第26話 外一のそば打ち職人

北国のある田舎町にそば打ち職人がいた。


客は一日にひとりかふたり。


「何もいい事がない人生だったな・・。」


職人は本で学んだ内一の割合でそばを打つ。


そば粉九に対し、つなぎの小麦粉一の割合で拘り続けている。


常連客の賛辞に対し、いやまだまだと冷水でそばの麺と己の気持ちをしめる。


「思うようにいかない。そろそろ引き際かな・・。」


鰹節を買いに、外へ出る。


店の釜戸に連なる煙突筒から職人気質と汗が混ざり合い、黙々と蒸気が雪と化していく。


舞い落ちる雪の結晶が紺の法被に斑点のように張付き、やさしく語りかける。


「十、良いことがなくても、外一の楽しみがあるわよ」


「外一割で良かったんだ。十割そばのおまけの一割が出汁の後から来る香り」


閃いた瞬間、男の命はパッと尽きた。はっと気づくと後ろから外一の余生が追い越して行った。


「おーい待ってくれ。俺の一割の残り我よ。」

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