8.隣人さんと探し物

 バーベキューセット一式の掃除が終わり、ようやくバーベキューの準備に取り掛かる。

 今日の天気は良好、実にバーベキュー日和であった。


 そうだ、準備をする前に須藤さんに声を掛けておこう。彼女とはこれから頻繁に顔を会わせることになりそうなので何か誤解をさせているのであれば出来るだけその誤解は解いておきたい。隣人同士はやっぱり友好的でなくては。


 そういった思いから彼女の部屋へと向かうため俺がアパートの階段を上ろうと表側に移動すると、部屋の前で目的の人物が頭を抱えているのが見えた。


 もしや鍵を無くしたな。


 咄嗟にそういうことだろうと察した俺が彼女のもとへと向かうと、彼女は俺の姿を見るや否や小さく悲鳴を上げて大きく後退りする。


「……ひっ!?」

「あの、急に声を掛けてすみません。もしかして部屋の鍵を無くしたんじゃないかと思いまして」


 俺の言葉に後ずさるのを止めた須藤さんはそれから更に一歩下がると俺から視線を外して小さく頷く。


 やはりそうだったか。引っ越して早々とんだ災難に見舞われたなと彼女に同情の視線を送れば、彼女は一度拳を強く握りしめてから俺の方を見た。


「そ、その落としたのは多分この辺りだと思うんです。だからその……」


 しかし、それ以上彼女が口を開くことはなく、再び俺から視線を逸らしてしまう。

 恐らく鍵を探すのに協力して欲しいということを言いたかったのだろうと察した俺は一瞬の逡巡の後、彼女に協力することにした。


「良ければ探すの手伝いますけど、良いですか?」


 俺の確認に須藤さんはパッと表情を輝かせて頷く。


 もし可能ならば鍵を見つけて彼女と友好な関係を築きたい。顔を会わせる度に怯えられては大家さんに毎日からかわれている流石の俺でも傷つくのだ。


「じゃあ俺は一階を探しますね」


 というわけで鍵を探すことになった俺はまず一階から探そうと階段を下りた。



◆ ◆ ◆



「……あった」


 一体どれだけの時間が経っただろうか。

 アパートの敷地内では見つからず、その周辺も探そうとアパートの周りを歩いてところで太陽の光を反射して輝く物体が俺の目に入った。


 早速、輝く物体に近付いてそれを拾い上げるとそれはよくある鍵の形をした金属の塊だった。


「本当に鍵だな」


 まさか見つかるとは思っていなかったため驚きを隠せないが、これは正真正銘うちのアパートの鍵だ。


 これで胸を張って戻れる。そう意気揚々と歩きながらアパートに戻るとそこではいつの間にか戻っていた大家さんと先程鍵を無くして頭を抱えていた須藤さんが会話をしていた。


「それは災難でしたね」

「はい、引っ越して早々に鍵を無くすなんて私どうしたら……」


 そうだ、丁度良い。早速鍵を見つけたことを報告しよう。


「あの須藤さん、探していた鍵ってもしかしてこれですか?」

「……ひっ!?」


 早く知らせたい一心でいきなり声を掛けたのが悪かったのか、須藤さんは先程と同じように小さく悲鳴を上げて後退りする。

 しかし、先程とは違って彼女は俺の手のひらに乗っている鍵に気付くとすごい勢いで俺から鍵を取り上げた。


「こ、これです! やっと見つけました! そ、その見つけて下さってありがとうございます!」


 これを機に須藤さんと友好的な関係をと思ったのだが、彼女はすぐ我に返ると顔を赤くして大家さんの後ろへと隠れてしまう。


 どうやら俺の『鍵を見つけて友好的な関係を築こう作戦』は失敗に終わってしまったらしい。


「ところでどうして貴方が鍵を持っていたんですか?」


 聞き慣れない言葉遣いに一瞬誰だか分からなかったが、すぐに大家さんが出している声だと気付く。そうか、今は須藤さんの前だったか。


「さっきアパートの外で拾ったんです」

「アパートの外?」

「はい、この敷地内を探しても見つからなかったので、それなら外を探してみようと思ったら比較的すぐに」

「そうですか、でしたら私からもお礼を言わせてください。須藤さんの鍵を見つけて下さってありがとうございます」


 なんだろう、この気恥ずかしい感じは。大家さんが普段と違う話し方をしているだけでこんなにも違うのか。

 それに何だか彼女の方も若干照れているような気がする。あらやだ、ギャップ萌えかしら。


「あ、あの、本当にありがとうございます」


 大家さんの言葉に続いて彼女の後ろに隠れて顔だけを出している須藤さんからも再びお礼の言葉が発せられる。


「いえ、そんな大したことはしていませんよ。それで一つだけ聞きたいことがあるんですが……」


 丁度良い、ここで一度聞いた方が良いかもしれない。

 そう思った俺は須藤さんに対してずっと気になっていたことを聞くことにした。


「どうして須藤さんはそんな俺に怯えてるんですかね。俺、知らない内に何かしちゃってましたか?」


 俺の質問に対して須藤さんは顔を赤くすると俺から目を逸らし恥ずかしそうに口を開く。


「そ、そのそういうわけではないんですが。どうしてか昔から男の人を見ると緊張してしまって。それで……」


 それで怯えた感じになってしまうと。

 そうか、でも俺が何かしてしまったわけじゃなくてとりあえずは良かった。


「そうでしたか、てっきり俺が何かしちゃったのかと思いましたよ」

「い、いえ、そんなことは……」


 須藤さんは最後にそれだけ言うと完全に口を閉ざす。少々会話のキャッチボールがしづらいが、緊張してしまうというのなら仕方ない。


 というわけで鍵の件が一段落すると、続いて大家さんが俺に話しかけてきた。


「ところでナッキー、貴方何か大事なことを忘れていないかしら?」


 あなたこそさっきまでの綺麗な言葉遣いを忘れてませんか?


「えーと、良いんですか?」

「何が?」

「いや、だってさっきまで綺麗な言葉遣いだったじゃないですか。一応まだ須藤さんもいますけど」


 いるというかあなたの後ろに隠れてますけど。

 あれ、思ったよりも気にしてない?


「疲れたのよ、それに貴方がいたらこのまま続けていても仕方ないでしょう?」


 そうですか。まぁ大家さんがそれで良いなら俺はこれ以上何も言わないですけど。


「それでさっきの話のことだけど何か忘れていないかしら?」

「俺がですか?」

「そうよ」


 何か忘れて……ってそうだ、バーベキューの準備がまだだった。


「すみません、今からやります」

「早めにお願いするわね」


 大家さんに急かされた俺はバーベキューの準備をするため走って庭へと向かった。

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