第29話 板蕎麦

「おまえ、山形の本場の板蕎麦食ったことあるか?」


「ないよ」


「じゃあ今度の夏休み行ってこいよ。旅費はおじさんが出してやるから。」

 

 伯父さんの言葉に惹かれた。

 

 僕は大学の夏休み、ゼミの論文の研究ネタ探しついでに山形へ遠出する。

 

 内陸部の田舎町に、たいそうおいしい板蕎麦の店があると聞いた。

 

「ちりんチロリン」とベルを鳴らし、自転車の後部に彼女を乗せてすれ違う学生たち。

 

 思いっきり澄みきった良い空気を吸って、その口のまま勢いよく店の暖簾をくぐる。

 

「いらっしゃい」あまり愛想はよくない。

 

「何にしますか?」

 

「板蕎麦3人前1枚ください」

 

「はい 時間かかるよ」

 

「20分くらいですか?」

 

「いや 5分」

 

 話が全くかみ合わない。

 

 僕は事前にインターネットで板蕎麦の画像を見て勉強していたので、待っている間、楽しみで楽しみでしょうがなかった。イメージは木箱に薄く少し雑めに盛った蕎麦。早く1秒でも早く食べたかった。

 

「はい、お待ち」

 

 出てきたのは、どこにでも転がってそうな段ボールに薄く非常に雑に盛った蕎麦。薄汚れた段ボールの側面には〇〇製麺と宣伝が印刷されている。

 

「早く食べなきゃ雑味が味わえねーぞ」

 

 僕はがむしゃらに食べる。

 

 段ボールの底から、何とも言えない絶妙に雑な味が追いかけてきた。

 

「大将、もう2箱お願い!」

 

「あいよ」


 僕のゼミ論のテーマは「愛」揃った。


「チーン! あいよ」


 レンジで冷凍蕎麦麺を解凍する音も相揃った。

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