第24話「噂の勇者の大人の理論」

 アセットは思考が真っ白になってしまった。

 何故なぜ、自分は全裸なのか?

 恐らく、寝かせる際に誰かが脱がしたのだ。

 思わずギギギと背後を振り返り……そのままアセットは猛ダッシュでベッドに飛び込んだ。毛布の中から首だけ出して、真っ先にミルフィに赤面した顔を向ける。


「ミルフィ! なんで……どうして僕は裸で、しかも君は平気で!」

「ああ、アタシが脱がせた。こまめに全身の汗を拭いてやったんだ、感謝しろよ」

「そういうことを言ってるんじゃない! でも、ありがとう! それでもね」

「もうアセット、お前は一緒に戦った戦友だ。そうでなくても、なにをそんなに焦ってるんだ? お、怒ってるのか? うーむ、アタシがなにをしたというんだ」

「むしろ、なにもしてない! しなきゃいけないことがあるんだよ! 女の子だろ、羞恥心しゅうちしんは? ねえ、ロレッタにだってそれくらいの恥じらいがあるんだよ!」


 自分で言ってて、思い出す。

 そう、ミルフィに年頃の女の子的なことを求めてはいけない。宇宙で暮らして戦いづくめの彼女には、基本的に文化や情緒が欠落しているのだ。

 だから、今もミルフィは小首を傾げて本気で悩んでいる。

 アセットはアセットで、寝込んでいた三日間の間ずっと、彼女にアレコレ世話を焼かれてたかと思うと……もの凄く恥ずかしくて、いたたまれなくなった。

 そうこうしていると、大きな笑い声が朗らかに響く。


「ハッハッハ! 話に聞いていた通り、そっちの、ええと、ミルフィ君? うん、ミルフィ君は普通の女の子じゃないようだね」


 声の主を、アセットはじっと見やる。

 初めて会う人物で、精悍せいかんな顔つきの青年だ。見た目は二十代の後半くらいだが、笑顔はまるで少年のようである。おおらかさがそのまま人の形になったかのように、アセットには不思議な安心感を抱かせた。

 服装はラフだが、シャツのズボンも仕立てのよいものだ。

 そして腰には、一振りの剣をぶら下げている。

 ひとしきり笑ったあとで、男ははたと気付いて近付いてきた。


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺の名はヴォルケン。まあ、人は救世主だとか勇者だとか呼ぶが、ただの王国の騎士だよ」


 差し出された大きな手を見て、おずおずとアセットは握手を交わす。

 どうやら、ヴォルケンはちまたうわさの勇者らしい。

 そう、以前にシャルフリーデが言っていた、闇の軍勢に対抗すべく立ち上がった勇者だ。その話は本当で、しかも何故か等の本人が目の前にいる。

 どうにも話が繋がらない。

 だが、ヴォルケンが嘘を言っているようにも見えなかった。

 それに、王国の救世主を自称するような人間は、さっきのアセット以上に恥ずかしい。


「ど、どうも、ヴォルケンさん。えっと……ドラゴン退治が目的でしたか?」

「はは、そういう訳じゃないが、小さい頃はドラゴンの一匹や二匹は倒してみたいと思ったものさ」

「それはまた、豪胆ごうたんなことですね」

「大人になると、代々騎士の武門の名家って血筋も忙しくてね。剣よりペンで仕事をする方が多かったんだ」


 こう見えて忙しいのさ、と笑ってヴォルケンは短髪をワシャワシャとかく。

 実直さが知れて、それでいて柔和にゅうわで紳士的な人物に思えた。

 だが、アセットの警戒心はささくれ立つ。

 どうして、今になって噂の勇者様が現れたのか?

 寝ている三日間の間に、なにが起こっているのか?

 探りを入れようと思った、その時……ヴォルケンの方から単刀直入な話が切り出された。


「ここの領主の娘さん、シャルフリーデじょうから話は聞いている」

「どこまでですか? なんの話でしょう」

「全部だよ、全部。先日の流星騒ぎと、その後の君たちの大冒険だね。勿論もちろん、ミルフィ君の正体についても理解しているし、最大の便宜べんぎを図るつもりだ」


 毛布にくるまるアセットに、ミルフィが身を寄せてくる。

 珍しく彼女は、ヴォルケンを前に震えていた。ギュムと毛布の端を掴んで、アセットの影に隠れようとしてくる。

 アセットも、言葉にできない不穏さを感じた。

 同時に、シャルフリーデのことを内心で恨んだ。秘密を共有する仲間として、せめてアセットが目覚めるまでは待ってほしかった。カイルとロレッタにも相談してほしかった。もし相談してたら、こんなことにはならなかった気がする。

 さらに、ヴォルケンは迷わず話を核心まで進めた。


「端的に言うとね、アセット君。……使? ミルフィ君はどうも、あまり協力してくれないみたいなんでね」


 ヴォルケンはふところから、見慣れたものを取り出した。

 それを見て、思わずアセットは「あっ!」と声が出てしまう。


「そ、それは!」

「うん。君たちが魔法の腕輪と呼んでいるものだね。あの巨神を動かすための道具なのだろう? 少なくとも、シャルフリーデ嬢の説明ではそうだったがね」


 アセットは改めて、自分の手首をさすってみた。

 そこには、例の魔法の腕輪はもうない。そしてそれは今、ヴォルケンの手の中になる。それを知ると、優し気な笑みがだんだん恐ろしくなってきた。

 自然とアセットは、背にミルフィをかばうように前に出る。


「それを返してください。それは、ミルフィのものですよ!」

「なに、ちょっと預からせてもらってるだけだよ。ドラゴンさえ退ける鋼鉄の巨神、その力を操る道具……この村の者たちも、見ず知らずの余所者よそものが持っていては不安に思うからね」

「……なるほど、道理です。筋が通ってる話に聞こえる。けど」

「まあ、そう怖い顔をしないで話を聞いてほしいな」


 ヴォルケンは腕輪を手にもてあそびながら、ゆっくりとアセットに歩み寄る。

 すでに看破された紳士の仮面を、決して脱ごうとせずに笑っていた。

 徐々にだが、アセットの中に恐るべき可能性が浮上しつつある……そして、それを裏付ける言葉がヴォルケンから発せられた。


「あの巨神、メガリスを王国の平和のために使いたい。あの力があれば、必ず魔王の軍勢を退けることができる。それは、周辺諸国にとっても好ましいと俺は思うんだ」


 メガリスを使って、闇の軍勢を倒す。

 そうヴォルケンははっきり言葉にした。

 それは皮肉にも、兵器として作られたメガリスの正しい運用方法だった。戦争のためにのみ、メガリスはその真価を発揮するとさえ言える。実際に乗ってみたアセットには、そう言い切れる。

 だが、メガリスはアセットたち王国のものではない。

 人類同盟じんるいどうめいという組織が、エクス・マキナと戦うために作り出した科学技術の結晶……それがメガリスだ。その力は圧倒的で、アセットたちの技術力を凌駕りょうがする。


「王国が戦争をしてるのは知ってます。でも」

「戦わなければ、なにも守れない、そして、戦いには優れた武器が必要だ。よい武器を俺が振るうことで、沢山の仲間を守ることができる。それは王国を守るのと同義だ」

「そんなの、大人の理屈ですよ。ミルフィの事情を無視してる」

「彼女はこちらの要請に応じて、君からこの腕輪を外してくれたんだ」


 思わずアセットは、ミルフィを振り返る。

 うつむくちびるを噛む彼女の、らしからぬ沈黙が全てを物語っていた。

 彼女は自分で、ヴォルケンに腕輪を渡した。

 多分それは、望まぬ選択ではあっても拒めなかったのだ。


「アタシがデバイスを渡した……この男は、アセットの腕を切ってでもデバイスを手に入れようとするから」

「そんな」

「アタシは戦士だ、死は怖くない。と、思う。でも、アセットが傷付くのは嫌だとわかったんだ」


 勇者が聞いてあきれる。

 なかなかの卑劣漢ひれつかんではないか。

 アセットは、決然と込み上げる怒りに憤った。

 同時に、これもまた自分の行動がもたらした結果だと己に言い聞かせる。アセットがドラゴンを退けなければ、アルケー村は全滅していた。だが、ミルフィとメガリスを使ったことにより、世界は知ってしまった。

 この村に、ドラゴンよりも強いなにかがある、と。

 それは、魔王の軍勢に脅かされている王国には、救いの福音ふくいんとなったのかもしれない。


「俺の聞いた話では、この魔法の腕輪を通じて妖精を呼び出せるそうだね? そのやり方がまず、知りたい。それと」

「あなたは! それでも騎士、勇者なんですか!?」

勿論もちろんだ。王国の、世界の希望にならねばならいと思っている。だからこそ、打てる手は全部打ちたいし、ドラゴンを超える力が得られるならば多少は無理もする」


 ヴォルケンの目は真剣だった。

 自分でも罪悪感を知ってて、それを敢えて胸の底に沈めているかのようだ。

 だが、これは理不尽で不条理だ。

 以前ビルラが言っていた、人類同盟が未開文明に接触してはならないという法の意味を、改めて知ることになった。自分たちを遥かに超える力を見せれば、それを欲する人間が現れるからだ。


「まあ、よく考えてくれたまえ。魔王を倒したいという気持ちは、君も同じだろう? アセット君」

「この世界の敵は、この世界の人の力で倒されるべきです! メガリスは、あれは違う! ドラゴンを倒しても、魔王を倒しても……ミルフィに返さない限り、メガリスは残り続けるんだ」

「ならば、それは王国の財産になる。強い抑止力よくしりょくを得られれば、誰も戦争を起こさなくなるさ。それもまた平和の一つの形だ」


 納得できない。

 承服しかねるというものだ。

 なにが平和だ、現に今のヴォルケンは脅迫まがいのことをしている。そして、戦いしか知らないミルフィを責めるのもこくである。


「ロレッタやシャルが見たら、がっかりするだろうね。ヴォルケンさん、あなたは」

「そうまでしてまで、守りたいものがある。大人には守る責任もある」

「それは正しい行いで、正しい在り方でしょう。でもっ! 手段が正しくなければ、その意味を失ってしまいますよ!」


 アセットの剣幕に、やれやれとヴォルケンは首を横に振る。

 どうやら今は、互いに理解を交わすことはできないようだ。


「まあ、二人でよく考えてみてくれたまえ。あの力は、子供のおもちゃにしていいものではないからね」


 それだけ言って、ヴォルケンは出ていった。

 その背を見送るアセットは、不安げに震えるミルフィを振り返り、安心させるように微笑ほほえんだ。だが、その笑みも変に引きつって、上手く気遣うことができないのだった。

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