第6話「科学という名の魔法」
森は
危険な魔物が出るが、野生動物や木の実といった恵みも多い。そして、アルケー村に多くの
そんな森を今、アセットはカイルと一緒に走っている。
今日は
「おいおい、アセット。だらしないぜ? もうへばったのかよ」
「いや、実はもう随分前からへばってる。今に始まったことじゃないよ」
「自信満々に言うことかよ」
カイルは弓を手に笑っている。
昔から彼は、熱心に狩りの練習をしていた。剣や槍も大人に混じって訓練していたし、今じゃ自警団のリーダー的存在になっている。村長の息子というのもあるだろうが、間違いなくカイルは立派な青年へと成長しつつあった。
目に見えてそう思えるから、アセットは少し
「ウサギかなにかがいればいいんだけどな。温かいスープにするんだ」
「それは
「毛皮も使えるしな。まあ、例のミルフィ? だっけ? あの子の分と、ついでに俺たちの昼飯だ。欲張る必要はない、一匹か二匹でいいんだけどさ」
そう、アセットとカイルは食事の準備中なのだ。
ここではまず、材料を狩ることから始めなければいけない。
村には小さな酒場と雑貨屋があるくらいで、基本的に金銭より物品や労働を用いての取引が多い。そう、いうなれば狩りも森との取引である。
命の危険というリスク、狩りという労働のコストが発生する取引だ。
欲張り過ぎてはいけないのも同じである。
そのことを再確認していると、不意に
「アセット、それにカイル。無数の生命反応がありますが、この
ビルラだ。
彼女は二人の狩りについてきている。
相変わらず幻影のように、その姿は半分透けて見えた。奇妙な衣装はビルラ自身が言うように、物語に登場する妖精に見えなくもない。AIとかいう存在らしいが、
そして、アセットは彼女が同行することになったきっかけを思い出していた。
カイルの家には、小さな離れがある。
そこには昔、彼の母親が住んでいたのだ。アセットも幼い頃から、よくしてもらった記憶がある。もともと身体が弱く、
久々に訪れると、今も優しい
カイルは父親似で、母親はとても綺麗な人だった。
「カイル、彼女をベッドへ! それと、水を
「わかった、ちょっと待ってろ」
「それと、なにか
「少し卵とかをわけてもらってくるよ。朝の残りで
ロレッタとカイル、二人はテキパキと働いた。
すぐにミルフィをベッドに寝せて、ロレッタは
ロレッタはとりあえず、ミルフィの着衣を脱がそうとしている。
そしてはたと気付いて、肩越しに振り向き目を細めた。
「お、そっか。おい、アセット」
「ん? あ、ああ、僕にもなにかできる? 手伝うけど」
「まあ、とりあえず……外に出てようぜ」
うんうんとロレッタが満足そうに
察しの悪いアセットでも、ようやくその意味に気付くことができた。
だが、そのロレッタが再び難しい顔をする。
「……この服、どこから脱がすのかしら。っていうか、縫い目もなにもないんだけど。不思議な手触り、ええと……ぴったり張り付いてて、これは困ったわね」
そう、ミルフィはまるで首から下の皮膚が銀色に彩られているかのよう。ぴったり張り付いた不思議な
そして、その腕輪が光るとビルラが現れた。
「苦戦していますね、少年たちよ。妖精のお姉さんですよ」
「あっ、妖精さん!」
「はいはい、妖精さんです。……ふむ、なかなかいいですね、こういうのも。それで、ええとたしか……ロレッタさん」
「は、はい。えっと、この子をまずは脱がしたいんだけど。身体を拭いてあげなきゃ。だって、酷い汗。熱も少しあるみたいだし」
「ええ、ええ。どうもお手数をかけてしまっているようで。では、解除しましょう」
ビルラは相変わらずの無表情だが、どこか
そして彼女は、視線でミルフィの腕輪になにかを念じたように見えた。
瞬間、パシュン! とミルフィの着衣が跡形もなく消える。
一瞬で全裸になった彼女を前に、慌ててロレッタは両手を広げた。
「ほ、ほらっ! 男の子は出てって! 仕事よ仕事、働いて! ごはんとか!」
「それと、アセット、でしたね。君、ちょっと私を連れて行ってください。そのデバイス……ええと、魔法の腕輪をお貸ししますので」
ミルフィの細い腕から、腕輪がストンと落ちた。
恐る恐るそれを拾い上げて、アセットは慎重に調べてみる。単純な好奇心もあるが、魔法の腕輪と言われても自分たちの魔法とは別物に思えた。
「ささ、少年。それを身に着けてください。基本的に私は立体映像を介してしか、君たちと話すことができません。逆に、その腕輪があればどこででも話せますので」
「なるほど。つまり……この中にビルラさんが入ってるってこと?」
ちらりと見やれば、ロレッタが瞳を輝かせている。
物語の大好きな彼女は今、本の世界を現実に見ているのだ。
だが、アセットは気になる……ミルフィとビルラが乗ってきた、メガリスとかいう巨人のこともだ。あれをビルラは、兵器だと言ったのだ。
物騒な上に、あんな巨大なものを作る技術は世界のどこにもない。
この世界にないとしたら、やはり違う世界からやってきたということになる。
「入っている、という表現は少し違いますね。ただ、いうなれば、そう……その腕輪は私の本体と繋がっているのです。だから、その腕輪の機能が及ぶ範囲に私は立体映像を送り込むことができるんですね」
「なるほど。まさに魔法だね」
「昔の偉い人も言いました。十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない……と」
「カガク?」
「まあ、君たちにはこれからの魔法に代わるもので、私たちには魔法でもなんでもない技術のことですよ」
そういう訳で、アセットはビルラの腕輪を付けて森に来た。
ミルフィのことはロレッタに任せて、男手は狩りである。
森も、人間が出入りできる範囲は限られている。より深くに進めば、戻ってこられない可能性もあるからだ。そして、森の奥は人間ではなく、動物の領域である。
森を恐れ、敬い、共に生きる。
それが村のならいだが、久しくアセットは忘れていた。
こうして久々に森に来てみると、自分の知識も魔法もあまり意味がない。
「なあ、アセット。魔法で獲物を引き寄せたりとかできないのか? 手っ取り早くさ」
カイルもそうだが、多くの人間は魔法を少し誤解している。
魔法は万能ではないし、そもそもどういう原理かもわかっていない。
そして、
「僕の魔法には、そんな便利なものはないよ。ただまあ、動物の気配を探知する魔法とかならあるけど。因みに、ビルラの魔法は?」
「私はそうですね、
さして驚いた様子もなく、
聞き馴染みのない単位は恐らく、距離を示すものだとアセットは考えた。やはり、違う国……違う世界からビルラたちはやってきたのだろう。
それにしても、妙だ。
王都と違って、この辺りはどこも大自然の領域である。
アルケー村に限らず、人の集落は常に自然と隣り合わせでなければ成立しない。
少なくともアセットたちの世界では、それは常識だ。
「まあ、落ち着いたら詳しく知りたいところだけど、今は……カイル、魔法で僕たちの気配を薄めるよ。ビルラは、手近な動物へと僕たちを案内してほしい」
「おっ、そういうのあるのな! やっぱ魔法が使えるって凄いぜ」
「本当に使えるだけなんだけどね。さて」
アセットはいつものように、両の手を開いてかざす。そして、印を結ぶように組み合わせて、
突然、森の奥で悲鳴が響いた。
即座にカイルが、身構える。
彼の鋭く周囲を見渡し、二度目の悲鳴で走り出した。
慌ててアセットも、魔法を中断して追いかける。
「ふむ、女性の声でしたね。それも若い……まだ子供の声でした」
「ビルラさん、距離は? 方向はわかるけど。それと、悲鳴の主の周囲には」
「ええ、少し大きめの生命反応がありますね。これは私が思うに」
「襲われてるって感じかな。急がないと!」
あっという間に、カイルの背が見えなくなった。間に合えばと祈りつつ、アセットも懸命に走る。
そして、不意に視界が開けると……弓に矢を
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