第5話「悪ガキトリオの日々よ、再び?」

 すぐにアセットとロレッタは行動を開始した。

 そして、悩むことなく共通の友人に秘密を打ち明ける。

 ビルラは、できるだけミルフィのことを人に知られたくなさそうだった。だが、たった二人ではできることに限りがある。

 ここはやはり、頼れる幼馴染おさななじみの協力が不可欠だと判断したのだった。


「そういう訳なの! カイル、力を貸して。この子、なんだかとても心配なのよ」


 貯水池ちょすいちから戻ったアセットは、母の働く酒場の裏に来ていた。からになった酒瓶さかびんや、麦酒ビールを詰めていた大きなたる、他にも木箱がいくつか無造作に置かれている。

 村で唯一の社交場サロンも、朝は静かで店内に客など皆無かいむだ。

 その場に呼び出されたカイルも、ミルフィを見て表情を引き締める。


「……訳あり、なんだな?」

「そうよ、実は……実はね、カイルッ!」

「だから、訳ありなんだろうって。ロレッタ、詳しい話はあとでいい。まず、この子が落ち着ける場所を作ろう。寝床と、あとは飯だな」

「え、ええ。……カイル、驚かないのね」

「この面子メンツじゃな。昔から、三人集えばトラブルなんて日常茶飯事だったろう?」


 流石さすがに幼馴染だけあって、話が早い。

 昔からカイルは、いさぎよくて小気味こぎみよい。こういうのをアセットは、男らしさとか男気だと思っていた。理屈っぽい自分とは大違いだ。

 そのアセットだが、朝からかなりバタバタしたせいか、少し疲れを感じていた。

 それでも、興奮気味のロレッタと違って頭の中が酷くクリアだ。

 アセットは王都での勉強で、この大地が巨大な球形だと知っている。そして、この大地自体も夜空の星と同じなのだ。ビルラの言う宇宙という言葉は初耳だが、星々の大海に浮かぶ島のようなものなのである。そして、ミルフィは違う星から来たということなのだ。


「アセット? ちょっと、アセット! なに、疲れたの? 大丈夫かしら」

「ん? あ、ああ。ちょっと考え事をね」

「本当に体力がないのね。都会生活でなまってるんだわ」

「はは、耳が痛い」


 さしあたっては、ミルフィをどこで休ませるかだ。

 ビルラの言っていた巨人、メガリスについては心配ないだろう。貯水池へ出入りする人はまれだし、御神木ごしんぼくの影に隠れてる。その上、風景に溶け込む術があって見つけにくい。

 フム、とアセットも知恵をしぼる。

 だが、ここでは故郷の地の利をかせるのはカイルだった。


「よし、俺の家に運ぼう」

「えっ? だ、だって、おじさまが……村長さんがいるわ」

「この時間はいつも、村の見回りに出てるよ。外は俺たち自警団じけいだんが見てても、中はやっぱオヤジじゃないとな。まだ、さ」

「でも、すぐに戻ってくるわ」


 すでにもう日も高く、村の一日は転がり始めている。

 田畑での仕事は一段落しているが、家畜かちくの世話などの仕事は山ほどある。男手は治水のために集まって工事に出掛けることもあるし、女たちも集まってものや保存食作りがあるのだ。

 平和なアルケー村も、明日を生きるための今日はとてもいそがしい。

 のどかでのんびりできる田舎いなかというのは、外の人間だけの視点である。

 カイルは用心深く振り返り、誰も来ないことを確認して声をひそめる。


「うちに、昔おふくろが使ってたはなれがある。こないだからうちには客人が来てるけど、オヤジはそっちには絶対に人を入れないんだ」

「あっ、そっか。カイルのお母さん……おばさまって」

「ああ。もう何年も前に流行病はやりやまいで死んじまった。もともと身体が弱かったしな」


 肩をすくめてカイルは苦笑してみせた。

 なんだかアセットには、その表情が酷く大人びて見えた。

 そして、長身のカイルがいつにも増して大きく感じられる。


「まずは離れに連れてって、寝かせよう。飯は俺がなんとかする」

「ありがとう、カイル。わたし、妖精さんと約束したの……この子、助けてあげるって。それと」

「どうやら秘密の話みたいじゃないか。いいよ、話せる時に教えてくれ。なかなか面白おもしろそうだし、退屈な自警団の見回りよりよっぽど刺激的さ。な?」


 そう言ってカイルは、ポンとアセットの胸をたたく。

 アセットも「だろう?」と、カイルの胸を叩き返した。

 阿吽あうんの呼吸というやつで、以心伝心いしんでんしんだ。

 もう何年も会ってなかったのに、すぐに村の悪ガキ三人組に戻れた。そのことが、アセットには少し嬉しい。おさまりの良さが自然と、自分に帰る場所があったと安心させてくれるから。


「よし、じゃあ急いで行こう。でも……その子の格好、目立つなあ」

「まあ、そこは僕が魔法で」

「おっ、それいいな。俺にも見せてくれよ、魔法をさ」

「あんまり便利に使ってもとは思うんだけどね」


 アセットは王立魔学院アカデミーで最初に教わった。

 習得する魔法を使う時は、何度も自分に問いかけろと。

 本当に魔法が必要か?

 魔法をもちいずに切り抜けられないか?

 ――その魔法は、誰かを不幸にはしないか?

 魔法の行使は常に、どんな些細ささいなことでも大きな決断なのだ。勿論もちろん、それをさっきこれみよがしにロレッタに見せてやったのは、アセットもまだまだということなのだが。


「僕だって、少しはいいとこが見せたいしね」

「ん? どした、アセット」

「いや? ひとごとさ。ま、見てて」


 いつものようにアセットは、手と手を組み合わせる。そして、ゆっくり開いた間に光を広げた。魔造書プロパティと呼ばれる光の石版で、小さく「念結アクセス」とつぶやけば文字が走る。

 カイルは、先程のロレッタと全く同じリアクションで固まった。

 そして、何故なぜかロレッタが得意満面とくいまんめんである。


「ね、凄いでしょう? アセットの魔法よ。魔法使いよ!」

「あ、ああ……へえ、これが魔法か。で、なんでロレッタがそんなに得意気とくいげなんだ?」

「いっ、いいでしょ、別にっ! 格好いいじゃない。でも、火炎や落雷は出せないのよ。そういう魔法じゃないの、アセットのは」

「お前なあ……いい年してまだ、その手の物語ばっかり読んでるのか?」

「せっかく文字が読めるんですもの、いいでしょ。カイルの家に沢山あるんだし」


 二人は今、どれくらいの仲なんだろうか。

 ちょっと気になったが、アセットは魔法の構築と制御に集中した。そして、ぐったりと木箱にもたれて座るミルフィに術を実行する。

 あっという間に、ミルフィの姿が透明になった。

 光の屈折率を操作する魔法だ。


「よし、俺が背負う。行くぞ、ロレッタ。アセットも」


 すぐに三人は行動を開始した。

 まだ十代の子供とはいえ、カイルとロレッタは村の一員としての仕事もある。それを放っておいては怪しまれるし、なにより集落という共存体の中ではめられたことじゃない。それを二人共わかっているからこそ、動きは迅速じんそくだった。

 だが、建物の影から飛び出したその瞬間、不足の事態が発生した。


「おや、カイル。自警団はどうだ? 昨日の揺れと森の火事、大丈夫だったかい?」


 突然、ばったりとカイルの父親に出くわしてしまった。

 そう、村長だ。

 村の見回りをしているという話だが、なんとも間の悪い話だった。

 すかさずアセットは、仲間の前に歩み出て礼儀正しくお辞儀する。


御無沙汰ごぶさたしております、村長。アセットです」

「おや、アセット! アセットじゃないか。いつ戻ってきたんだい?」

「昨夜遅くです。挨拶あいさつが遅れて申し訳ありません」

「ああ、そうかしこまるんじゃないよ。よく戻ってきたね、何日くらいいられるんだい? お母さんも喜ぶだろう」

「ええ。なるべく親孝行おやこうこうしたいと思ってます」

「それがいい。お前さんはこのアルケー村の誇りだよ。まさか、この村から王都で魔法を学ぶ子が出るとは思わなかったからね。それで? カイル、そしてロレッタ。二人はなにを」

「すみません、つい懐かしくて……僕が誘ってしまったんです。でも、話は夜にゆっくりということになりました。二人にも仕事がありますし」


 昔からアセットは、口が上手いと言われる。

 コツは、物怖ものおじしせず堂々とすること。そして、折り目正しく礼儀作法を守ることだ。大人たちはみんな、子供がしっかりしてるところを見せると安心するのだ。

 だが、村長は自分の息子をチラリと見て首をかしげた。


「ん? なんだ、カイル。お前さん……腰でも痛めたのかい?」

「へっ? い、いや、そんなことないさ。オヤジ、なんでもないよ!」


 カイルは今、見えなくなったミルフィを背負っている。

 ミルフィはアセットみたいな貧弱な少年でも、いやに軽く感じた。それでも、背負えばわずかに腰を屈めることになるし、背後に両手を回すことになる。

 ミルフィ自体が見えない今、それはどうにも不自然な格好だった。

 村長が目を細めてくるので、すかさずアセットがフォローしようとした。

 だが、そんな時に突然、声が走った。


「村長ぉ~! ああ、いたいた! 村長っ! ねねっ、毎日のおつとめも大事ですが、私の相手もしてくださいよぉ」


 不意に村長が振り向いた。

 その視線の先に、若い女性が立っている。

 身なりはよく、一目でよそ者だとわかった。小綺麗こぎれいな上着を着崩きくずして、だらしなく襟元えりもとをはだけている。年の頃は、アセットたちより五つか六つ程も年嵩としかさだろう。

 赤い蓬髪ほうはつも伸びるままにボサボサだが、不思議と人懐ひとなつっこい美貌が印象的だった。


「ああ、いや、マスティさん。これもワシの大事な仕事でしてな」

「偉いっ! 村長、偉いです! でもぉ、今日くらいは朝から一杯、ね? 勿論もちろん、私がおごりますから!」

「いやはや、困りましたなあ。こんな日も高いうち、それも朝っぱらから」

「いいえー、王都じゃ日常茶飯事にちじょうさはんじですよぉ。ね? そうしましょうよ。お酒じゃなくて、お茶でも結構です。私、この村が気に入りましたよ……もう少し、お話を聞かせてくださいな」


 不思議な愛嬌あいきょうがあって、滅茶苦茶めちゃくちゃを言ってるのに憎めない雰囲気の女性だ。

 そして、それは村長も同じらしく、参った参ったと言いつつ彼女の方へと歩き出す。一度だけ足を止めた村長は、ロレッタやアセットにあとで家に遊びに来るよう言ってくれた。そして、くだんの女性と共に酒場へ入ってゆく。

 すかさず三人は走り出した。

 カイルが教えてくれたが、あれが先日やってきた旅人で、彼の家の客人なのだった。

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