第10話 あの夜、君と
スバルの家に行ったあの日、すっかり長居した夜のこと。
『相原くん』
『なんだよ』
『もう帰っちゃう?』
『んーそろそろかなー、明日からまた一週間が始まるし』
『だよね…。今日は、遊びに来てくれて本当にありがとう』
『改まるなよ気持ち悪いな』
『…あのさ、僕』
『ん?』
『優也って呼んでもいいかな』
『わざわざ聞くことかよ。いいよ別に、俺なんか最初から呼び捨てだろ』
『ん、ありがと』
見送りに来た玄関で、ふと俺の袖を引いたあいつの顔がなぜか頭から離れない。
『?!何、離せようっとおしい』
『…って』
『へ?』
『なんか、帰らないでほしいなって…』
『……』
『ごめん、嘘嘘。じょーだんっ!』
『……』
『可愛かったろ?ちょっとくらいトキメイたりした?』
手はすぐに離され、スバルの顔にはいつものいたずらっぽい笑みが広がる。こっちもいつもの冷たい返しで振り払えれば良かったんだが、俺は気づいたら奴の頭を撫でていた。自分でも驚くくらい、それは無意識で自然な行為だった。
『…あんま寂しい顔すんなよな。またすぐ遊びに来てやるからさ』
不自然なほどの明るい笑みはスバルの顔から一瞬で消え失せ、また、寂しそうな、でも少し嬉しそうな表情に、変わる。
『…ねえ、それほんと?』
『嘘つかねえよ』
『でも、優也、忙しいんじゃなかったの』
『ああ、めちゃくちゃ忙しーけど?』
…でも、また来るよ。
そう言うと、今度はふわっと、笑った。いつもの人懐こい、安心する笑顔だ。
…待ってる。
◆
思い出すとおぞましくて鳥肌が立ってしまう。なんなんだあの夜のことは。まったくどうかしていた。あいつの家で、酒も少し入っていたのはあるけど、俺は毒でも盛られたのだろうか?
俺が俺じゃない生き物になってしまったようだ。優しすぎるし、気持ち悪すぎる。
しかも相手はスバル。
…勘弁してくれよ。
ただなんかあの時は、突き放しちゃいけないような気がしたのだった。ここで突き放したら、こいつは傷ついてボロボロになっちゃうんじゃないかって、何故かそんな予感がした。
こいつもしかして本気なんじゃないかな。
一ミリくらいはそんな思いも、あった。
でもまあ哀子に確認を取り、どうやら俺の恥ずかしい勘違いだったということで、事なきを得そうだ。
同性すらも騙せてしまうホストの駆け引き術というのは恐ろしい。心底学びたい。
学んで、可愛い彼女でも作りますかね。そろそろ俺も。
家までの夜道を歩きながらまた、スバルの伏し目がちな切なそうな顔を思い出す。
あいつがなるべく寂しい思いをしてなきゃいいな、とか、考えてしまった。
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