6、赤い傭兵ディーン②
ディーンは突きつけられた刃先を手のひらで払った。
練習用に歯を潰した剣の重さを試しながら握る。
「剣は扱い慣れているようだな!お前は男の子の方か?早速小手調べに始めるか?名前は?」
「ロズ!」
ディーンは軽く打ち合う。
ロゼリアは、綺麗な太刀筋である。
城の騎士たちと同じ、教科書通りの美しさだ。
この国の平和を感じるのである。
何度か打ち合うと、一点を狙ってロゼリアの剣を剣で軽く弾くように叩いた。
「あっ」
と、ロゼリアは驚愕し小さく叫んだ。
柄をにぎるその手のひらに、剣から伝わる細かな振動をもろに受けて、柄を握っていられなくなったのだ。
ロゼリアの手のひらからまるで命を得たかのように、剣が飛び出した。
受けた振動で肘まで痺れていた。
「続いて、女の子?」
肘を押え悔しさに唇をかむロゼリアを残し、赤毛のディーンはもう一人の子供に向き合う。
ロゼリアの時とちがって思わず口元がゆるんでしまう。
将来非常に美人になる気配があった。
「アンです!」
健気にも、その子は剣を握った。
握り方はなかなかいいような気がする。
だが、真剣を持ち人に向けていることに、完全に腰が引けている。
頭の後ろへ大きく振り上げると、気合だけは十分そうな、やああっと叫びながら走り込んでくる。
その声もなかなか愛らしいではないか。
大げさに振り下ろされたアンジュの剣は、横殴りに払われて、アンジュごとぶっ飛んだ。
瞬殺である。
「すまんな。ロズは型通りで綺麗なだけだ。アンは、基本から怪しいし、気合いも空回りしている」
ディーンは二人を連れてきた男をあらためて見た。
金髪の眩しい、見ればみるほどほれぼれする整った顔立ちの男だった。
双子の父親だと直感する。
同じ髪色。静けさを湛えた青灰色の瞳の色。
森のなかの清浄な泉のようだと思う。
40代前半だろうか。
服装は特段、華美ではないが、双子と同質で上質の、品のよさを感じる。
王族の端にでも位置するものだろうかとディーンは思う。
だが他国でよくみられる、傭兵を見下げるような色はその目にはない。
「で、ディーン。子供たちを引き受けてくれるだろうか?」
男が提示した彼に払われる指導報酬は、ディーンがこれまで受けた命を張った仕事よりも、何倍もの高額であった。
「あ、すまん。これは必要経費を含んだ年俸だ。それから二人を指導する上で知り得たことは他言無用。その分の秘密保持の契約金もこの報酬に含まれている」
ディーンは片眉を挙げた。
秘密を守る必要のあるような剣術の訓練など聞いたことがない。
「口止め料込みってことか?まあなんでもいいが、二人を鍛え上げればいいんだな?」
男は鷹揚にうなづいた。
「男の子も女の子も、はじめに聞いたと思うが、同じぐらいまで戦えるぐらいに鍛え上げほしい。剣だけでなく、体術も、その方面すべてよろしくお願いする」
「今の見たところ、お嬢ちゃんの方は頑張ってもお兄ちゃんまではいかないかもしれないが、その場合、違約金が必要だったりするのか?」
「どうしてもむりなら、しょうがない。違約金は不要だ。だけど、すぐにあきらめないで鍛え上げる努力をしてほしいということだ」
ディーンが見る限りでは、日に焼けた男の子のロズは鍛えがいがありそうだが、女の子のアンは到底無理に思えた。
そもそも女子に、本格的にしかも実践で、剣術を扱えるようにする意味がわからない。
この品の良さそうな親は、娘を戦場に出させようというのだろうか?
その娘は、いかにも戦場と無縁だった。
「この子を鍛えようとしても、皆、すぐ甘くなってしまうから、12になっても全然なんだ。だからディーンには期待している」
それは本心なのだろう。
無理とは思えど、一介の傭兵稼業には数年働けば一生悠々自適な生活ができる報酬に完全に目がくらむ。
その時、ディーンは知らなかったが、金髪の男はアデール国のベルゼ王その人。
王は二人の指導者にディーンを選び、ディーンはそれから双子の王子と姫を何年も指導することになったのである。
ディーンは初めての手合わせで口にした通り、ロズを男の子、アンを女の子と信じて疑うことがなかったのであるが、午後から数時間の連日の鍛錬に、双子の体はすぐに筋肉痛で歩けないほどガチガチになってしまった。
日に日に双子の体からは痛みの緩和のための薬草の匂いが、強く匂うようになっていた。
それも、どんどん薬草の種類は加えられているようで、すれ違う者が思わず顔をしかめて振り返る、とんでもない匂いを発している。
ディーンは鍛錬の後に、マッサージをすることにしたのである。
彼らのためにしてやれることはすべてやるつもりである。
ディーンがロズに横になれと指示するが、いつもは歯切れのよいロズはグズグズと煮え切らない。
「後で貼り付ける薬草よりも、鍛錬直後のマッサージの方が、体は楽になるぞ?
これからはできるだけ今日の疲れを明日に残さないでおこうと思うから、そこに寝ろ」
ディーンはマットを指す。
そこは普段、ディーンが昼寝をするところでもある。
「僕ではなくて、アンをしてあげて欲しい。アンの方が限界だから」
ロゼリアは丁寧に断った。
そういいながらも、首を向けるだけで首肩の凝りで、こきこきと聞こえるようである。
「はあ?女の体は、餓鬼であってもマッサージしないことにしているんだ。だからお前にマッサージをしてやるといっている。お前は覚えて、アンにお前がしてやれ」
ディーンはイライラという。
いつもはっきりと主張するロゼリアの歯切れが悪いことの意味が全く分からない。
ロゼリアは覚悟を決めた。
「ディーン先生、僕を男とみてくれているけど、僕は本当は女の子なんだ。ロズはロゼリアの愛称」
「はああ?馬鹿言うな」
ロゼリアはディーンにさらに追い打ちをかける。
「あなたが女の子と思い込んでいるアンは、アンジュ。男。だから、マッサージはアンにしてあげて欲しい」
「まさか、ロズが女でアンが男?」
ディーンは何をいいだすかと思う。
謀れているような気がする。そしてそんなことを言う意味がわからない。
ロゼリアは追い打ちをかけるようにいう。
信じてもらえなさそうなので、口調をやわらげた。
「だけど、あなたの思い込みはただしいと思うわ。
わたしは常に王子のアンジュとして立っているから。
兄のアンは、ロゼリア姫として振る舞っているから。それがもうすっかり板についてしまっているの」
言葉を柔らかくすると、その表情も柔らかくなる。
だが、一度刷り込まれたりりしい少年のイメージは払底できそうにない。
「なんでそんななややこしいことをするんだ?それにあんたらは王子に姫だって?」
「理由は攻め込まれないための、強いアデール国の世継ぎのイメージ作りのために!」
決意を込めてロゼリアは言う。
愛国心がきらめく王族の目だった。
ああ、なるほど。
ディーンは腑に落ちた。
アンは気弱で大人しく、王子としては迫力が無さすぎた。
ロズは、強くて勇ましくて、王子の役にぴったりだった。
それで、その役割を取り換えられたのだ。
「大人の事情ってわけか。王子さまもお姫さまも大変だな」
彼らはまだ12才なのである。
「今はいいとしてもいずれ、お前は女を隠しきれなくなるぞ」
ディーンにはアンが美しく成長するイメージをもったように、見ようと思えばロゼリアにもそのイメージを重ねることができた。
女であると知ってからは、アンには浮かばなかった将来の備えるであろう魅惑的な色気も見てしまう。
それは今から何年後のことなのか。
その時を思うとディーンは我知らずぞくぞくする。
美しく成長したロゼリアは、この森と平野の国々をむちゃむちゃに掻き回すかもしれない、という予感だった。
そんな妄想も知らず、ロゼリアは肩をすくめた。
「この入れ替りは16までなの。それ以降は、わたしは姫として、アンジュは王子に戻るの。
だからディーンにはその前提でアンを鍛えて欲しい。
わたしの剣術や体術は、長い目でみればおまけのようなものだけど、面白し、楽しい!だから、アンを鍛える次いでに参加しているわけなんだけど、せっかくだしわたしは強くなりたい!だから厳しく指導してね!マッサージはアンによろしく」
朗らかにロゼリアはディーンに言った。
衝撃的な事実であった。
自分が雇われた本命は、女子だと思い強くなる見込みなしと駄目判定を下していたアンのためであった。
煩悶の唸り声がディーンに漏れる。
こんな声を出させたのは生まれて初めて。ロゼリアだけである。
根無し草の傭兵家業、赤毛のディーンの心は、10以上年の差のあるロゼリア姫に持っていかれたのだった。
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