第15話「届かない手、伸ばさない腕」
どれくらい古いものなのかを、誰も知らない。知ろうともしない。そうした状況が、幼少期のアセットを強く
彼の探究心の原点は、緑に沈んで沈黙するこの遺跡だ。
久方ぶりに訪れると、その時の記憶が鮮明になる。
「変わらないな……この場所は」
思わずアセットは、口元に笑みが浮かんだ。
そう、なにも変わっていない。
太古の昔から、遺跡はこの場所にある。ひょっとしたら、この森が広がる前から存在しているのかも知れない。だとすると、十年に満たぬ日々など一瞬にも等しい。
小さい頃、ここで村の悪ガキ三人組の冒険があった。
そのことを今も、アセットは鮮明に覚えている。
だが、初めて訪れたミルフィは遺跡の迫力に圧倒されていた。
「なんと……こんな大規模な建造物が? 巨岩をこうも正確に重ねて……それも、全てほぼ均一に整えられた大きさの岩だ。かなりの作業機械が必要になるぞ」
森の木々が生い茂る中、そこだけが開けた広場のようになっている。そして、その中央には巨大な神殿が鎮座していた。便宜上、神殿とアセットは呼んでいるが、なにを目的とした建造物かはわからない。
大きさは、約200
天へと
見上げる高さは、ざっと800
だが、この遺跡の本質は建物自体ではなく……その地下にある。
「ミルフィ、中に入るけど……ミルフィ?」
「あ、ああ、アセット。これは凄いものだな、見たところ、軍事拠点ではなさそうだが」
「誰もわからないんだ。いつの時代のものかも知らないし、なんのための場所かも不明」
「そうか……なんか、気になるな。アタシは、こんな気持ちは初めてだ」
アセットも少し驚いた。
ミルフィは瞳を輝かせ、周囲を見渡し入り口へと進んでゆく。彼女は少し体力を取り戻してから、見る者全てに驚き、大いに喜んでいた。木々や草花、動物といった大自然もそうだし、食事という文化にも興味津々だった。
だが、今は厳粛な静けさに満ちた遺跡に感嘆といった様子である。
そうこうしていると、アセットの手首で自称魔法の腕輪が光った。
「呼ばれてませんが、面白そうなので……どろろん、っと。ミルフィ、よければ年代測定などできますが」
ビルラが現れた。
相変わらず人を喰ったような言動で、それでいて澄ました顔は無表情なのも普段通りだ。自らを巨神の妖精とうそぶいているが、アセットもうすうす気がついている。ビルラはAIとかいう存在で、あのメガリスという兵器に
だが、無機質に思えても彼女を人間としてアセットは扱ってしまう。
「待って、ビルラさん。年代測定って」
「ああ、アセット。私たちの科学力なら
「それ、いいの?」
「……ダメですね。
「うん、そうしてくれるとありがたいね。それは僕がいつか、自分でやりたいことだから」
意外そうな顔をしたが、ビルラは静かに
それはどこか、優しく人間的で、知性を感じさせる穏やかなものだった。
「そうですか、なるほど。アセット、貴方の探究心と好奇心に敬意を。未開な文明などと言っていますが、私たちが失ったものを
「えっと、よくわからないけど、ありがとう。僕はこの遺跡のことが知りたくて、勉強を始めたんだよね」
「それはそうと……ミルフィ、あまり先に行かないでください。一応、ここにはエクス・マキナの反応があったのですから。油断は禁物、ですよ?」
遺跡の壁にへばりついて、ミルフィは夢中なようだった。
二度、三度とビルラが呼ぶと、ようやく振り返る。
「ああ、ビルラ。見ろ、ぴったり計算づくしで石を組み上げてる。隙間なんてこれっぽっちもないんだよ。凄いな……」
「おやおや、ミルフィまで」
「あっ、いや! ア、アタシは、その」
「いえ、いい傾向ではないでしょうか。戦い以外のことに興味を持つのは、とても人間的と言えます。それに、人間なればこそ、未知と神秘に心を動かされなくてはいけません」
不思議な物言いだ。
アセットが胸に秘めた、一番身近な人生のテーマ……謎の遺跡の調査と解明。それに今、ミルフィも興味津々のようである。
そして、そんなミルフィの姿を、アセットは珍しそうに見ていた。
気付けば隣で、ロレッタも面白そうに笑っている。
「ミルフィったら、夢中ね。ああいうとこ、あるんだ? 案外、アセットと気が合うんじゃないかしら?」
「ロレッタ」
「……この遺跡、なんなのかしらね。前は地下へ少し
「忘れられないよ。酷い目にあったし、カイルとロレッタがいなかったら出てこれたかどうか。それに、村に戻ったら死ぬほど大人たちに
「そうね。……わたしにはなんだか、ついこの間のことのように感じるわ」
ぽつりと呟きを残して、ロレッタは遺跡の入り口へと歩み出す。
巨大な石の建造物は、その実態は地下にある。地上に突き出ている尖塔は、それ自体は密に石を組んでいるため中から登ることはできない。
ただ、
門には複雑な
アセットは随分前から、これが自分たちとは異なる文明……自分たちより先にこの星に根付いて、先に滅びた文明の遺跡ではと思っていた。
そして、やはりビルラも興味深そうなりアクションがわざとらしい。
「ほう! ほうほう! これはなかなか……大昔の地球にも、似たような遺跡があったかと思いますが。実に興味深いですねえ」
「でしょ? ……まあでも、大人たちはそうでもないみたいなんだけどさ」
「おや、アセット、
「かもしれないけど、ね。大人たちが欲しいのは、まずは『役に立つこと』なんだ」
王都に出て、
そこで真っ先に習わされたのは、魔法だった。勿論、あれば便利だしアセットも習得は躊躇わなかった。だが、その過程ではっきりと知ってしまったのだ。
求められているのは、王国の利となる人材。
それは
だが、それのみを求めて、誰もが細く狭い研究を奥へと進めていた。
故郷の遺跡の話をしても、教師たちは誰も面白い顔をしなかったのである。
そのことをビルラに話したら、さもありなんという言葉が返ってきた。
「なるほど、まあ……そうでしょうね。まだまだ文明発展の
「魔法だってでも、そうなんだ。使うこと、使いこなすことには熱心なのに……魔法が何故魔法なのか、どうして魔法で色々なことが便利になるのか、その理由は誰も興味がないみたいでさ」
「アセット、焦る必要はありません。いつか魔法も、魔法ではなく科学になるかもしれませんし」
「科学? 君たちのかい? 魔法が?」
「ええ」
意味深なことを言って、ビルラは腕輪の中に消えた。
光の幻像である彼女は、わざわざ一緒に歩いて遺跡に入る必要はないと考えたのだろう。
だが、残された言葉がアセットの中に
科学というのは、ミルフィやビルラが使う魔法のようなものだ。あのメガリスとかいうのを生み出し、天の上に広がる宇宙とかいう場所で敵と戦っている。
その科学に、アセットたちの魔法がいつかなる?
ちょっと、よくわからない。
むしろ、アセットから見れば科学の数々は全て、凄い魔法に見えてしまうからだ。
「アセット、早く行きましょう? ミルフィの話だと、そのエクス・マキナって凄く大きいものらしいから」
「ああ、放置しておけばこの惑星自体が危険だ」
「大げさねえ……でも、この地下には凄く広い部屋があったの、覚えてるわ。ねえ、アセット。あたなも覚えてるでしょ?」
奥の下り階段の前で、ロレッタとミルフィが待っている。
村ではカイルとシャルフリーデが待ってるし、待ち合わせ場所にはマスティが残ってくれてる。時間は限られているが、久々に移籍を訪れてアセットは興奮を禁じえない。
まるで、幼い頃の自分に戻ったかのようだ。
そして残念ながら、幼いあの日とあまりアセットは変わっていない。
魔法が使えるようになり、読み書きも計算も達者になったが……以前よりも遺跡をより多く知る、そういうことができるようにはなっていない。それが酷く残念だ。
王都で勉強し、十年近くの時を経ているのに……以前と同じく、なにもわからない。
「あ、うん。覚えてるよ、ロレッタ。天井の高いフロアがあったよね」
「そう、それよ! さ、行きましょ」
「ああ」
もう
彼女は、ウキウキとした気持ちを隠しきれずに先に降りたようだ。
歩いて追えば、並ぶロレッタが肩を寄せてきた。
薄闇の中で、肩と肩とが触れる。
そして、不意に手を繋がれた。
熱いロレッタの手が、アセットの手を強く握り締めてきたいのだ。
「別に怖くはないわ。けど、アセットが心配だもの。迷子になられても困るし」
「はいはい、そういうことにしとくさ」
「あら、生意気ね。……なんだかわたし、もっとおしとやかだったらよかったのにね」
「なんだい、急に。あ、そういうやつ?」
「相変わらず鈍いわ、アセット。シャルも悪気はなさそうだけど、ちょっと
だが、それ以上ロレッタは愚痴を口にしなかった。
それは、彼女が誰に対しても裏表がなく、言いたいことは直接本人に言う性格だからもある。
けど、今は……突然下からミルフィの悲鳴が響いて、呑気に話してる余裕がなくなったのだ。
アセットは急いで、ロレッタの手を引いて走り出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます