1943年11月、ニューギニア

一発必中一撃必殺にかける狙撃兵は鬱蒼と茂るジャングルの奥へ姿を消した・・・

1943年11月、ニューギニア

 昭和17年3月7日に始まったレ号作戦は当初順調に推移しておりました。

 9月にはオーエンスタンレー山脈を越え、ポートモレスビーまであと五十キロというところまで迫ったのでありますが、補給は滞り、敵機の爆撃に曝された我が軍の前進は、イオリバイワ占領をもって限界に達したのであります。

 占領したイオリバイワの倉庫には期待していた食料は残っておらず、全将兵が食うモノもなく飢える中、多くの戦友たちがマラリアでバタバタと倒れていきました。

 戦線を支える事は困難を極め、ガ島方面の戦局も危うくなったことから、我が軍は無念の涙を呑んで撤退のやむなきに至りました。

 豪軍の追撃は熾烈を極めましたが、我が軍は地形を利用した防御陣を敷き、頑強にこれを守り、豪軍をして心胆寒からしめること幾度か、たとえ敗勢の中にあろうとも我が軍は無敵皇軍の面目をば立たしめ続けたのであります。

 しかしそれも10月の半ば程まででした。米軍が空挺部隊をもって山脈を越えたことにより、退路を断たれた我が軍は更なる撤退を強いられたのでありました。


「可能な限り現地に留まり、友軍の撤退を支援せよ」


 それが、自分が受けた最後の命令でありました。

 自分は軍命に従い、原隊から離れ、この密林ジャングルに留まり、撤退する友軍のために時を稼ぐべく、一人殿軍しんがりの任についたのであります。

 自分は猟師のせがれでしたから、山ん中での狩りには多少慣れておりましたから、こうした任務には向いておったと思います。

 我が必殺の九七式きゅうななしき狙撃銃は、命令を受けたその日から今日までの間、確実七名、不確実九名という赫々かっかくたる戦果を挙げてまいりました。

 夜陰に乗じて敵陣地に忍び寄って、うかつに陣内の敵兵を狙撃したりすると、実は敵が我が狙撃兵を待ち構えておって、一発撃つとその発砲炎に向けて機銃弾が二百発以上飛んできたりすることもありまして、狙撃兵というのは意外と攻撃的には使えんこともあるのですが、今回は敵の方からこちらへやって来るわけですから、獣道で獲物を待ち構えるがごとく、自分の最も慣れたやり方で戦う事が出来たのであります。

 しかしながら、糧食も尽き、自分自身もまたマラリアに侵され、戦力の発揮も困難な状況と相成りました。

 命令は「可能な限り」とありましたし、あれから既に半月は経っておりますので、任務は完遂されたものと判断し、原隊に復帰すべく、自分は後退することといたしました。

 昼は隠れて眠り、夜中に移動する。

 移動すると言っても、とてもではありませんが、立ち上がる事も難しい状態でしたので、這うように、いえ、実際に這いながら、わずかずつしか進めませんでした。

 もしかしたら、一日に一キロも進めてなかったかもしれません。

 あれから何日経ったのか、わかりません。

 ここがどこなのかも、わかりません。

 そもそも、日もろくに挿し込まぬ、この暗い密林では、今が昼なのか夜なのかさえ、定かではありませんでした。

 自分の後方に味方は無く、前方にも見えません。

 殿軍としての役目は、果たしていると言って良いのでしょうが、敵が迫っているのも事実でありましたから、気を休めていられるような余裕など、ありませんでした。

 栄えある皇国軍人として、虜囚りょしゅうはずかしめを受けるなど、あってはならぬものですから、いかな苦境にあろうとも、自分は、前進を続けねば、ならなかったのであります。


 この、どこまでも、際限なく続くかのような、密林は、ただただ、鬱蒼うっそうと、生い茂り、自分と、自分の進むべき道とを、覆い隠しつづけるのであります。

 せ返るような、まるで、蒸し風呂のような、空気は、どこか、えたような、匂いがして、マラリアの、熱のせいか、暑さは意外と、苦にならんので、ありますが、何だか、息苦しさは、そう、まるで、ぬるま湯に、ずっと首まで、浸かっているような、感じで、ただただ、意識が、混濁こんだくするような、朦朧もうろうと、するような。

 それでも、自分は、前進を、続けねば、なりませんから、敵から、逃れ、原隊へ、復帰すべく、前へ、前へと、進み続けたので、あります。

 姿は、見えませんが、近くに、敵がいる、ということは、いつも、感じていました。

 自分は、前進を、続けて、来たので、ありますが、このような、状態ですから、敵は既に、自分より、前に、進んで、いるかも、しれないと、いう事は、自分も、気づいて、おりました。

 ですので、変わった、地形など、あったら、そこに敵が、潜んでいる、かもしれぬと、警戒するのは、自分にとって、自然なことで、ありました。


 この、鬱蒼うっそうと、生い茂る、密林。その中に、現れた、谷間は、人が、隠れるのに、いかにも、都合の良さそうな、具合でした。

 自分は、前進を、続けねば、なりませんから、我が必殺の、九七式狙撃銃を、構え、自分は、その谷へ、降りて行ったので、あります。

 自分は、まず谷の、降り口にある、突起に手をかけ、ゆっくりと、谷へ下りて、行きました。

 自分の身体は、拭いようのない、汗で、全身ベタベタしておりましたが、この密林の中では、やはり、何もかもが、じっとりと、湿り気を、帯びていました。

 谷へ下りても、それは変わらず、まるで、何もかもが、ヌルヌルと、滑るようでした。

 自分は、意識の混濁を、自覚しておりましたが、ここで、立ち止まることは、許されません。自分は、何も潜んでいないか、谷を隅から隅まで、入念に、調べました。

 谷底は、これまで以上に、湿気が強く、えたような、強烈な、匂い含んだ、空気が、どうしようもなく、まといつき、思わず、せ返るようでした。

 気づけば、スコールでも降ったか、水でも湧いたのか、知りませんが、谷間の湿気は、入った時より、随分と、強くなり、光の届かない、この薄闇の中でさえ、キラキラと、光って見えました。

 自分は、谷底深くに、洞穴を、見つけてましたので、そこを、確認せんことには、なりません。

 入口から覗く、その洞穴は、暗く、深く、底が、見えませんでしたが、自分は、前進を、続けねば、なりませんから、自分は、我が必殺の、九七式狙撃銃を、かまえ、自分は、洞穴へと、その奥へと、侵入を、慣行したのであります。



 そして、自分は……




「んっもう! あなた前戯はネチッこいくせに、入れた途端イッちゃうのどうにかなんないの!?」

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