第23話 袋小路

 俺は手持無沙汰だったため体を休めるために目を閉じて瞑想していた。こつこつと人が歩いてくる微細な音が聞こえ目を開ける。壁掛けの時計を見るとツバキが部屋を出てから一時間半ほどが経った。甲高い音が鳴り扉が開く。現れたのはツバキ一人だけであった。


「遅くなってごめんなさい。ハクヨウ様が中々捕まらなくて」


「別に構わない。待つだけの価値があなたの話にはあるからな」


 ツバキは小走りで近づき、俺の対面の椅子に座る。


「そこまで期待されると少し怖いわね」


 ツバキは若干頬を引きつらせ、黒曜石のような瞳が一瞬明後日の方向へと泳ぐ。


「仕方ないだろ。今現在<蠍>の内部情報を持っているかもしれない唯一の可能性だからな」


 俺は真っ直ぐに真剣な眼差しをツバキに向ける。ツバキはその視線に晒されバツの悪い表情を浮かべている。


「期待を寄せてもらって悪いけどあなたの欲しい情報は話せないかもしれないわよ」


「それで構わない。俺に話してもいいと判断したことだけ話してくれればいい」


 俺は一瞬の間も置かず瞬時に返答する。その果断さに気圧されたのか掛けている柔らかい長椅子に深く体を沈ませた。


「分かったわ。あなたがそれでいいなら私も遠慮なく話せる。まずは……そうね。何が聞きたい?」


「できればヴィクトル・グランツと<蠍>が関係しているか聞きたい」


「ヴィクトル氏と<蠍>の関係ね……。端的に言えばあの人とあの組織は協力関係にあるってとこかしら」


 俺はその言葉を聞き、ヴィクトル・グランツに黒の判断を下す。ツバキの瞳孔の開き、呼吸の変化、神力の揺らぎどれも異常がないからだ。やはりあの男はあちら側だったか。だが、ヴィクトルが操られているのだとすれば半歩前進程度の情報だが。


「ヴィクトル氏はお世辞にもできた人とは言えなくてね色々と犯罪まがいのことをやっていたの。それを請け負っていたのが<蠍>というわけ。少なくとも五年以上の付き合いなのではないかしら」


 (ヴィクトルは元から<蠍>と関係を持っていたということか。そうなればことはもっと複雑になる。あの男が操られている場合も自分の意思で行動している場合も矛盾なく考えられてしまう。あの男が俺たちの調べている事件に確実につながっているという確証は得たがこれでは進展したとは言い難い)


 俺はもう一つ浮かんでいる質問をぶつける。


「なるほど、理解した。ヴィクトルの情報はそれで十分だ。次に聞きたいのは領主のガルニエと<蠍>の関係性だ」


 ツバキはにやりと笑い、良い質問だと言わんばかりの表情を浮かべている。


「領主と<蠍>はつながっているわ。半年ほど前からね。その理由は何故だかわかる?」


「普通に考えるなら二つの商会の会長を暗殺することだろうな。この街の二大商会は大きくなりすぎて今の領主では抑えの利かないところまで来ているだろうからな」


 俺は領主の館と二つの塔のような建物を比べ、そのような可能性を思い浮かべた。その予想は当たったようでツバキは不服そうな顔をしている。どうやらこの街に疎い俺に分からないと言わせたかったようだ。


「……正解。領主は二つの商会の長を殺すように<蠍>に命じたの」


「それでどうなったんだ?その依頼は半年前から出ているんだろ?」


「分かってると思うけどこの依頼は果たされてないわ。警備が厳重で中々殺せないと彼らは言い訳をしてるけど本当のところはヴィクトル氏が領主以上の金を払って阻止しているの。つまり、今は金の殴り合いをしているってところかしら」


「それなら暗殺が行われることはなさそうだな」


「今のところはね」


 資金力は確実に商会が上だ。このままでは永遠に勝てないいたちごっこを領主はする羽目になるだろう。まったく改善されていない現状であるはずなのに俺たちのあった領主はやけに余裕があるようだった。


「そのことを領主は知らないのか?」


「知っている思うわよ。一か月ほど前に大きい支払いがあった後にぱったりと金の支払いはなくなったから」


 俺は顎に手を当て思考を巡らせる。知っている可能性が高いのなればやはり領主のあの余裕のある態度はおかしい。状況はさらに混迷を極めるようだ。


 それに先ほどは触れなかったがヴィクトルが金を払っているだけではこのパシフィック商会の長が狙われない理由にはならない。


 二大商会が狙われていることは事実なようなのでつまりはパシフィック商会も<蠍>に金を払っているということだろう。これでは誰もが怪しく見えてしまう。情報を集めれば集めるほど泥沼に嵌っていく。この抜け出せない状況に思わずため息がこぼれる。


 すると、甲高い音がなり扉が開く。俺とツバキが見た先には赤い着物を着たプラチナブロンドの女と黒髪の男立っており、その背後からは見慣れた少女の姿が覗いていた。

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