第22話 新たな可能性
「あの男はもう死んでるっちゅうことや」
ハクヨウさんのその言葉にごくりと喉を鳴らす。だが、焦ってはいけない。
「……それは本当のことですか?それにどうやって確かめたんですか?」
「うちも聖者なんよ」
そう言ってハクヨウさんは来ている着物の一部をはだけさせる。白く美しい肌が顕わになり、豊満な胸が谷間を覗かせる。すると、鎖骨のあたりに聖者の証である独特な刻印を見つけた。ハクヨウさんは私が刻印を見たのを確認すると着物を元に戻す。
「それでうちの力は色々なものを見通すこの目や。例を挙げるんやったら人の体に流れる神力が見えたりするんやわ。それで一か月ほど前やったかな。ヴィクトルはんと顔を合わせた時に見えてしまったんよ。あの人の体に一切の神力が流れてへんのを。そんときはほんまたまげたわー。でも、話してみると明らかに変やったから納得したちゅーわけやな」
「おかしいというのは具体的にどんな風に?」
「まともになっとたんよ」
またもや真意を量りかねることを言われ、じっとりとした視線をハクヨウさんに送る。彼女は、たははっと笑って誤魔化す。
「そう焦らんといて。一言で言うとそう言うしかなかったんよ。あの人を知らん人にも分かるように言うとお金大好きの悪いやつやったのにスラムの子供を保護するような人格者になってたってことやな」
「……それは何というか……」
「な?それだけでもおかしいと思うやろ?」
ハクヨウさんの話を信用するならヴィクトル氏が黒なのは確定だ。だが、確実に信頼できる人だとは思えない。ハクヨウさんは私の様子を見て口角を上げる。
「まだ確実に信用はできひんって顔やな。でも、安心しーや。ちゃんと確認させてあげるさかい」
「それって……」
「そう。あんさんの考えている通り心を読ませてあげるわー。あ、もちろんうちのやないで。うちの頭の中は機密情報がぎょうさんつまってるさかい」
ハクヨウさんは後ろで立っているヒイラギさんに視線を送る。すると、ヒイラギさんは私の目の前に腕を差し出す。
「でも、読むのは今ヒイラギが思い浮かべている表層部分だけで頼むわー。そういうコントロールはできるんやろ?」
ハクヨウさんは確信を持ってそう告げる。それは脅しにも聞こえる圧を孕んでいた。
「できますがそれを確認する術がない以上意味がないのでは?」
「そこは『信頼』やろ?これから協力していく関係やのに利害だけの関係なんて味気ないやん」
ハクヨウさんは混じりけのない笑顔でそう告げる。まるでそれが本心であるかのように。
「そうですね。私たちもハクヨウさんたちとはいい関係を築いていきたいですから願ってもない言葉です。その『信頼』に答えられるように頑張ります」
私はヒイラギさんの手へと触れる。そして、分かりやすく思い浮かべてもらっている情報だけ掬い取る。それはヴィクトル・グランツという人物の今と過去の人物像。何を話し、どんなことをしてきた人なのかその情報を一瞬で私は理解した。時間にしてものの三秒ほどだっただろう。私は見てはっきりと分かるようにヒイラギから手を放す。
「もう終わったんか?」
「ええ、表層の記憶を掬うだけなら造作もないことですから。それとすみませんでした。疑ってしまって。ハクヨウさんの言ったことはすべて事実でした」
私は申し訳なさそうに頭を下げた。私の突飛な行動に反応が遅れたのか一瞬の間が訪れた。どうしたのかと思って顔を上げると先ほどと変わらない笑顔のハクヨウさんがいた。
「ええんよ。人を疑うゆうことはそれだけ真剣に向き合おうとしてくれ取る証拠や。それにこれで晴れてうちらは協力関係になれたわけやな」
「協力関係ですか?」
「そうや。うちらは情報を提供し、アリエスはんらはおかしくなりはったヴィクトルはんの調査をする。お互いに利がある関係を築けたっちゅうわけや」
正直私はこの人と長くいるのは遠慮したいと思ってる。見た目に反しハクヨウさんは経験豊富な商人の風格のようなものを纏ってる。いつの間にかハクヨウさんに利用されているそんな未来予想図が簡単に想像できてしまうほどに。でも、私はそんな弱気を乗り越えなくはいけない。聖女は救世機関の中心人物。そんな重要な人間が誰かに屈しては示しがつかないし、今後ハクヨウさんを超える化け物と出会う可能性も十分ある。
私には絶対的な武力であるシンがいる。だからこそ私は力以外の問題を解決する力を持たなければならない。<全能の聖女>としてではなく一人のアリエスという女として。
「そうですね。これからよろしくお願いします」
私は笑顔でそう告げる。その私の顔を見てハクヨウさんは嬉しそうに微笑む。
「そうと決まれば親睦を深めるためにも私的な話をしようや。仕事の話は忘れてな。ヒイラギ、店のもんに茶でも出してもらい」
「畏まりました」
ヒイラギさんは部屋を出ていく。ここから長い長い二人の時間が始まった。
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