第14話 スラム探索

俺は宿を出るとスラムの方へと向かった。レンリから聞いた<蠍>のアジトを見ておきたいと思ったからだ。レンリの話では何故か見つけられないという話だったが調べてみないことには始まらない。<蠍>は今回の事件で対立する可能性が高い。いざというときに追い詰める手立てがないと詰んでしまうかもしれない。


「……だが長年この街に潜んでいる奴らを炙り出すのは骨が折れるだろうな」


 俺はぼやきつつも歩を進めていく。すると何か立札のようなものが目に入る。


「この先危険区域、侵入を禁ズってところか」


 所々文字が掠れた看板の意味をくみ取るとこんな感じだろう。ここからがスラム街か。俺は一応気を引き締め足音を殺しながら狭い路地を歩いていく。廃れた建物が並び、配置のせいか太陽の光もあまり入らず陰鬱とした雰囲気が漂う。それに姿は見えないがそこら中から人の気配を感じるため一層不気味だ。


「これは中々気色の悪いところだな」


 俺はどんどんスラムの奥の方へと歩いていく。およそ地図で示された地点の近くまで来ているはずだが今のところそれらしき建物は見えない。


(もう少し進むか……)


 さらに歩を進め路地を抜けると明らかに周りの建造物と違い目新しい建物が目に入った。


「あれか……」


 無事発見できたことはよかったが本番はここからだ。レンリ曰く普通に近づいてもあの建物には近づけないはずだ。俺は路地の端まで移動すると跪き、足元に触れ<虚構の黄炎>を使う。これは俺の炎を引き付ける。その性質を利用してマーキングしたものの座標を知ることができる。しかもこの炎は熱くもないし物を燃やすこともない。ただ単に俺が灯した場所で籠めた神力が尽きるまであるだけのもの。今の状況では実に都合のいい力だ。


 俺は揺らめく黄炎を背にして目的の場所へと近づいていく。人差し指を立てそこに蒼い炎を灯す。最初はその炎が動く方向は俺の体の方だったのに進むにつれて少しづつ左に傾き始めていた。この炎の反応でここに使われている力がどのようなものかはおおよそ理解できた。おそらく方向感覚を鈍らせる類の力、もしくは幻を作り出す力なのだろう。種は分かった。だが、現状俺がこの仕掛けを破るのは遠慮したほうがよさそうだ。周りで見ている連中がこれ以上あの建物に近づくと痺れを切らしかねない。


 その証拠に先ほどまでのただ見られている視線から殺意のこもった獰猛な視線に切り替わったのを感じた。それ以上近づくなという明確な意思表示が伝わってくる。感じる重圧はレンリを助けた時に出会ったチンピラのような素人のそれではない。歴戦の戦士、いや陰に潜む暗殺者といったところか。俺はあたかも方向感覚が狂ったようにスラムの奥へと進んでいく。ねばつくような視線はあの建物から離れると何事もなかったかのように消え失せた。


(レンリの話は本当のことだったようだな。あそこが確実に<蠍>のアジトだろう。俺の素性までばれてはいないと思うが今後あそこに近づけば問答無用で襲われそうな雰囲気だったな)


 だが、別に問題ないだろう。俺の仕事は彼らを皆殺しにすることではないのだから。彼らがこちらの領分に首を突っ込んでこなければ何もする気はない。今日ここを訪れた目的は俺たちの障害になりそうな組織が本当にあるのか、ヴィクトル・グランツとレンリの話が事実であるのかこの二つを確認するためだ。どちらも欲しい答えは手に入った。何も問題はない。しかし、問題がないことが問題になる可能性もあるがひとまずそれは置いておこう。


 今日は俺たちが遅れを取ることがないと確認できただけで良しとしよう。俺は淡々と暗いこの路地を歩いてく。

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