第53話 君と約束を

優也はどうしてこんな時間に僕に電話をくれたんだろう。ラーメンを食べるなんてただの口実なのは見え見えだ。

タクシーの中で、通り過ぎていく景色を眺めるともなくやり過ごしながら、そんなことを考えていた。



僕が電話でおかしな態度をとったから?

いやまさか。

そんなことでわざわざ「来るまで待ってる」という宣言までして、仕事中の僕を呼び出したりするだろうか。



電話の声は、いつも通り語尾強めの素っ気ない態度ではあったが、怒っているのとは少し違うように聞こえた。なんだろう。優也はなにを考えているんだろう。

僕はドキドキして落ち着かない心臓に左手をそっと当ててみる。……期待しちゃダメだ。そんなの痛いほどよくわかっているのに。



優也のことを考えるたび、過去のことが思い出される。僕の半分は「普通じゃない」のだ。女の子のことを好きになる僕はまともで、男の子のことを好きになってしまう僕は、異常なのだ。むかし言われたあの言葉。



「普通じゃない」

「気持ち悪い」



それはだれにも恋をしていないときなら、一笑に付してしまうようなくだらない戯言だ。僕は偏見に満ちたその発言を堂々と受け流し、笑い飛ばすだろう。「普通じゃない方がかっこいいだろ?」なんて言って、次の瞬間には言われたことすらもう忘れてしまうだろう。自分に圧倒的な自信があるから。



……でも、恋をするとダメなのだ。

恋をすると僕は自分に自信が持てなくなる。



そんな人じゃないはずと思いながらもまた、同じようなことを言われて拒否されるんじゃないかと不安になる。

あの言葉が呪縛のように、耳の奥にこびりついて離れない。



「お客さん、つきましたよ」



初老の運転手が運転席から振り向いて教えてくれた。ぼーっとしていた僕は過去の記憶を振り払い、慌てて財布を取り出し支払いを済ませる。



「ありがとうございました」



お礼を言ってタクシーを降りた。21時すぎだというのに駅は残業を終えたサラリーマンやOLが行き交っていて、どうみてもホストという出で立ちで降り立った僕はチラ見およびガン見されまくりだ。ちょっと恥ずかしい。



走って優也が待っている駅の表側に向かいながら、考えていた。優也はどんな顔をして僕のことを待っているんだろう。いかにも仕事を抜け出してきた格好で現れたら、どんな言葉をかけるだろう。



思っているうちに、優也の姿を見つけた。ベンチに座り、遠くを見つめるような表情でぼんやりしている。組んだ脚がすらりと長くて、駆け寄りながら、なんだか胸が締め付けられた。僕のことを待ってるんだ。



「優也、ごめん!遅くなって」



日頃の運動不足が祟り、タクシーを降りたところから少しの距離なのに軽く息が切れた。優也は顔を上げて僕と目が合ったが、次の瞬間には視線をそらしながら、言った。



「……ほんとに来たのかよ。早かったな」

「だって、来るまで待ってる、なんて言うから……はぁ。つかれた。どうしたの?こんな時間に呼び出して」



はあ?と、優也が心底あほらしそうな声を上げる。



「だからラーメン食いに行くって言ったろ。それ以外に用ねえし。ほら、いくぞ」



立ち上がって歩き出す背中を見ながら思った。……やっぱり僕の態度が気になって呼び出したんじゃないだろうか?なんて。



勘違いかもしれない。でも、ほんとに来たのかよ、と吐き捨てた言葉にはどこか、照れとか喜びみたいな感情が含まれていたような気がした。

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