セブ島と入れ歯

18時15分、沈丁花警察署に帰って報告を終えた俺は更衣室で私服に着替える。


鏡に映るのは坊主頭に目が大きいだけの小顔の男……パッと見たら成人前に見えへんくらいの童顔。


ため息をついた後、赤いTシャツの上にデニムジャケットを羽織って署を出た。



 新着メールが来てないかとインターネットにつないで確認すると一気に5件ぐらい届く。


しかも全部アサから。


「しんど……」


俺はまたため息を吐いて慣れた手つきで連絡帳から‘‘アサ’’を探し出し、緑の受話器ボタンを押す。


流れるのはあいつらしいミスチルのバラード……着うたフルを使えば流行に乗ってると思う感じがアホやわ。


「……なに?」


「今どこ?」


「おまっ、メールしたやんけ!」


「読めへんやつ、読みたないもん」


一応いつものコンビニに歩いてるけど、めちゃくちゃな文章で送られてきてるはずやから読むだけ無駄やし。


たぶん、セブ島と入れ歯やわ。


「今日いける?」


「問題なし、予定通り決行や」


悪そうな低い声で言ってフッと鼻で笑ったのを聞いて、悪役の顔をしてるんやろなと呑気に思い浮かべる俺。


二重の細い目、くの字のような鼻、白い肌でいつもはよだれが出るくらいポカンと開いとる口が左に口角を上げている……お主も悪よのうみたいな。



 ぽつりぽつりとある街灯の道に急に浮き出てきた赤い数字の明かりを見つけ、そのまま中に入った。


カゴを持ったから、携帯は顔と肩で挟んで会話を続ける。


「あっ、そういえば……お前の上司の口緩すぎやからあとで塞いどいて」


「上司って矢府さん? なんかあったんか」


「ていうか、悪いのはお前か」


なんやねんと不満そうな声を出すから、あいつの嫌いな漬け物をカゴに入れる。


「この前のマト、矢府さんの逃したホンボシやったらしい」


「そんなん、わかるわけないやんか!」


「隅々まで資料見て判断せえ……刑事やろ」


皮肉も込めて責め、焼きそばパンをカゴにぶん投げる。


「すまん、次から気をつけるわ」


「あと、ハラさんに情報を流さんように見張るのもよろしく」


はっちょ……お前!とうだうだ言い始めたから耳から離し、赤い受話器のボタンを押してからレジにカゴを置いた。

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