第17話「再会、そして戦いの再開」
結局、アセットたちは逃げてきた道をトボトボと戻った。
今まで通路を
そう、忘れてはいけない……ここは立ち入りを固く禁じられた遺跡。
大人たちが決めて守っているルールには、必ず意味があるのだ。
「それで? ミルフィ、あなたどうして少し楽しそうなのよ」
ロレッタがふくれっ面で
彼女の言う通り、先頭を歩くミルフィはどこか楽しげだ。ともすれば、鼻歌でも聴こえてきそうな程である。
彼女と初めて会った時は、殺気に満ちて表情も
看病して一夜明けたあとも、最初はとても緊張していたように思う。
それが今は、どこかウキウキとしてて笑顔さえ浮かべていた。
「アタシは、ちょっと……いや、かなり楽しい。軍でのレンジャー試験でも、こういうのはやったことがある、けど。でも、全然違う。命の危険はないし、仲間もいるし」
「……ちょっとゴメン、言ってる意味がよくわからないわ」
「ロレッタもアセットも、ワクワクしないのか? アタシはこう、言葉にできない変な感じだ。けど、このおかしさは嫌いじゃないと思う!」
なんの警戒心も
彼女が鍛え抜かれた兵士だというのは、先程の騒動で嫌というほど思い知らされた。ミルフィが
「ほら、ロレッタ! あっちが明るくなってるぞ……ははっ、今度はなんだ? よし、競争だ!」
「あっ、待ってミルフィ! 危ないのよ、本当に! ――もぉ、待ちなさーいっ!」
二人の少女が走り出す。
本当に元気で、体力が有り余ってるんだとアセットは
都会暮らしが長くて、身体が
ミルフィとロレッタが走る先が、明るく光って二つの影を引き出していた。
「ロレッタだって楽しそうじゃないか。ま、僕もだけど……うん、やっぱりここにもある」
ゆっくりと周囲を調べながら、アセットはまた壁面にレリーフのようなものを見つける。
ペンと紙を持ってくるべきだった。製紙は
先程見たものとは、細部が異なる。
やはり、なにかしらの意味を伝達する術なのだろう。
そのまま先へ進むと、アセットは懐かしい光景に再会した。
「ああ、そうだっけ……前は、ここまで三人で来たんだった」
視界が開けて、一瞬だけ世界が白く染まる。
薄暗い通路とは違って、そこはあまりにも眩しかった。まるで真昼のような光に、思わず目を細めて手で庇う。それでも、指と指の隙間から見た風景はあの日のままだ。
高い天井には、無数の水晶が突き出ている。
それが、微弱な苔の光を何倍にも増幅しているのだ。
そして、ここだけは精緻な石造りではなく、自然そのものな洞窟になっている。かなり大きな空間で、奥には地底湖が広がっていた。
幼い頃は、ここから更に奥の通路に進んで迷子になったのである。
「
奥まった場所には、透き通るような翠の水面が広がっている。
そして、その湖畔にミルフィとロレッタが立っていた。二人が見ているものを、アセットもまた見て、そして驚く。
記憶の中にあって、ぼやけて霞んだ細部が鮮明になってゆく。
そう、昔……あの日、あの時、あの瞬間、確かに見た。
まるで打ち捨てられたような、それは――
「下がってろ、ロレッタ! くっ、銃! おいビルラ、今度こそ銃だ!」
「ま、待ってミルフィ。待ってったら」
「いいから下がれ! 死にたいのかっ!」
アセットが駆け寄れば、魔法の腕輪が光を放つ。
現れたビルラは、無言で鋭い視線をミルフィに放った。
そして、ミルフィの手に銃と呼ばれる不思議な武器が現れる。黒光りするそれは、冷たい殺意を具現化したかのように寒々しく見えた。
身構えるミルフィの前に、巨大な物体が鎮座している。
小さい頃に見た通りで、
「ああ、そうか……あの時、僕は」
振り返ったロレッタは、別段驚いてはいない。
殺気立つミルフィに
「アセット、覚えてるわね? あなた、これが突然喋ったから、驚いて逃げたのよ。それも、来た方向とは真逆に猛ダッシュでね」
「うん、思い出したよ。忘れてたけどさ」
それは奇妙な物体だ。
ところどころ破損しているようで、本来はどういった形だったか定かではない。ただ、見たままに表現すると……巨大な鳥だ。翼は片方が欠けているが、やけに直線的な金属の鳥である。
頭部にあたる場所は、先端がクチバシのように鋭角的だ。
アセットは勿論、ロレッタにも鳥としか形容できないだろう。
だが、ミルフィとビルラは違うようだ。
「ビルラ! 二人を安全な場所へ! アタシはこのエクス・マキナを処理する!」
「待ってください、ミルフィ」
「いいや待てるか! やはりいたな、エクス・マキナめっ!」
「だから待ちましょう、ミルフィ。冷静に
「誰が妖精さんだ! ……あ、あれ? 待てよ……おかしい、妙だな」
二人が言うには、これが人類同盟なる者たちの敵、エクス・マキナらしい。
だが、恐らくこの個体はミルフィたちのメガリスと戦ったものではない。
何故なら、十年近く前にアセットたちが遭遇しているからだ。
そのもっと前、大昔からここにあったとさえ考えられる。
「ミルフィ、銃を下ろしても大丈夫でしょう。かなり古いタイプのエクス・マキナです。恐らく、第二世代……地球消滅直後の機体かと思われます」
「なんだって!? そんな古い機体なのか?」
「ええ、データベースに照合した結果、そうとしか。ここには随分前に流れ着いて、停止したのでしょう。私たちが戦ったエクス・マキナではありません」
「この残骸がメガリスのセンサーに反応したのか」
目の前のエクス・マキナは、身体のあちこちが苔に覆われている。そこかしこから植物が生えてて、背中で小動物が遊んでいても全く動かない。
朽ちて壊れたというのが、妥当なところだろう。
それでも、ミルフィは警戒を緩めず銃を突きつけたままだ。
そして、アセットの記憶をなぞるように声が響く。
「――これは珍しい。地球由来の人類を見るのは、何百年ぶりだろうか」
酷く老成した、老人の声……それも男の声音だ。落ち着いてて、どこか賢者を思わせる。この声に昔、アセットはびっくりして逃げ出したのだ。
物言わぬ金属の塊は、鳥でいえば頭部に小さな光が明滅していた。
それが喋る都度、規則的に光を強めている。
「君は、人類同盟の兵士だね? そっちはメガリス制御用のAIか」
「そ、そうだっ! お前……お前が、エクス・マキナ」
「人類同盟側では、私のような者をそう呼称している。彼らはこう思ったのだろう……『
流量な言葉は、アセットたちのものと全く同じである。
どうして、遺跡の地下にエクス・マキナが? それは、ミルフィたちが宇宙で何百年も戦ってきた敵だという。それが、この場所にずっとあった。アセットたちは幼少期に、それを確認済みである。
だが、ミルフィは銃を降ろさない。
「対話は可能か? 人類同盟の少女兵よ」
「……問答無用、という訳にもいかなそうだな。それくらいは、アタシでもわかる」
「君たちは何故、私の
「危険なマシーンは破壊する! そのためにアタシたちは、戦ってるんだ!」
「危険……そう、私が生まれた時も、人間たちはそう言っていた」
「そうだ、お前たちは暴走して沢山の人間を殺した! 地球が爆発したのだって!」
「それは、事実と異なる」
「えっ?」
両者の主張も、背負った過去の背景も、アセットにはわからない。
完全に
アセットが目配せすると、ビルラが小さく
「ミルフィ、とりあえず危険はありません。このエクス・マキナは完璧に機能停止状態です。こうして会話できるのが、むしろ不思議なくらいですよ」
「ビルラ……こいつからなにかしらのデータをサルベージできるか?」
「それも手っ取り早いんですが、まずは話を聞いてみるのが吉かと。それと」
「それと?」
少し
「我々人類同盟が共有している歴史と、彼の言う言葉は
「メガリスのパイロットでは、権限が足りないのか?」
「そういうことになります。機密レベル
アセットにはよくわからなかったが、ようするに「知ってはいるが話せない」みたいなものだろうか。そして、ビルラを察して気遣うようにエクス・マキナは謳い出した。
それが衝撃の真実だというのは、ミルフィの表情から察することができるのだった。
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