第43話 レンリという男

 レンリは勝利を確信したためか上機嫌に話し始める。俺も聞きたいことがあるのだが機嫌を損ねるのは得策ではないため黙って聞くことにした。


「そうですねー。どこから話したものでしょう」


 語ることが無数にあるのかレンリはわざとらしく悩み始める。だが、すぐに何を話すか決め話し始める。


「まずは僕が何故こんな事件を起こしたのかを話しましょうか。きっかけは十五年前に遡ります」


 俺はその言葉に思わず目を見開く。レンリの外見からその歳は十二、三くらいだと思っていたからだ。それを察したのかレンリはにやりと口角を上げる。


「この外見は幼少期にまともな食事を取れなかった副産物です。僕の実年齢は二十五ですよ。一つ勉強になりましたね」


 その様子からレンリはわざと子供のように振る舞っていたのだろう。俺たちを騙すために。子供ならば大人よりもはるかに警戒されないであろうことも計算していたということか。


 レンリは言いたいことが言えて満足したのか話を続ける。


「十五年前僕は何の変哲もない農民でした。母は僕が生まれたすぐに死んでしまったそうなので父と二人で暮らしていました。そして、七歳の時、聖者の力に目覚めたのです。僕の力は<死霊術師>、そう発覚したときに住んでいた村は追いだされました。まあ、今思えば国を壊滅させたような伝記が残っている不穏な能力を持つ子供が生まれれば排他的な農村ではそうなっても仕方なかったのかもしれません。許しはしませんがね」


 その時の彼の瞳は驚くほど濁っていた。明るい話し方とは対照的でその濃度の差がよりその闇の深さを助長している。


「それで僕だけが追い出されるはずでしたが父も一緒に追い出されてくれました。父は優しい人でした。僕の力を知っても態度は何一つ変わりませんでした。それどころか『その能力を使ったら畑仕事が楽になるかもな』って言ってくれたんです。嬉しかったですよ。当時は誰もが僕を腫れものや邪魔者としか見ませんでしたから」


 そう話す彼の瞳にほんのりと優しい光が見え隠れする。それほどまでに父親は大切な存在だったのだろう。


「それから三年ほどは父と二人で森の奥の方を少しだけ開墾して自給自足のような生活を送りました。僕の能力は人だけでなく魔獣の死体をある程度動かせるのでとても農作業は楽になりました。父の言った通りにね。だけど、平穏はずっとは続かなかった」


 レンリの瞳は再び深い闇に覆われる。


「あれは雨の日でしたかね。王国の騎士団が僕らを討伐しに来たんです。三年もたった今何故って思いましたよ。その理由は以前森の中で助けた人物が僕たちのことを報告したみたいです。気味の悪い力を使うやつがいるってね。馬鹿ですよね。昔人の悪意で村を追いだされたのにそれを忘れるなんて。騎士団に追われた僕たちは成す術もありませんでした。僕を逃がそうとした父は僕の目の前で殺された。怒りでどうにかなりそうでしたよ。でも、それが功を奏したんでしょうね。無意識に父の遺体を操作して父を殺した騎士を殺しました。その後は殺した人たちを順々に操作して全滅させました。罪の意識は特になかったです。それよりも自分のせいで殺されてしまった父が不憫で仕方なかった」


 レンリは悲し気に目を伏せる。暗い瞳の中に一瞬きらりと光るものを見た気がした。レンリは目元を拭うと昏い昏い瞳をこちらに向ける。


「だから、誓ったんです。復讐を。この国に、平和ボケした馬鹿どもに復讐をね。そこからの僕は唯々それだけを目標に生きてきました。まずは近場の村の人間を殺して物資を得ました。そして、この街に入り真っ先にスラムに向かいました。殺しても問題のない人たちがごろごろいると思いましたから。そこで僕は<蠍>のグラゼルさんと出会いました。僕の瞳が気に入ったとか何とか言って<蠍>に入れてくれましてね。まあ、<蠍>入ってからは様々な雑用をこなす日々でしたが。僕の力を見せるわけにはいきませんからね。グラゼルさんは拠点にいないことも多かったので無意味な暴力や嫌がらせを受けることも多かった。でも、僕はそんな環境で耐えて耐えて着実に死体を積み重ね、勢力を作り手始めにこの国の重要な拠点であるこの街を壊し、反撃ののろしを上げるつもりだったというわけです。どうでしたか?僕の身の上話は?」


「今更だが答えをもらっていない質問があるのだがそれに答えてもらっていいか?」


「そんなのありましたっけ?」


「俺たちがこの街に何故呼んだ。俺たちの介入がない方が楽に事を進められただろうに」


「単純な話です。僕の計画を実行するうえで一番怖いのはこの国ではなく、救世機関ですから。ここは救世機関の本拠地からもそれなりに近いですし、本気で来られれば僕に勝ち目なんかありませんから」


 長い準備をしていた彼がなぜ今になってわかりやすい事件を起こしたのも確かに納得できる。だが、俺は何となくそれだけではない気がした。


「本当にそれだけか? 本当のところはお前が俺たち……いや、『正義』というやつに何か思うところがあるから呼び寄せたのではないか?」


 レンリの眉根はぴくりと動くが変わらず笑みを浮かべ、俺を見下してくる。


「そんな子供じみたこと感傷はもう捨てました。もういいですかね? 疑問が解消したと思いますし。それでは私の質問に応えてもらいましょう。私の身の上話はどうでしたか?」


 俺は何故そんなに俺自身の意見に拘るのか疑問を覚えたが着飾った回答をしても仕方がないと考え、素直な思いを口にする。


「中々刺激的な話だった。正直お前には同情するよ」


「いやいや、僕が聞きたいのはそんなことじゃないんですよ」


 レンリは笑顔を浮かべ、至近距離で俺の顔を覗き込む。


「救世機関の人間としてどう思うかということを聞きたいんですよ。僕は」


 それ瞳には期待と絶望が滲んでいるように見えた。彼が俺にどうしてほしいのかは何となくわかる。だが、俺は俺の思う回答をしよう。


「答えは変わらないさ。お前には同情する余地がある。その話だけを聞けば悪いのは王国だ。権利上何も事件を起こしていないなら聖者の力がどんなものだろうと処罰することはできない。救世機関に、いや勇者や聖女といった人たちまでその情報が届いていれば違う未来もあったと思う。だから、別に俺はお前が悪いとは思わない」


 真っ直ぐにレンリの顔を見つめ、答える。その瞬間レンリは顔を歪め、俺の顔を殴りつける。


「……何言ってんだ。ちげーだろ。俺を否定しろよ。俺は騎士団の人間たちよりもはるかに殺してんだよ。関わりのない村人も殺した。<蠍>の構成員もたくさん殺した。グランツ商会の人間も何人も殺してる。サラって女は帰宅するところをこっそり殺したし、ヴィクトル・グランツはその女を利用しておびき出し殺した。あんたたちとこの街に来て初めて会った時も僕の演出だ。卑怯だろ! 卑劣だろ! 最低なやつだろ! それなのに同情するだと! 見えていないものを無意識に犠牲にしている程度の正義がいっちょ前にそんなこと言って罪悪感から逃れようとしてんじゃねーぞ」


 レンリはしゃべりながら何度も何度も俺を攻撃する。左手で何度も殴りつけたり、膝蹴りを俺の腹部にいれたり、最後はあまり聞いていないと思ったのか握っていた剣で俺の胸を突き刺した。レンリは激しく動いたためか荒く息を吐いている。


「どうやら少しだけお前の本音を覗けた気がするな」


 俺は口角を上げながらできるだけ平気そうにそう呟く。レンリは舌打ちをし、荒く突き刺した剣を引き抜く。


「もうお前と話すことはない。死ね」


 レンリは剣を上段に構える。だが、それが振り下ろされる前に蒼い炎が辺りを包み込んだ。

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