第60話 君と動物園に


不意打ちで女子中学生にカップルに間違われるハプニングはあったものの(僕は嬉しかった)、動物園デートは本当に楽しく、こんな時間が永遠に続けばいいのにと願ってしまうほどだった。



「カップルに間違われたことだし、ノリで手でも繋いどくー?」

「繋がない」



ふざけたふりをして下心をのぞかせてみたのに、アホくさ、という表情をした優也に冷たく一蹴されてしまう。チッ。

僕は悪態をついた。



「ふん。流れでイケるかと思ったのに」

「俺はな、人前で手とか繋がない主義なんだよ」

「……え」



優也は相変わらず呆れた顔をしているが、その言葉に思わず僕の足は止まってしまった。



……こういうところだ、優也。きみのこういうところが罪なのだ。きみはもっと僕自身の根本的な部分を否定するべきなのだ。お前とは手なんか死んでも繋がない、とか、俺に男と手を繋ぐ気持ち悪い趣味はない、とか。



そのくらいのことを言われなければ、

じゃあ人前じゃなければ手を繋ぐのか?

などと、

それって僕自身に対する拒否ではないよな?

などと、

ほんのかすかな希望にすがって、期待してしまう。




本当はそんなはずない、今のだって言葉のあやなのは、ちゃんとわかっている。なのにそういう人間的な優しさに触れると、僕は優也のことを嫌いになれないばかりか、どんどん好きになっていってしまう。取り返しのつかないくらいに。



……そう、好きだ。



自然と頰が緩んでしまう。そんな僕を、優也が訝しげに見た。



「……なに?」

「なんでもないよっ!アルパカ見に行こうっ!」

「???おお」



手なんか繋げなくてもいいんだ、並んで歩けるだけで、幸せだから。







動物園のマップを見ながらアルパカ目指して歩いている途中、優也の携帯電話が鳴った。



「……あ、悪い。仕事の電話だ」

「いーよ、待ってるから話してきて」



僕の言葉に頷いて、優也は通話しながら少し離れた木の下に向かう。だが僕は電話に出たときの優也のやわらかい話し方で気がついた。かけてきた相手は女だ!絶対に!



そうとわかれば黙っているわけにはいかない。大人しく待っているふりをしながら耳をダンボのように大きくして盗み聞きしていると、言葉が断片的に聞こえる。神田、とか、原稿が、とか、納期が、とか、途切れ途切れにしか聞こえなくて、非常にもどかしい。



それらをつなぎ合わせて考えるに、やはりこれは仕事の電話だろうということで落ち着いた。きっと職場の女性からだ。



「ごめんな、待たせて」

「大丈夫だよ。ほら、アルパカもうすぐそこ!」

「うわ、すぐそこっていうか、もう見えてるじゃん。想像してたよりデカいんだな」

「でも顔はかわいいよね?写真とろうかなー僕。優也の携帯で」

「なんで俺のなんだよ」

「いーからいーから」



優也のスマホをナチュラルに奪い取り、カメラアプリの方が画質がいい!だのなんだの理由をつけてパスワードを聞いてアプリをダウンロードし、まんまと高画質のアルパカフォトを撮影した。



「ほら見て!上手に撮れた!」

「どこがだよ、と言いたいところだけどたしかに上手いな。この写真、お前のトーク画面に設定しとくか」

「え?!やったー!動物園の思い出だ!」

「嫌がらせのつもりだったのに、喜ぶのかよ」



優也はそう言って笑った。僕のスマホにも写真を送ってもらったので、その日、僕たちはトーク画面の背景がお揃いになった。

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