第75話 君と本音を


「お前なにしに来たんだよ!」



ストーカーか!!という言葉が、引きつった顔面に貼り付いている。僕は僕でヤケになり、ストーカーだ!!と胸を張って言い返す準備は万端だったのだが、優也はその言葉をすんでのところで飲み込んだらしい。唇を引き結び、視線が足元に落ちる。僕はおもむろにポケットから例の忘れ物を取り出した。




「これ。届けに来たんだ、優也のスマホ」

「え?」

「デビルジャムの卓の上にあったの、夕陽くんが見つけたんだよ。途中で帰ったから、そのまま忘れてたんじゃないの?」



会いに来るための口実にこっそり盗んだのではないか、というあらぬ疑いをかけられることを恐れて、本当は自分で見つけたくせにわざわざ夕陽くんの名前を持ち出した。ワンクッション挟んだところで疑いが晴れるとは思えなかったが、僕が見つけたと言うよりはましな気がする。



しかし優也は純粋に驚いた顔をしているので、どうやら僕の言葉をそのまま信じたようだった。



「忘れてるよって連絡してあげようと思ったんだけど、よく考えたらスマホ僕が持ってるしできるわけないなって気づいて。それで考えた末、直接渡しに来たんだ」

「あー、そうだったのか。悪い。俺、今朝かなり酔ってたみたいで、ぜんぜん記憶がないんだよなー」



ははははは、という笑い声が白々しいから、僕はすべてを察してしまった。責める気にはなれなかった。



優也が今朝のことを覚えていないわけがない。記憶をなくすほど酔ってはいなかったし、何より目が真剣だった。

なにかの間違いに決まってる、と自分にあんなに言い聞かせたくせに、僕は確信してもいた。あの瞬間の優也は、本気だったはずなのだ。



だけど時間が経ち、ひと呼吸おいて冷静になって、きっと後悔したのだろう。当然だと思った。今朝の出来事をなかったことにしたいと願うのは、当たり前だ。



悲しいけれど、僕はそれを受け入れる。たかだか数分でも真剣な目で僕を見てくれたことがもう充分に嬉しいから。これ以上求めたら本当に神様に命を差し出さなくてはならなくなってしまう。



No. 1ホストでよかったと、こういうときに思う。僕は誰からも疑われない自然な笑顔で、すべてを無に返すことができるのだ。心の傷くらい、完璧に隠し通すことができる。



「……そうだよね。僕もそうじゃないかと思ってたんだ。だから大丈夫」



大丈夫。優也と僕は、ただの知り合い。男友達。ホストと客。4歳差の顔見知り。

どんな関係でもいい。戻る先はいくらだってあるのだから。



「じゃあ僕、これで。」



微笑んで踵を返そうとしたが、肩を掴まれて思わず振り返る。驚いて硬直してしまった。世の中のすべてに絶望したかのように項垂れた優也が、目の前で、絞り出すような声で呟く。



「ごめん。嘘」

「優也?」



ひょっとして泣き出すんじゃないかと不安になり、思わず名前を呼んだ。どうしてそう感じたのかはわからない。傷つけられているのはどちらかというと僕の方のはずなのに、優也が悲しそうな顔をするので、息ができないほど胸が締めつけられる。



「本当は全部覚えてる。どんな顔して会えばいいかわかんなかったんだ。ごめん」



優也は泣かなかった。でも、泣き出してもおかしくないほど顔を歪めている。謝らなくていいのに。僕はいつでも許すのに。……最初から許しているのに。



「あの、謝らないで」



そう言った瞬間、鼻の奥がつんとした。

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