第10話「僕たち、未開文明人」

 ロレッタが起こしてようやく、シャルフリーデが眠そうな顔で現れた。領主の娘にしては、また随分とだらしない。それでも彼女は、髪がどうとか洗顔がどうとかうるさく、ロレッタが書斎の方へと引っ張っていった。

 カイルはまだ自警団の仕事があって、一度顔を出してすぐにいってしまった。

 そんな訳で、アセットがミルフィとビルラに細かな事情を聞くことになったのだった。

 それと、もう一人。


「んー、やっぱ二日酔いの朝には温かいスープだねえ。ねえ、少年?」


 ゆるんだ笑顔でスープをすすっているのは、マスティだ。

 このお姉さんときたら、本当にいい加減な人だ。切れ者の気配を隠しているのか、元からないのか、思わせぶりなだけなのか。

 だが、不思議とアセットは油断ならないような気がしている。

 同時に、偽りや隠し事に悪意がないようにも感じていた。


「マスティさん、大丈夫ですか?」

「いやあ、飲み過ぎちゃってさ。はぁ、染みる……これ、ロレッタちゃんが?」

「そうですけど」

「将来、いいお嫁さんになるねえ」

「そうでしょうけど、ね」


 さて、とアセットはビルラを見た。

 光の幻像は視線に気付いて、静かに語り始める。


「では、改めて自己紹介を。私はビルラ、人型万能殲滅兵装ひとがたばんのうせんめつへいそうメガリスの補助AI……まあ、巨神の妖精さんだと思ってください。で、こちらはミルフィです」


 そのミルフィは、先程の剣幕が嘘のようだ。

 今は夢中でスープのうつわにかじりついている。

 スプーンを持つ手の無造作な感じが、アセットには随分幼い印象を抱かせた。

 だが、彼女は戦士、そして兵士らしい。

 その詳細をビルラが、ようやく話してくれる。


「私たちは人類同盟じんるいどうめいという組織に属しています。生まれ育った母星を離れ、宇宙へと生活圏を広げ……そして今、敵と戦っているのです」

「ウチュウ、っていうのは前にも聞いた。確か、星々が浮かぶ天の海原、みたいなものだね?」


 アセットの言葉に、ビルラは神妙な面持おももちでうなずいた。

 ミルフィとビルラは、あの巨神メガリスを使って戦っていたのだ。彼女たちには敵がいる……科学とかいう術を使ってさえ、容易には勝てない敵が存在するらしい。

 そのことについては、ビルラはそれ以上の説明をしてくれなかった。


「私たちは人類同盟の法に従って生きています。あ、私はAIなので少し違いますが。ただ、私たちは宇宙に広がる同胞はらから、まだ見ぬ未開の文明への接触を避けてきました」

「僕たちのような文明が他にも?」

「ええ、無数に。なにしろ宇宙は広いのです。……そう、広過ぎました」


 不意にビルラが、妙に寂しげな目で視線を外した。

 それは、少女の姿を妙に大人びた、ともすれば老成したように見せる。

 それも一瞬のことで、すぐにビルラは普段の端正な無表情を取り繕った。


「本来、未開文明との接触は固く禁じられています。私たちの持つ科学技術が、その文明だげか進む未来、本来の発達を大きく歪めてしまうからです」

「でも、ミルフィとビルラは」

「今回は敵が強過ぎました。私たちのメガリスは深刻なダメージを負い、やむを得ずこの惑星に不時着したのです」

「なるほど。じゃあやっぱり、本来は」

「はい。決して接触してはならないのです。ただ、ミルフィの生命維持はさらに優先度の高いコマンドでしたので、そのために不時着を決断しました」


 そこで、スープを飲み干したマスティが言葉を挟んでくる。

 彼女はお行儀悪く、匙でビルラを指差しながら話し始めた。


「大体の事情は昨日聞いてるけど、つまりキミの言いたいことはこうだね。なるべく人目につかないように休養して、体調が戻り次第また出ていく。その、ウチュウとかいうとこに」

おおむねそうです。ただ、メガリスの自己修復にはまだ多くの時間が必要でしょう」

「相当凄いらしいね、その、カガク? っていうのは。まるで魔法か、それ以上だ」

。この力は、未開文明の人間にはまだ早過ぎます」


 フム、と唸ってマスティは立ち上がった。

 どうやら台所に、おかわりを取りに行くようだった。

 その背を見送っていると、不意にミルフィが顔をあげた。

 彼女は手の甲でグイと口元を拭って、瞳を輝かせながら叫ぶように話す。


「こっ、ここ、これはなんだ! アタシはこんなもの、初めて食べるぞ!」

「えっ? いや、ウサギのスープだけど」

「ウサギ……とは? スープとはなんだ」

「……へ?」


 アセットは絶句してしまった。

 ウサギはこの地域なら、どこでも食べる一般的な食肉だ。狩りが容易なのもあるし、毛皮は加工すれば様々な品に姿を変える。豚や羊などの家畜は、これは村の全員で管理する資産なので、勝手には食べられない。

 ウサギ程度なら、子供でも道具さえあればなんとかなる。

 だからといって、毎日狩るようなことも慎むのが村のならいだ。

 そのウサギはおろか、スープというものをミルフィは知らないという。

 驚くままに、アセットはビルラに説明を求めた。


「ええ、あー、うん! 面倒な話ですが、仕方ありませんね。アセット、ミルフィの言葉は嘘ではありません。彼女はウサギもスープも知らない世代です」

「いや、待って……じゃあ、なにを食べて」

「人類同盟では皆、合成食料を必要に応じて摂取します。主に肉体の維持と精神の安定のためで、そこには肉とか魚という概念はおろか、料理という文化もないのです」

「な、なんだって!? 合成食料?」

「ようするに、人工的に作られた栄養のかたまりです。適切なカロリー量が含まれていて、少量でも満腹感を促すように調整された食料ですね」


 もう一度アセットは、ちらりとミルフィを見た。

 彼女はなんだか、うっとりした表情でスープの器を舐めようとしている。だが、アセットの視線に気付くと、ハッ! となって舌を引っ込めた。

 だが、未練がましくスープのこびりついた皿の底を見詰めている。

 よほど珍しくて、その上に美味しかったようだ。


「え、えっと、ミルフィ。おかわり、取ってこようか」

「なにっ! い、いいのか? お前……もしかして、いいやつなのか?」

「いや、君を助けるためにみんなが集まってる訳だし」

「こんな美味おいしいものは初めて食べた。そ、その、ウサギというのはどんなのだ?」

「耳が長い四足の獣だよ」

「どうやって造るのだ……なんて美味しい調合配分なんだ」

「いや、獣は……って、説明そこから? どうなってるんだ」


 アセットは王立魔学院アカデミーの生徒だから、少しは知っている。

 この世の全ての物質は、それ自体が『』でできている。ウサギも人間もそう、石や木、土、水……それらには無数の原料があって、その中から特定の組み合わせと配分によって、世界の万象はできているのだ。

 この研究はまだまだ王立魔学院アカデミーでも最先端、ともすれば異端だ。

 だが、アセットはこの手の学問が好きだった。

 やれやれとビルラは、ミルフィを窘めつつ説明してくれた。


「驚かないでください、アセット。私たち人類同盟の文明には、すでに自然動物は勿論もちろん、自然そのものがありません。失われてしまったんです。歴史も文化も、そう」

「……戦争で?」

「ええ、戦争で」

「その、敵ってのに滅ぼされたの?」

「逆です。敵と戦うために、敵より強くなるために……切り捨ててしまったのです。人間は自然の一部であることから脱却し、人間らしさを捨ててまで戦う必要があったんです」


 凄絶せいぜつな話だ。

 だが、ミルフィを見れば嘘ではないと知れる。

 彼女は本当に、こんな素朴なスープすら知らなかった。ぜいを凝らした逸品などではない、ロレッタが作った田舎料理いなかりょうりだ。それを彼女は、本当に感動しながら飲み干したのだ。

 宇宙なる場所で生きる人類は、戦っている。

 戦うことが目的と化して、手段をも同一にするために捨てた。

 自分たちが人間であるという証左の、その大半を捨て去ったのだ。

 その時、寝室のドアが勢いよく開かれた。


「おまたせしましたわ! ふふ、あなたがミルフィとやらですわね!」


 シャルフリーデが現れた。

 また、随分とおめかししての登場である。

 なるほど、確かに領主の娘の貫禄だ。そして、昨日よりもなんだか表情がイキイキしている。こっちが彼女の素顔なのかもしれない。

 領主の娘には領主の娘の、気苦労というのだってあるだろう。

 あとから顔を出したロレッタは逆に、少し疲れた顔をしていた。


「お疲れ、ロレッタ」

「ええ、もうくたびれたわよ。沢山服があって、毎日違うのを着るんですって。信じられないわ。シャルには、毎日服を選んで着せてくれるだけの人がいるそうよ」

王都おうとにもそういう暮らしの人はいるさ。まあ、僕たち平民には無縁の世界だけど」

「あ、それより……ミルフィが、君のスープが美味しいって。おかわりさせてあげてもいいかな」


 言ってて気付いたが、マスティは勝手に二杯目を取りに行ったあとだった。

 だが、アセットの言葉にロレッタは笑顔を咲かせる。


「そうでしょう、そうよ、わたし料理は得意だもの! それに好きだわ。待ってて、取ってきてあげる」


 ロレッタは上機嫌で、ミルフィから器を受け取った。

 その間に、シャルフリーデが一同を見渡し口を開く。

 少し気取って、作った声が室内に響き渡った。


「で? その、メガリスとかいう巨神が見たいわ。あなた、ミルフィとかいったわね。そっちの妖精さんも」

「はいはい、妖精さんですよ。どうも、ビルラです。ですが――」


 ビルラがやんわり断ろうとしたが、ミルフィがそれを手で制した。


「ビルラ、メガリスの現状をアタシも確認したい。残念だが、ここにいる未開文明の人間たちを巻き込んでしまったな……接触は避けるべきだったが、アタシの弱さが招いた失敗とも言える」

「失敗というほどではありませんよ、ミルフィ」

「ここの者たちの協力をあおぐことは、現時点では最も合理的だ。ならば、ある程度の秘密の共有をするのがいいだろう。……まあ、見てもチンプンカンプンだろうし、お前だって妖精さんで通じるならそれでいい。この惑星はまだ、そういうレベルの場所なんだ」


 なんだか、アセットは小馬鹿こばかにされたような気がして苛立ちを覚えた。

 だが、科学の信徒にして支配者たる彼女らは、確かにこちらを未開文明と呼ぶだけの力がある。そして、無類の強さしか持ち得ていないのだ。

 カイルが戻ってきたら、皆で貯水池に行くことになった。

 因みにミルフィは、上機嫌でスープを三杯もおかわりしたのだった。

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