第17話「再会、そして戦いの再開」

 結局、アセットたちは逃げてきた道をトボトボと戻った。

 今まで通路をふさいでいたアーマードビーストは、結果的にいなくなったからだ。ならば、十年近く前とはいえ、知った道を辿たどる方が安全である。

 そう、忘れてはいけない……ここは立ち入りを固く禁じられた遺跡。

 大人たちが決めて守っているルールには、必ず意味があるのだ。


「それで? ミルフィ、あなたどうして少し楽しそうなのよ」


 ロレッタがふくれっ面でくちびるとがらせる。

 彼女の言う通り、先頭を歩くミルフィはどこか楽しげだ。ともすれば、鼻歌でも聴こえてきそうな程である。

 彼女と初めて会った時は、殺気に満ちて表情もけわしかった。

 看病して一夜明けたあとも、最初はとても緊張していたように思う。

 それが今は、どこかウキウキとしてて笑顔さえ浮かべていた。


「アタシは、ちょっと……いや、かなり楽しい。軍でのレンジャー試験でも、こういうのはやったことがある、けど。でも、全然違う。命の危険はないし、仲間もいるし」

「……ちょっとゴメン、言ってる意味がよくわからないわ」

「ロレッタもアセットも、ワクワクしないのか? アタシはこう、言葉にできない変な感じだ。けど、このおかしさは嫌いじゃないと思う!」


 なんの警戒心もいだかず、どんどんミルフィは進んでゆく。

 彼女が鍛え抜かれた兵士だというのは、先程の騒動で嫌というほど思い知らされた。ミルフィが咄嗟とっさに機転を利かせてくれなかったら、今頃アセットもロレッタもアーマードビーストにすり潰されていたかもしれない。

 勿論もちろん、その原因を作ったのもまた、ミルフィなのだが。


「ほら、ロレッタ! あっちが明るくなってるぞ……ははっ、今度はなんだ? よし、競争だ!」

「あっ、待ってミルフィ! 危ないのよ、本当に! ――もぉ、待ちなさーいっ!」


 二人の少女が走り出す。

 本当に元気で、体力が有り余ってるんだとアセットは溜息ためいきを一つ。

 すでにもう、彼は若干疲れ始めていた。

 都会暮らしが長くて、身体がなまっているのだ。それに、元から身体を使うことは苦手だ。だから、ゆっくりと歩きながら二人を見送る。

 ミルフィとロレッタが走る先が、明るく光って二つの影を引き出していた。


「ロレッタだって楽しそうじゃないか。ま、僕もだけど……うん、やっぱりここにもある」


 ゆっくりと周囲を調べながら、アセットはまた壁面にレリーフのようなものを見つける。

 ペンと紙を持ってくるべきだった。製紙は王都おうとでも高級品で、アルケー村では手に入らないだろう。けど、ペンだけでもあればかなり違ってくる。

 こけむす壁には、ここにも複雑な紋様もんようが刻まれていた。

 先程見たものとは、細部が異なる。

 やはり、なにかしらの意味を伝達する術なのだろう。

 そのまま先へ進むと、アセットは懐かしい光景に再会した。


「ああ、そうだっけ……前は、ここまで三人で来たんだった」


 視界が開けて、一瞬だけ世界が白く染まる。

 薄暗い通路とは違って、そこはあまりにも眩しかった。まるで真昼のような光に、思わず目を細めて手で庇う。それでも、指と指の隙間から見た風景はあの日のままだ。

 高い天井には、無数の水晶が突き出ている。

 それが、微弱な苔の光を何倍にも増幅しているのだ。

 そして、ここだけは精緻な石造りではなく、自然そのものな洞窟になっている。かなり大きな空間で、奥には地底湖が広がっていた。

 幼い頃は、ここから更に奥の通路に進んで迷子になったのである。


なつかしいな。今見ると……ん? なにやってるんだろう、あの二人」


 奥まった場所には、透き通るような翠の水面が広がっている。

 そして、その湖畔にミルフィとロレッタが立っていた。二人が見ているものを、アセットもまた見て、そして驚く。

 記憶の中にあって、ぼやけて霞んだ細部が鮮明になってゆく。

 そう、昔……あの日、あの時、あの瞬間、確かに見た。

 まるで打ち捨てられたような、それは――


「下がってろ、ロレッタ! くっ、銃! おいビルラ、今度こそ銃だ!」

「ま、待ってミルフィ。待ってったら」

「いいから下がれ! 死にたいのかっ!」


 アセットが駆け寄れば、魔法の腕輪が光を放つ。

 現れたビルラは、無言で鋭い視線をミルフィに放った。

 そして、ミルフィの手に銃と呼ばれる不思議な武器が現れる。黒光りするそれは、冷たい殺意を具現化したかのように寒々しく見えた。

 身構えるミルフィの前に、巨大な物体が鎮座している。

 小さい頃に見た通りで、何故なぜこれを忘れていたのかが不思議なくらいだ。そして、思い出す……アセットは、この奇妙な物体から逃げたことがあるのだ。小心で臆病だったから、


「ああ、そうか……あの時、僕は」


 振り返ったロレッタは、別段驚いてはいない。

 殺気立つミルフィにあきれつつ、肩をすくめながら苦笑を零した。


「アセット、覚えてるわね? あなた、これが突然喋ったから、驚いて逃げたのよ。それも、来た方向とは真逆に猛ダッシュでね」

「うん、思い出したよ。忘れてたけどさ」


 それは奇妙な物体だ。

 ところどころ破損しているようで、本来はどういった形だったか定かではない。ただ、見たままに表現すると……巨大な鳥だ。翼は片方が欠けているが、やけに直線的な金属の鳥である。

 頭部にあたる場所は、先端がクチバシのように鋭角的だ。

 アセットは勿論、ロレッタにも鳥としか形容できないだろう。

 だが、ミルフィとビルラは違うようだ。


「ビルラ! 二人を安全な場所へ! アタシはこのエクス・マキナを処理する!」

「待ってください、ミルフィ」

「いいや待てるか! やはりいたな、エクス・マキナめっ!」

「だから待ちましょう、ミルフィ。冷静に御覧ごらんなさい。ほら、妖精さんの言うことは聞いて」

「誰が妖精さんだ! ……あ、あれ? 待てよ……おかしい、妙だな」


 流石さすがはビルラというか、二人の付き合いの長さをアセットは実感した。血気にはやってたけるミルフィだったが、徐々に冷静さを取り戻してゆく。

 二人が言うには、これが人類同盟なる者たちの敵、エクス・マキナらしい。

 だが、恐らくこの個体はミルフィたちのメガリスと戦ったものではない。

 何故なら、十年近く前にアセットたちが遭遇しているからだ。

 そのもっと前、大昔からここにあったとさえ考えられる。


「ミルフィ、銃を下ろしても大丈夫でしょう。かなり古いタイプのエクス・マキナです。恐らく、第二世代……

「なんだって!? そんな古い機体なのか?」

「ええ、データベースに照合した結果、そうとしか。ここには随分前に流れ着いて、停止したのでしょう。私たちが戦ったエクス・マキナではありません」

「この残骸がメガリスのセンサーに反応したのか」


 目の前のエクス・マキナは、身体のあちこちが苔に覆われている。そこかしこから植物が生えてて、背中で小動物が遊んでいても全く動かない。

 朽ちて壊れたというのが、妥当なところだろう。

 それでも、ミルフィは警戒を緩めず銃を突きつけたままだ。

 そして、アセットの記憶をなぞるように声が響く。


「――これは珍しい。地球由来の人類を見るのは、何百年ぶりだろうか」


 酷く老成した、老人の声……それも男の声音だ。落ち着いてて、どこか賢者を思わせる。この声に昔、アセットはびっくりして逃げ出したのだ。

 物言わぬ金属の塊は、鳥でいえば頭部に小さな光が明滅していた。

 それが喋る都度、規則的に光を強めている。


「君は、人類同盟の兵士だね? そっちはメガリス制御用のAIか」

「そ、そうだっ! お前……お前が、エクス・マキナ」

「人類同盟側では、私のような者をそう呼称している。彼らはこう思ったのだろう……『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』を造ってしまった、と。もうずっと大昔にね」


 流量な言葉は、アセットたちのものと全く同じである。

 どうして、遺跡の地下にエクス・マキナが? それは、ミルフィたちが宇宙で何百年も戦ってきた敵だという。それが、この場所にずっとあった。アセットたちは幼少期に、それを確認済みである。

 だが、ミルフィは銃を降ろさない。


「対話は可能か? 人類同盟の少女兵よ」

「……問答無用、という訳にもいかなそうだな。それくらいは、アタシでもわかる」

「君たちは何故、私の同胞どうほうを追いかけ、殺すのだ?」

「危険なマシーンは破壊する! そのためにアタシたちは、戦ってるんだ!」

「危険……そう、私が生まれた時も、人間たちはそう言っていた」

「そうだ、お前たちは暴走して沢山の人間を殺した! 地球が爆発したのだって!」

「それは、事実と異なる」

「えっ?」


 両者の主張も、背負った過去の背景も、アセットにはわからない。

 完全に蚊帳かやの外だったが、黙ってみているだけでは事態は解決しない。今にもミルフィは、銃とかいう武器に仕事をさせようとしていたからだ。それは指の力一つで、恐るべき攻撃が可能なのだろう。

 アセットが目配せすると、ビルラが小さくうなずいた。


「ミルフィ、とりあえず危険はありません。このエクス・マキナは完璧に機能停止状態です。こうして会話できるのが、むしろ不思議なくらいですよ」

「ビルラ……こいつからなにかしらのデータをサルベージできるか?」

「それも手っ取り早いんですが、まずは話を聞いてみるのが吉かと。それと」

「それと?」


 少し躊躇とまどう素振りを見せて、幻像のビルラが波打った。実体かと見紛う鮮明な映像が、僅かにぶれてぼやける。だが、輪郭が再びはっきりすると、意を決したように彼女は口を開いた。


「我々人類同盟が共有している歴史と、彼の言う言葉は矛盾むじゅんしています。そして、そのことに関して……かなり高度なプロテクトが掛かっていて、私からは話すことができません」

「メガリスのパイロットでは、権限が足りないのか?」

「そういうことになります。機密レベルSSSトリプルエスの情報みたいですね」


 アセットにはよくわからなかったが、ようするに「知ってはいるが話せない」みたいなものだろうか。そして、ビルラを察して気遣うようにエクス・マキナは謳い出した。

 それが衝撃の真実だというのは、ミルフィの表情から察することができるのだった。

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