ? え? 急に?」


 未来人が素っ頓狂に驚いた。そして、不機嫌そうにぎこちなく笑う。さながらそれはミミズのようにうねっていた。


「めんどくさそう……」


「面倒どころじゃない。ありゃ、もう災厄さいやくだ」


 後藤は待ち構えていたかのように唸った。そして、彼はまたもや松本に目だけで合図する。心得たように松本は日野子さんの手を引く。しかし、おれと未来人は置き去りで、後藤もなんの説明もなしに虐殺人間の方向へ駆け出した。


「あ、おい! 後藤!」


 止める間もなく黒い制帽は消える。

 どうしよう。どうしたらいい? 逃げるか? 逃げたほうがいいに決まってる。すぐそこに迫っている。近づいてくる。くる。もう、すぐそこに。


「んだよぉ……道案内してくれるんじゃなかったのかよぅ。クソが……どいつもこいつもクソばかりで虫酸むしずが走る……ッ!」


 虐殺人間は唸るようになにかを言っていた。まったくどうして、脈絡がなく、しかしその場は騒然であり、この悪辣あくらつな男がひとびとを恐怖のどん底に叩き落とした。


「クソ凡人どもが! 邪魔だ! さっさと死ね! 俺は、俺は、を許さねぇッ! 絶対に許さねぇよぉぉッ!」


 驚天動地きょうてんどうち悪鬼羅刹あっきらせつ死屍累々ししるいるい

 男は怒り狂い、両手に力を込めて蚊でも払うかのように振るった。すると、家屋の瓦が弾き飛んだ。こんなに派手に暴れれば、大事件になってしまう。否、すでに大事件だ。

 これが噂の虐殺人間。そんな生易なまやさしい表現では足らない。ありゃ、もうバケモノだ。


 恐怖で立ちすくむ。そんなおれの目の端に、あの白い頭巾が横切った。

 美影泰虎――あの女だ。三日月のような口で微笑わらい、宵の中へすうっと消えていく。


「やっぱりあいつか……!」


 思いもよらず、おれの足は復讐心に駆られて動き出す。しかし、誰かから腕を掴まれてしまい、ガクンと体勢が崩れた。


「一色さん!」


 近くにあった建物の裏手へ連れていかれる。おれを引き止めたのは未来人であった。


「いや、待ってくれ、あいつが……それに後藤も」


「彼なら大丈夫でしょ。多分、別件ってやつが絡んでるんじゃないすか?」


 その言い方に、おれも頭が冴えてきた。後藤は虐殺人間を止めに走ったわけじゃなかった。じゃあ、あいつは


「でも、いまはそれどころじゃない。ここも虐殺人間あいつの手にかかればすぐに吹っ飛ばされますしね……あーもう、マジ最悪」


 未来人は焦燥感たっぷりに言った。冷静ぶっているが、内心はそうでもなさそうだ。

 人波がようやくはけていくと、怒り狂った獣めいた虐殺人間が、空中に飛ばした人間たちを見上げた。そして、


「きゃはきゃはきゃはきゃはははははっ! おまえもおまえも、おまえもおまえも、みんな死んじまえよ、死んじまえ! 死ね! なぁ、死ねよ! きゃはははははっ!」


 刹那、空中に静止した人間たちの体が全員とも不自然な方向に折れ曲がった。血のしぶきが宵の中で吹き上がる。鮮血の雨を目の当たりにし、おれと未来人は呆然とした。逃げ遅れたひとも叫びを忘れて腰を抜かす。

 そのとき、おれたちのいる方角の道から見覚えのある茶の着流しが、ゆうらりと群衆の中から現れた。


「私のでなにをしているんだね」


 明らかに怒りをにじませる菅原道真公が真っ赤な道に立つ。


「天神さま……」


 そのつぶやきはほとんど声にならない。この残虐極まりない世で唯一の希望を思わせた。

 しかし、悪辣外道な男はこの神を知らないようで、ニタリと下劣げれつな笑みを浮かべた。顔にしたたる血をべろんと舐める様は、馳走ちそうに舌なめずりをする獣のよう。


「なぁ、おい、おまえよぉ、俺を殺してくれよぉぉ。強いんだろう? そうなんだろう? なぁ、凡人じゃないニオイがプンプンしやがるぜ」


「……あぁ、じゃあ、君か。虐殺人間というのは。あちこちで耳にしているよ。次の出雲いずもでも、君の話で持ちきりだろうからウンザリしていたところなんだ」


 天神さまは首を回した。そして、せた瞼を退屈そうに緩める。

 ただならぬ緊張が走った。天神さまの怒りはすでに頂点であり、また虐殺人間の高揚も頂点だ。いつの間にやら、神とバケモノの一騎打いっきうちが始まろうとしている。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、唐突におれたち背後からツンツンと背中を突く不届き者がいた。


「えぇい、せからしい。いまはそれどころじゃないだろう」


 おおかた未来人だろうと思っていたら違った。振り返ると、そこにはあの憎たらしいひょっとこ面がちんまりと座っている。これには未来人も戸惑ったらしく、「うへぇ」と嫌そうに驚きを漏らした。


「こっちにおいでなー。巻き込まれっちまうよォォ」


 そう言うや否や、憎き天狗はひらりとおれたちの体を持ち上げて、荷車の中へ押し込めた。

 さて、ここから先は疾風怒濤しっぷうどとうの展開であったそうだが、おれたちがその様子を見ることはなく、気がついたらあの「鶏口牛後」という名の店の中にぽつねんと座っていた。

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