第10話 あの夜、君と

スバルの家に行ったあの日、すっかり長居した夜のこと。



『相原くん』

『なんだよ』

『もう帰っちゃう?』

『んーそろそろかなー、明日からまた一週間が始まるし』

『だよね…。今日は、遊びに来てくれて本当にありがとう』

『改まるなよ気持ち悪いな』

『…あのさ、僕』

『ん?』

『優也って呼んでもいいかな』

『わざわざ聞くことかよ。いいよ別に、俺なんか最初から呼び捨てだろ』

『ん、ありがと』




見送りに来た玄関で、ふと俺の袖を引いたあいつの顔がなぜか頭から離れない。



『?!何、離せようっとおしい』

『…って』

『へ?』

『なんか、帰らないでほしいなって…』

『……』

『ごめん、嘘嘘。じょーだんっ!』

『……』

『可愛かったろ?ちょっとくらいトキメイたりした?』



手はすぐに離され、スバルの顔にはいつものいたずらっぽい笑みが広がる。こっちもいつもの冷たい返しで振り払えれば良かったんだが、俺は気づいたら奴の頭を撫でていた。自分でも驚くくらい、それは無意識で自然な行為だった。



『…あんま寂しい顔すんなよな。またすぐ遊びに来てやるからさ』



不自然なほどの明るい笑みはスバルの顔から一瞬で消え失せ、また、寂しそうな、でも少し嬉しそうな表情に、変わる。



『…ねえ、それほんと?』

『嘘つかねえよ』

『でも、優也、忙しいんじゃなかったの』

『ああ、めちゃくちゃ忙しーけど?』



…でも、また来るよ。



そう言うと、今度はふわっと、笑った。いつもの人懐こい、安心する笑顔だ。



…待ってる。







思い出すとおぞましくて鳥肌が立ってしまう。なんなんだあの夜のことは。まったくどうかしていた。あいつの家で、酒も少し入っていたのはあるけど、俺は毒でも盛られたのだろうか?

俺が俺じゃない生き物になってしまったようだ。優しすぎるし、気持ち悪すぎる。



しかも相手はスバル。



…勘弁してくれよ。



ただなんかあの時は、突き放しちゃいけないような気がしたのだった。ここで突き放したら、こいつは傷ついてボロボロになっちゃうんじゃないかって、何故かそんな予感がした。


こいつもしかして本気なんじゃないかな。


一ミリくらいはそんな思いも、あった。




でもまあ哀子に確認を取り、どうやら俺の恥ずかしい勘違いだったということで、事なきを得そうだ。

同性すらも騙せてしまうホストの駆け引き術というのは恐ろしい。心底学びたい。



学んで、可愛い彼女でも作りますかね。そろそろ俺も。



家までの夜道を歩きながらまた、スバルの伏し目がちな切なそうな顔を思い出す。



あいつがなるべく寂しい思いをしてなきゃいいな、とか、考えてしまった。

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