第50話 裁き

 帰還してから数日が経った。俺の傷や消耗もすっかりと回復し、万全な状態へと戻っている。本来なら俺は次の任務が言い渡されるところだが今回は少し違う。事件の規模とアリエスの嘆願により俺たちもレンリに裁きを下す裁判に立ち会えることになったからだ。


 俺はいつものように体を蒼い炎で清め、救世機関の正装で身を固めると本部の中央に位置する裁きの間へと向かった。長い螺旋階段を下り、石造りの長い廊下を抜ける。すると、錠のある大きな扉とアリエスの姿が目に入った。


「おはよう、シン。もう具合は良さそうね」


「おはよう。そうだな。もう完全に回復したよ。今ならこの建物を燃やし尽くすくらいの火力は出せそうだ」


 俺の軽口にアリエスはくすくすと音を立てて笑う。


「そう。それはよかったわ。それじゃ行きましょうか」


 そう言ってアリエスは神具から一本の鍵を取り出し、鍵穴に入れ回す。がちゃりと音を立てて錠は外れ大きな扉はひとりでに開いた。そこには階段の上に置かれた玉座のようなものとだだっ広い空間が広がっている。申し訳程度に壁際に椅子が並べられているが普段使われていないことが分かるくらいには埃を被っている。


「ここに入るのも久しぶりだな」


「そうね。私もかなり久しぶりだわ」


 まだ俺たち以外誰もいない部屋の中を進み、壁際の椅子に辿り着く、俺は埃を取るために蒼い炎を椅子に纏わせる。一瞬で綺麗になった椅子に俺たちは腰かけた。


「もう少しでお父様が来るはずだけど……」


 アリエスがそう言うとタイミングよく大きな扉が開く。そこから現れたのはもちろん教主様であったがいつもとは装いが違う。頭には王冠のような三角形の白い冠を被り、体を金糸で装飾された真っ白な法衣を着ている。


 教主様はそのまま真っ直ぐに階段を上り、玉座のような祭壇のような場所に座る。


「罪人を入れよ」


 重厚な声が響き、再び扉が開かれた。そこから現れたのは少年のような姿をした男だった。つまり、俺たちが捕まえた男レンリだった。


 レンリはこちらに一瞬視線を向けるがすぐに外し、諦めたように部屋の中央へと歩いていく。ちょうど部屋の真ん中まで来たところで再び教主様の声が響く。


「そこで止まれ。罪深きものよ」


 レンリは大人しく指示を聞き止まる。


「それではこれより裁きの儀を行う。<現れよ>」


 教主様が神力のこもった声を上げるとレンリの背後から巨大な天秤が現れた。その黄金の天秤にはまだ何も乗っておらず均衡を保っていた。


「後ろを見て見よ」


 そう言われレンリは振り向くといつの間にか出現した天秤にぎょっとした表情を浮かべている。


「それは罪を量る天秤だ。私から見て左にの天秤には善行が、右の天秤には悪行がそれぞれ乗る。これには誤魔化しは一切きかない。これは私が君の記憶を頼りに判断するわけではなく世界の摂理によって決められるからだ。覚悟はいいかね?」


 レンリは教主様の言葉を聞いても少しも表情が変わらない。まるで感情を失ったかのようで実に空虚な様子だ。


「ああ、いいよ。どうせ結果は分かっているんだからそんな問答は無用だよ」


 平坦な声が俺たちしかいないこの空間に虚しく響く。


「……そうか。では始める。<量れ>」


 教主様が言葉を発した瞬間黄金の天秤が発行し始めた。そして、それぞれ右の皿に黒い球状の何か、左の皿には白い球状のないかが置かれていく。


 予想通り右の皿に乗せられる罪のほうが多いのか段々と黒い球体の数が白いものの数を上回り右に傾いていく。先ほど教主様は言わなかったがこの天秤がどれほど傾くかで罰の重さが決まる。


 罰の種類は様々で確実に何が課せられるかはわからないがもし天秤が右側に傾き、床に着いてしまうとそのものは命を失う。これだけは分かっている。


 そんな考えが頭を過っている間にもどんどん天秤は右側に傾いていく。あと、数センチほどで床についてしまうというところで辛うじて天秤はつりあった。


「なるほど……。罪人よ。お前の罪の重さを今一度確認せよ。お前の善と悪の釣り合いを」


 レンリは面倒そうに振り向き、天秤の傾きを確認する。だが、それでも彼の表情は変わらない。彼自身自分の罪は自覚していたということだろう。


「……何か言いたいことはないかね?」


「……もういいよ。何もないって」


 吐き捨てるようにレンリは言葉を発する。


「ならば最後の審判を下そう。<裁け>」


 教主様の言葉に呼応するように黄金の天秤は眩い光を放ち、姿を変える。天秤がから出た光の粒子が集まり、剣がレンリの真上に形成された。浮遊するその剣は独りでに動き出し、背後からレンリの体を貫いた。


「ぐっ!」


 苦しそうな声がレンリから漏れる。彼の手足はピンと張ったまま硬直し、顔は苦痛に歪んでいる。だが、数秒ほどで光の剣は消滅し何事もなかったかのように静寂を取り戻した。


「今のは神の裁きだ。お前にはある罰が下された。それは生涯お前は破ることができず、お前の意思に関係なく実行される」


「……それで俺に課された罰っていうのは何なんだよ」


 先ほどの衝撃が抜けきれないのか若干の苦痛の残滓を味わっているようだ。声が出しにくそうに聞こえる。


「お前に課された罰とは私に……ひいてはこの救世機関に一生をかけて使えることだ。私が行けと言った場所に行き、やれと言ったことをやり、死ぬと言われれば死ぬ、それがお前の役割だ」


「それは!」


「黙れ」


 教主様が一言発しただけでレンリの口は縫い付けられたように硬く開かれることを拒んでいる。その絶対的な力にレンリは思わず目を見開いている。


「今のお前に勝手に話す権利すらない。それをよく覚えておけ」


 逆らうことを許されない絶対的な審判にレンリは呆然としている。仕方がないことだ。まさにこの力は神の代行者といっても過言ではないほどのものなのだから。


 教主様は役目は終わったとばかりに立ち上がり階段を下りようとするが何かを思い出したようにその足を止める。


「そう言えばお前に一つ言っておくことがある。過去のお前とお前の父を不当に罰したアルカン王国には報いを受けさせた。救世機関の権利を侵害したとして今の王並びにこの件に関与したとされる貴族どもはその地位を剥奪した。これからその者どもは惨めに生きていくことだろう」


 レンリは勢いよく教主様を見上げた。その見開かれたその瞳にどんな色があるのかは俺には分からない。だが、少なくとも絶望の色で塗りつぶされていないことは確かだろう。


 教主様は再び足を動かし始め、階段を下りていく。その間もレンリの視線は教主様に釘付けであった。教主様は床まで降り出口へと真っ直ぐに歩いていく。レンリの横を通り過ぎを通るも目もくれず進んでいく。そして、扉までたどり着くと足を止めた。


「口を開くことを許可する」


 そう言って部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る