20.大家さんとお祝い

 とある日の昼、俺の部屋には大家さんと小夏ちゃん、そして須藤さんまでもがいた。


 というのも昨日大家さんが完全復活したという連絡を小夏ちゃんから受けて、それならこの前の須藤さんの退院と合わせて祝ったら良いんじゃないかと、こうして飲み物や食べ物を買って全員を部屋に呼んだのである。そう、今回は珍しく俺から部屋に招き入れたのだ。


「それにしても珍しいことがあったものね。まさかナッキーから部屋に入れてくれるなんて。今日は雨でも降るのかしら?」

「今日は一日中ずっと晴れるらしいのでそれはないと思いますよ。そんなに珍しいですか?」

「そうね、天と地がひっくり返るくらい珍しいことよ。さらに言えば天と地がもう一度ひっくり返るまであるわ」


 もう一度ひっくり返ったらそれは一周回って珍しくない。まぁ確かに大家さんを自ら部屋に招き入れるのは引っ越して最初の一回以来かもしれない。それにしてもあのときは普通に訪ねてきたんだよな……。


「それを言うなら姉さんが病気になるのもかなり珍しいよ」


 とここで小夏ちゃんが俺と大家さんの会話に割り込んでくる。


「そうなんですか?」

「言われてみればそうかもしれないわね」


 まぁ馬鹿は風邪引かないって言うからね。俺からしてみれば馬鹿もクレイジーも同じようなものだ。


「しばらく病気になんてかかったことがなかったから今回は本当に駄目かと思ったわよ」

「でも結構元気だったって小夏ちゃんから聞きましたよ?」


 俺が何気なくそう大家さんに聞くと、彼女は突然いつもの意地の悪い笑みを浮かべた。


「あら、小夏に聞いていたってことはそんなに私のことが心配だったのかしら?」


 まぁ確かに心配していたのは事実だが今ここでそれを言うのは少しだけ憚られる。だって普通に恥ずかしい。


「別にそんなことはないですから。大家さんならきっと大丈夫だろうと思っていましたし」

「そう? 私は小夏から貴方が寂しがっていると聞いていたのだけれど」


 小夏ちゃんめ、余計なことを言いおって。

 そこで小夏ちゃんを軽く睨めば、彼女はとても満足そうな顔で微笑んでいた。この子、実は悪魔かなんかの生まれ代わりなんじゃないだろうか? 最近そう思えて仕方ない。


「まぁ良いわ。でもこれだけは言わせて頂戴」


 大家さんは表情を変えずに一度言葉を切る。それから下を向くと若干頬を赤くしてポツリと呟いた。


「その、心配してくれてありがとう。一応嬉しかったわよ……」


 まったく、いつもは意地の悪そうな笑顔で俺を追撃してくるのに今回に限ってはなんでそんなにしおらしいんだか。もしかしてまだ体調悪いんじゃないの?


「ほら、この前言いましたよね。姉さんは心配してあげたら喜ぶって」


 突然耳元で声がしたと思えば、俺の隣にはいつの間にか小夏ちゃんがいた。


「あれって冗談じゃなかったのね」

「そうですよ。姉さんにも意外と可愛いところがあるんです。そういうところも堪らないですよね」


 大家さんをからかって笑ったり、嫌いなのかと思えば可愛いとか言い出したり本当に小夏ちゃんは大家さんのことをどう思っているのかが分からない。姉妹ってそういうものなのだろうか。


「確かに今の大家さんも良いかもしれないけど、でも俺はやっぱりいつもの大家さんの方が良いかな。気が楽で」

「つまりそれってナッキーさんがドMだって意味ですか?」

「聞き方によってはそう聞こえるかもしれないけど違うからね」

「そうですか、でもドMって言った方が面白そうなので姉さんにはそう伝えておきますね」


 何この子、物事を面白いか、面白くないかで判断するタイプの子なの!?


「出来ればそれは止めていただきたいんですが……」

「えー、聞こえませんよ。もっとはっきり言ってください」


 くいっと耳をこちらに向ける小夏ちゃん。この子ついに俺までからかい出したな。この調子だとそのうち大家さんとタッグとか組んでからかってきそう。姉妹だし。


「小夏ちゃん、あんまりナッキーさんをいじめちゃ駄目ですよ」


 気づくと須藤さんも俺の近くにいた。彼女は小夏ちゃんを咎めるようにめっ、と小夏ちゃんを軽く叱咤する。


「はい、分かりました。もう止めます、秋帆お姉ちゃん」


 ……ん、秋帆お姉ちゃん? 何、この子いきなりどうしたの? やけに素直だが今度は彼女の体調でも悪くなったのだろうか。


 俺が小夏ちゃんの豹変に驚いていると須藤さんはやや恥ずかしそうに説明し始めた。


「その、実はこの前私が倒れたときからこんな感じなんです」


 なるほど、あのとき小夏ちゃんの須藤さんを見る目がやけに熱いなとは思っていたが、こんなことになっていたとは。それにしても実の姉より慕ってないか、これ。


「そうですか、お幸せに」

「お幸せに?」

「いや、気にしなくて良いですよ。こっちの話ですから」


 そんなこんなで俺が二人に挟まれていると前方から鋭い視線を感じた。見るとそこには不機嫌そうな大家さん。


「私抜きで随分と楽しそうね」


 どうやら構ってもらえなくて拗ねてしまったらしい。


「そんなことないですって大家さん」

「さぁどうかしらね。私がいない間に小夏と、それに須藤さんともかなり仲良くなったんでしょう? だったらもう私なんて要らないんじゃないかしら?」


 いつになくネガティブだな、大家さん。まぁ最近大家さんはずっと部屋で一人きりだったそうだし一人で閉じ籠っていた分、普段より卑屈になっているだけなのだろう。


 俺は用意した飲み物を紙コップにいれ、大家さんの方に置く。


「本当にそんなこと思ってないですから。大家さんも早くこっちに来てください」


 俺がそう言うと大家さんはやや顔を赤くしてこちらに近づいて来た。


「そう、そんなに来て欲しいのなら仕方ないわね。行ってあげるわよ、仕方ないから」


 渋々にしてはだいぶ乗り気じゃないですか。それに妙なツンデレ属性まで入ってるし。


 でもそうか、小夏ちゃんの言う通り大家さんにも意外と可愛いところがあるというのはどうやら本当のようだった。

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