第72話 君とその後
僕の通っていた高校は県内でも有数の偏差値の高い進学校で、不良なんてものは存在しなかった。いたのは、今目の前にいるふたりの男のような、陰湿で度胸のないいやらしい人間ばかりだ。
一年生の夏のある日、二年の先輩から突然呼び出された。そんなものはドラマの中だけの世界だと思っていたし、心当たりもないのでのこのこと指定の場所に向かってしまったのだった。そこで僕は、僕にとってはぼこぼこに殴られるよりひどいことをされた。
その日、耐えきれなくなり、床にうずくまって泣いたのを覚えている。なによりもそれが悔しかった。ぼんやりする意識の中、遠くで笑い声が聞こえた。こんなくだらない奴らの理不尽な攻撃に対して、涙という弱みを見せてしまった事実が、僕を一番傷つけた。
辛い記憶の向こうに、月島先輩の影がちらつく。その姿がぼんやりと思い出される。16歳の僕は、誰かに助けて欲しかった。じゃあいまの僕は……どうなのだろう。
「おい!」
突然の呼びかけに我に帰る。女の子や他のホストたちが、驚いた顔で声のした方を一斉に見ていた。仕事中に過去のことをうじうじと思い出すなんてどうかしてるよな、と思いながら僕もそれに倣い、声を主を確認して目を見開いた。
「……え?ゆ、優也?」
嘘だろ。そこには目の奥に怒りの炎を宿らせた優也が立ちはだかっている。こんなところでなにをしているのだ?
「なに?この人。昴のトモダチ?」
「ぎゃはは。お兄さん、昴と一緒にいたらホモがうつるよ」
「もううつってんじゃないの」
「だははは」
男たちが笑っているが、いまはそんなことどうでもいい。ホモだのどうだのという言葉もはっきり聞かれてしまった気がするが、それももはやどうでもいい。優也はとても怒っている。僕のせいだろうか。さっき同じ卓にいたとき、なにか怒らせるようなことをしてしまった?
……必死に考えてみるものの、心当たりがありすぎてよくわからない。
優也は唇を引き結んでじっとなにかを睨むようにしている。その冷たい表情が、今まで見たどんな顔よりも魅力的に思えた。いやいやいまはそんなことを考えている場合ではない。僕が混乱していたら、優也は突然踵を返した。
「……胸糞悪いから帰る。スバル、下まで見送れよ」
え?僕?
「ちょっと待って、僕、いまはこの席に」
慌てて説明しようとするが「うるせえ!」と一蹴されて黙るしかなかった。情緒不安定は僕の専売特許のはずなのに、今日の優也はいったいどうしたというのだ。
心の中を読み取ろうとその目を覗き込んで、ハッとする。気づいてしまった。優也はどうやら、僕に怒っているのではないらしい。
その証拠にいま、僕を貶めていたふたりの男に向き直り、正面から睨みつけている。そしてはっきりと言い放った。
「あのな。スバルがお前らになにしたって言うんだよ。なんか文句あるならいまここで全部俺に言え!」
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