第4話
一週間後、原田社長に答えを聞くために原田株式会社を訪れた。
「この間は、ありがとうございました」
「こちらこそです」
「広告の件ですが、御社にお願いすることにしました。佐々木さんが担当ですし」
「お気遣いありがとうございます。では、契約について詳しいことをお伝えしますね」
広告の依頼が決まった。「かもん!」心の中で喜びの叫びをあげた。
「これから佐々木さんにお世話になるので、ご飯でも行きませんか」
「是非」
取引先の社長からご飯に誘われて断れる人はいるのだろうか。私には、断る勇気はなかった。
夕飯は、というかディナーは、予約しないと入れない高級洋食店だった。
原田は、常連なようでスタッフと顔見知りだった。たしかに接待には持ってこいの場所だな。
大きすぎる皿に、凝った盛りつけがされている小さい料理が次々と出てきた。
この料理に手間と金が大量に注ぎ込まれているのか。
今日一日生きていけるかどうかという人もいる一方で、毎日清廉された料理を食べている人もいる。
しかも、当たり前のように。
パスタの上には、小さくスライスされた世界三大珍味「トリュフ」がのっていた。トリュフの香りは、土の匂いのような自然の香りがした。食べて見たが、味は全然しない。
黒いダイヤモンドと呼ばれているトリュフ。この味が全然しない食材に高いお金をかけるのか。
トリュフを高いお金を払ってまで食べるものなのかと思ってしまう。
「トリュフに黒と白があるの知ってた?」
「そうなんですか? 知らなかったです」
「白トリュフはイタリア産、黒トリュフはフランス産で、白トリュフの方が高いんだよ。たしか、8倍くらい値段に差があったと思う」
「そんなに……」
きっと、原田なら世界三大珍味やら高い食材やらを毎日のように食べているから、白トリュフと黒トリュフの味や香りの違いが分かるんだろうな。でも私だったら絶対分からない。
「そろそろ、帰りますか。タクシーで駅まで行くでいいよね?」
「はい。歩くには距離ありますもんね」
タクシーに乗り、駅に向かった。
タクシーの窓から、景色を見る。
今日は天気が良いから、星空が見えるはずなのに、全く見えない。
ビルやら居酒屋やら明るい建物たちが光を放ち、星を消えさせる。
一つだけキラキラ光るものが見えた。あれは、金星か。
いきなり原田社長がわたしの手を握ってきた。
え。びっくりした。原田社長酔ってるな。私は、運転手を見た。
手を握っていることには、気付いてないようだ。
まぁ、手を繋ぐくらいいか。父親の気分味わいたいんだよな。
タクシーに乗っているときくらい、父親気分を味わせてあげるか。
「見たい夜景あるんだけど、いい?駅の近くだから」
「夜景見れるんですね! いいですよ」
「良かった。じゃ、運転手さんここらへんで」
駅前は、人でごった返していた。
飲み会帰りのサラリーマンたちや恋人、大学生など様々な人々がいた。
「夜景が見える場所へ向かおうか」
二人で歩いていると、だんだん人通りがない路地になってきた。
暗いし、人いないし。街灯の明かりが寂しくついている。
横から腕を引っ張られた。え。なに。考える暇もなく原田にキスされた。
「え、ちょっとやめてください!なにしてるんですか! 冗談きついですよ」
「少しくらいいじゃないですか」
「ダメですよ」
「分かりました。行き過ぎたことをしました。ごめんなさい。帰りましょう」
原田社長は、駅の方は向かって歩き始めた。
ほっと胸を撫で下ろした。私も原田社長に続く。
歩きながら考えていた。今のはなんなのか。
原田社長は、私のこと娘のようだと言っていた。なのにキス?
わけがわからない。
原田は、今なにを思っているのか。
ふと、立ち止まった。見ると目の前にはホテル。
「行きませんか?」
「え、でも……」
「大丈夫です。ばれません。どうですか?」
いつの間にか、私の腕を掴んでいる。話が違うじゃん。帰るんじゃなかったの?
「社長とはそういう関係にならない方がいいと思います」
「何それ? じゃあ、取引キャンセルにするよ。いいの?」
「それは困りますけど。でも、ホテルに行くことはできないです」
「なんでよ。俺が既婚者だから? そんなのさあ、バレないようにやるって」
「バレないとかの問題じゃないんです。私は、行きたくないです。取引キャンセルでもいいです。じゃ、さよなら」
原田の手を振り込んで払い、駅へ向かおうとした時。前から、3人の男が歩いてきた。後ろから、原田の笑い声がする。
「佐々木さん。あなたは、もう取り囲まれてるんですよ。さあ、どうしますか。痛い思いするか、しないか。選んでください」
私は、歯を食いしばった。原田にやられた。完全に私の負けだ。
私は、原田の元へ戻った。
ホテルに入ってしまった。
ホテルが満室になっていることを願っていたが、それは叶わなかった。
一室だけ空いていたのだ。
原田の腕に抱かれても、全然癒されなかった。
癒されるどころか、痛さと気持ち悪さだけが残った。
こんなの父と娘がすることじゃない。上司とするものじゃない。
最初は、紳士な人だと思っていたのに。結局は、男を出してくるのか。
しかも、あの3人組は、誰なのか。凄く怖かった。どうせ、金で動いている奴らなんだろうけど。
一時間ほどした後、私たちはホテルを出た。
ホテルを出ると原田は平然とした顔に戻っていた。
まるで、できる男を演じているように。
仮面を被っている。そう思った。
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