第26話「激震のアルケー村」
外へ出たアセットたちを、
その緊張した空気に、夏なのに肌が寒さで泡立つ。そう、見るも寒々しいアルケー村に、以前の平和な
あちこちの
そこには、王都でよく見る兵士たちも入り混じっていた。
包帯姿の大人たちが行き交い、尖った悲壮感が満ちているのだ。
「カイル、これは」
声を
まるでこれでは、戦場である。
「お前が気を失ってる間に、色々あったんだよ。色々とな」
「あの兵隊たちは王都から?」
「そうさ、昨日の朝に例の勇者様が連れてきたんだ」
「ヴォルケンさんがか……そうだな、王国の騎士なら当然か」
「連中はもう、ドラゴン騒動とメガリスのことはざっくり知ってたぜ」
「で、シャルが全部喋ったって訳か」
「領主様も来てたしな。仕方ないさ」
初耳だ。
だが、自分の領地でドラゴンが暴れたとなれば、飛んでくるだろう。しかも、
もしかしたら、領主が王都へ一報を入れたのかもしれない。
それは当然のことで、アセットもなんら気を悪くすることはなかった。
シャルフリーデの父親は、勤勉で誠実な領主だ。村民は皆慕ってたし、村長からの信頼も厚い。
「アセット、例の腕輪はヴォルケンが持ってる。俺んちが今じゃ、兵隊たちが固めちゃって詰め所みたいになってるんだ」
「離れを出て距離を取ったけど、もう一度庭側から入るしかないかな」
「ああ、それなら俺に考えがある。任せろって!」
「相変わらず頼りになるよ、カイル。……ロレッタが心配じゃない?」
アセットは、今しがた這い出てきた方向を振り返った。
心が痛むが、不思議とアセットは不安は感じなかった。
そしてどうやら、それはカイルも同じのようである。
「俺がか? ロレッタの心配? はは、ないない。あいつは上手くやるさ。むしろ」
「むしろ?」
「あいつ、やり過ぎることがあるからな。大人たちが心配だよ。みんな、普段はいい人だし、同じ村の仲間なんだからさ」
「言えてる。……早く、この村を普段の穏やかな場所に戻さないとね」
自然と笑みを交わしていると、黙ってみていたミルフィが言葉を挟んでくる。
「お前たちは、強固な信頼関係で結ばれているんだな。よき戦友という訳だ。さぞかし、名のある戦場を
腕組み神妙な顔で頷くミルフィに、自然とアセットは笑みが零れた。
カイルも鼻の下をこすりながら、ヘヘヘと照れくさそうに笑う。
「戦友じゃないさ、ただの
「つるむ……? つまり、同じ部隊の所属というだけじゃないのか」
「俺とアセット、そしてロレッタはここで生まれて育ったんだ。小さい頃から一緒だった、それだけだ」
「小さい頃から……ああ、合成ロットナンバーが同じということか!」
「よくわからないけど、全然違うと思うぞ……確実に違うとわかる、なにがとは言えないが」
むむむ、とミルフィが唸った。
でも、彼女にもアセットたちの
今もそれは固く結ばれ、遠く離れていても千切れることはない。アセットは王都にいても、文すら交わさず二人を想っていた。自分が生まれて育った場所で、これから家族になるカイルとロレッタを祝福していたのだ。
そういうものかと、ミルフィも小さく頷く。
そして、今は絆の力を強さに変える時だ。
気持ちを強く持って、状況を打破しなければならない。
「それはそうと、アセット」
「ん? なんだい、ミルフィ」
「さっきの男も言っていたが、以前にも小耳に挟んだ。アセット、そしてカイル……お前たちには敵がいるんだな? それは、先日のドラゴンより強いのか? 戦争状態にあるようだが、戦況はどうなのだ。苦戦しているのか?」
あっ、とアセットは思わず口元を手で押さえる。
軽く咳払いして、アセットは端的に話す。
今は時間が惜しいし、行動を最優先するべきだ。
「僕たち人間の世界は、魔王が率いる闇の軍勢に侵略を受けている。で、さっきのヴォルケンってのが、人間側をまとめ上げた
「……勝てそうか?」
「さあ? 実際、僕は魔王も闇の軍勢も見たことがなくてね。ここじゃ、全てが遠い場所の話だよ。でも、このアルケー村の平和は、人類の存亡と同じくらい僕には大事だった」
「それはわかる! アセットはよくやった!」
「だから、さ。メガリスとミルフィと、あと、ビルラに村を救われた。その後始末はちゃんと、僕たちで収めたい。王国と魔王の話は、本当はあまり関係ないんだ」
そう、少なくともアルケー村とアセットたちには関係がない。
魔王が勝利すれば、王国は滅ぼされるのだろうか? この村がある領主の土地は、どうなるのだろう。それはわからない。同時に、魔王がどういう人物なのか、なにが原因で戦争が起こったのかもわからないのだ。
今は、
魔法を習ってる学生でさえ、参戦して王国のために戦うべしという風潮……それは、とても迎合できるものではなかった。しかし、はっきり反論できずに背を向けた。逃げたのだ。
今ならきっと、同級生たちに胸を張って言えることがある。
そのためにも、早く村の平和を取り戻さなければいけない。
「それにさ、ミルフィ。僕は魔王を見たことがない。知らないものは憎めないし、戦う理由がないんだ。僕はもう知ったよ……戦う理由、守りたいもの、そして戦い方と終わらせ方。それがないと――」
「おっと、アセット先生。ありがたい講義はその辺にしてくれ。ミルフィも、悪いな」
ちらりとカイルは、周囲をうかがいつつ目元を険しくする。
アセットも、今という時に優先すべきことを思い出した。
「いいか、アセット。ミルフィも。俺が騒ぎを起こして、
その時には、カイルの家の周囲も警備が手薄になるだろうという考えだ。それに、今もロレッタが
まさか、そこに閉じこもってる
「いい作戦だと思う、カイル。でも」
「
「そっか。ごめん、カイル」
「いいさ。じゃあ、ここでお別れだ。ミルフィ、会えてよかった。達者で暮らせよ」
カイルが飛び出そうとして、身を屈める。
ミルフィはなにかを言いかけて口を
簡潔な別れだったが、カイルはいつもの気さくな笑顔になった。
だが、別れが突然遠ざかる。
不意に、村が騒がしくなって、絶叫が響いた。
慌ただしく、往来に
「クソッ、見逃した! ガキが、どこにいきやがった!」
「立てこもってる二人は、今は無視しろ! もっと応援を呼べ!」
「大人をなめやがって! ヴォルケン様がお出ましになる前に、我らで片付けるぞ!」
突然のことで、思わずアセットはカイルを見た。
カイルも驚きの表情で、ただただ首を横に振るだけである。
なにか、予想外のアクシデントが発生したらしく、情報が不足している。それでも、浮足立った兵士たちがすぐ近くを貯水池の方へと走っていった。
どの家も扉が開いて、村人は不安そうに顔を合わせてはささやき合う。
そんな中で、アセットは決断した。
「カイル、ミルフィも。行こう! ロレッタは大丈夫、むしろ心配なのは」
「お前、心当たりが? 俺はもう、なにがなんだか」
「僕もさ。でも、なんとなくだけどわかる。それに、信じてやってとロレッタに言われてるからね」
そう、予感があった。
そして、それが真実だったなら、嬉しい。
付き合いは浅く、互いを理解し合う時間が短かった。それでも、その少女は不名誉を許せるようにはできていないと思う。気位が高いのは、自分にプライドを持っているからに他ならない。
アセットは周囲を注意深く目配せしながら、身を低くして進み出す。
カイルもミルフィも、草木が生い茂る中を貯水池に向かった。
「この騒ぎ……僕は、シャルなんじゃないかと思う! 彼女はやっぱり、裏切ってはいない。例え裏切ってたとしても、そのことを
ミルフィがすかさず、楽観的に過ぎると言葉を挟んだ。だが、前向きなアセットを責めるどころか、どこか肯定して支持するような光を瞳に宿している。
アセットは二人と一緒に、暗闇の中に躍り出るや走り出すのだった。
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