第44話 本当の力
突如発生した蒼い炎の渦に呑まれたレンリは思わず目を見開いている。
「馬鹿な! この能力は……」
レンリの視線が俺の方へと向けられる。だが、俺は中空から延びる鎖に囚われたままだ。彼の求める回答は得られないだろう。現実を今だ正しく認識できないレンリは自らが操っている死体たちが燃えていく原因を探るために俺の方を注視している。
「そんなに驚いたのかしら?」
地下空間に凛とした声が響き渡る。レンリはその声の主の方へと勢いよく振り返る。その目には今何が宿っているのかは俺には分からないがその目には不敵な笑みを浮かべた蒼い炎を纏った少女の姿が映っていることだろう。
「何故……お前が……」
先ほどまで意識がなかったはずのアリエスが当たり前のようにこちらに向かって歩いてきている。その姿は実に堂々とした様子だった。
「何を言っているのかしら。この力は私のものでもあるのよ」
おそらくレンリ何を言っているのか理解できていないだろう。だが、この状況のすべてをアリエスは一言で説明した。アリエスの心を読む能力はただの副産物に過ぎない。本当の力は人の魂にさえ干渉し、その人物しか本来使えない能力を使うことができるのだ。しかもアリエスが能力を使用している間、持ち主は聖者の力を使えなくなる。実質相手の能力を盗んでいる、奪っているというのに等しい。ただ、相手の能力に干渉するには数十分間は相手に触れなければならないので実際は気軽に使える能力ではないし、そもそもアリエス自身がこの力を使うのに積極的ではないため使える能力は俺のくらいだ。
「世迷言を……」
怒気が籠った言葉を吐きながら、レンリは小刻みに体を揺らしている。いや、この場合は揺れていると言うべきか。何せ抵抗しようにも彼が従えていた死体たちは体が崩れ去り、ただ蒼い炎を灯しているだけの物体に成り下がっていたのだから。
死体が完全に燃え尽きると俺の体を縛っていた鎖も跡形もなく消滅した。俺は
「これでもう終わりかしら? それなら大人しく投降してくれとありがたいわ。私は無意味に人を傷つけたくはないから」
アリエスは憐れんだ瞳をレンリに向けている。先ほどの話は当然聞いていたはずなのでそうなっても仕方がない。だが、それはおそらく逆効果だ。それを証明するようにレンリの握られた拳の中から一筋の赤い筋が垂れるのが見えた。
「……勇者も聖女もさぞご立派な人間なようだ。だが、俺はお前らみたいな正義を振りかざす強者は大嫌いなんだよ」
彼のその言葉が合図だったように部屋全体に強い衝撃が響き渡る。俺とアリエスは咄嗟にバランスを取るがそれでも体がふらついてしまう。衝撃が収まったかと思いきや次は地鳴りような重低音がこの空間を支配した。
「今俺が操っていた商会員の死体を使って塔に仕掛けておいた爆弾を起爆した。あと一分もしないうちにここも含めすべてが崩れ去るだろう。これで俺たちだけでなく罪もない多くの人たちも死ぬだろうな」
レンリは邪悪な笑みを浮かべ無慈悲な宣告をアリエスに突き付けた。
「……」
だが、アリエスは何も言葉を発しない。分かるのは先ほどよりももっと深く彼のことを憐れんでいるということだけだ。彼女の宝石のような青い瞳がそう雄弁に語っていた。その目を見たためかレンリの手からは先ほどよりも多くの血が流れ石造りの床を濡らしている。
「何だその目は! 今の状況分かってんのか! お前がさっきの攻撃で俺を殺さなかったせいで多くの人間が死ぬんだぞ! 後悔しろよ! 絶望しろよ! そして、その怒りを俺に向けてみろよ!」
地鳴りが響くこの空間であってもよく聞こえると錯覚するほどにその叫びは悲痛だった。彼の細かい身の上まではわからない。だが、先ほど語っていた話がすべて事実だとすれば国に父親が殺された出来事は彼の精神を大きくゆがめるだけのものだったのだろう。その気持ちはよくわかる。俺と彼はよく似ている。違いがあるとすれば自分のことを理解してくれる人間が今いるかどうかということだけだろう。
本来なら彼のことは肯定してやりたい気持ちが少なからず俺の中にある。だが、今の俺は<勇者>であり、アリエスの剣だ。ならば、この絶望的な事態に陥っても俺を信じ、一切の焦りや不安さえ見せない彼女の信頼に応えるべきだ。
左手に蒼い炎を軽く灯し能力が使えることを確認すると、俺は右手の人差し指を左胸あたりの傷口に突き刺す。刺すような痛みを無視しながら指を血で十分に濡らす。軽く息を吐き、呼吸を整え、その指に<虚構の黄炎>を灯す。そして、その後<選別の蒼炎>と<再生の紅炎>を同時に発現させる。黄炎の力で俺が生み出した炎たちは引き寄せられまるで絵の具が混ざるように色を変えていく。出来上がった炎は闇よりも暗く、禍々しい力を感じさせる。
その気配に当てられたのかびくりと体を震わせ、レンリが恐る恐るこちらを振り返る。彼の表情からは困惑や恐怖の色が見て取れた。俺が今何をしようとしているのか理解はできていないのだろう。だが、強大な力の片鱗は感じ取っているに違いない。
俺はほんの少し口角を上げ、自らの最強の一撃を解き放つ。
「<天秤の炎>」
指先に灯っていた小さな炎が爆発的に膨張し、一瞬にして地下空間だけでなく崩れかかる巨大な塔をも包み込んだ。
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