第5話 領主ガルニエ

 レンリと別れてから歩くこと数十分、俺たちの視界は大きな屋敷を捉えていた。だが、先ほど目にした塔のような建物と比べるとかなり小さい。この街の様相も流石は商業都市というべきなのだろう。俺はそんな益体のないことを垂れ流しながら一歩一歩屋敷の方へ近づいていく。


 大きな鉄格子のような門の前には甲冑を着込み、斧のような槍のような武器を携えた番が立っており、俺たちは気を引き締め直した。


「止まれ」


 重厚感のある野太い声が響き、鋼の鎧を着た男が行く手を塞いだ。


「お前たち何者だ。今日はガルニエ様に来客の予定はないはずだが」


 顔を覆う鎧の隙間から覗かせる瞳には疑念と警戒の色が濃く表れていた。そんな番兵にアリエスは微笑を浮かべ、腰の袋から天秤の意匠が刻まれた紋章を取り出した。その意匠は強い光に照らされているわけでもないのにまるで発光しているかのように輝いていた。この特徴を持つのは希少金属のミスリルしかありえない。そんな希少な金属をあしらった救世機関の紋様を見せられた門番は慌てて塞いでいた体を素早くどける。


「も、申し訳ありません。救世機関の高官の方とは知らなかったものですから。さあ、どうぞお入りください。入口までご案内いたします」


「ありがとう」


 俺とアリエスは男の後ろをついて屋敷に入っていく。男は鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら一歩一歩踏み占めるように歩いていく。勢いよく扉を開けたその姿をこの屋敷の使用人らしき人たちが何事かと注視している。


「このお二人は救世機関の方々である。ゼーゲルこの方々をガルニエ様のお部屋へ案内してくれ」


「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 燕尾服を着た白髪の初老の男性は恭しく頭を下げた。その所作は美しく長年この仕事をしていることが容易に想像できるほどだ。その男は頭を上げると手で行き先を示し、俺たちを先導する。俺たちと執事の三人は二階への階段を上りまっすぐに突き当りの部屋まで歩いていく。執事のゼーゲルが軽く数度扉を叩き、中の主人へ声をかけた。


「ガルニエ様、お客様がお見えです」


「通してくれ」


 大した間もなく男らしく凛とした声が響き、執事の男が扉を開け二人に中へ入るように促した。俺たちは堂々と部屋に入りアリエスは外套のフードを脱ぎ、顔を露にした。短く切りそろえられた黒髪携えた壮年の男性はその姿に見覚えがあるようでごつごつした手を顎に当て考えるような素振りを見せた。


「とりあえず掛けてくれ。ゼーゲル二人に紅茶を」


 執事の男は無言で頭を下げ、静かに扉を閉めた。領主ガルニエとアリエスはテーブルを挟んで対面するように横長の柔らかい椅子に座り、俺はアリエスの後ろで控えるように立つ。


「さて、君たちは救世機関の使いと見受けられるが何の目的でここを訪れたのかお答え願えるかい?」


「ええ、もちろんです。私たちはあなたにかかっているある疑惑を晴らすために来ました」


「ほう。それで、その疑惑とは?」


「それはあなたがここ最近起こった亡者の異常発生に関与しているかもしれないという疑惑ですよ。心当たりがあるのでは?」


 領主はわざとらしく唸り声をあげ考えているような態度をとる。思い当たる記憶が一切思い当たらないと言いたげに。


「いや、思い当たる節はないな。人違いではないかね」


「やはりそうのような態度を取られますか……。ですが、そのために私がいるのです。その意味はお分かりですね?」


 アリエスは余裕のある笑みを浮かべるが領主も一切の動揺を見せず淡々と答える。


「君のことは有名だからね、もちろん理解しているよ。君の力で私の記憶を覗こうというのだろう?だが、それに頷くことは残念ながらできないのだよ」


「一応理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?私の力を使えばあなたの潔白を証明できますよ?」


「ふむ、君なら理解しているのだろうが私はこの国の伯爵でありこの街の領主だ。このような身分の人間が身ぎれいなどありえないだろう?もし君に記憶を覗かれれば私はどんな理由であれ裁かれてしまう。救世機関を信じているからこそ私は私を守るためにその申し出は断るしかないだろう」


 ガルニエは明らかなに嘘で塗り固められた詭弁を息を吸って吐くように自然に垂れ流す。だが、アリエスは一切の焦りも見せず優し気な笑顔を浮かべる。


「私にはあなたを強制的に調べられる権利がありますよ」


「あくまで権利だ。それを使うのは君次第ではないかね?」


 領主は暗にもし強制を強いるとお前たちの評判は落ちるからやめろと言っているのだ。無理やりにでも調査を行えるのは救世機関の信頼があるからこそである。しかし貴族、しかも伯爵という地位のものを曖昧な証言一つで記憶を覗くというのは様々な面で角が立つ。


 さらに、たとえ今回の事件が早期に解決しようともその行いに対する付けは今後自分たちの首を絞めることになる可能性が高い。具体的に考えられるのはしばらくこのような強引な手が使いにくくなるためそれなりの地位にいる者の人道に悖る行為が増加してしまうかもしれない。もちろんそうなる可能性があるというだけで本当に起こるという保証はない。だが、厳正なる法の門番として最終手段を保険として残す有用性を今捨てるべきではないと俺は考えている。そして、アリエスも同じ意見だろう。


「そうですね。ですから私はそんな手は使いませんよ。あくまでもそういう手段を私たちは有していますよという警告です。もう一度言いますがあなたは疑われています。努々お忘れなきよう領主として規範となる行動を心掛けてください」


「なるほど。肝に銘じておくよ」


 領主は真剣そうな眼差しで真っ直ぐと少女を見つめ、答えた。アリエスはその答えに満足したような様子で席を立ち俺を伴い部屋を後にしようとする。俺が扉に触れようとした時扉が引かれ白髪の男性現れた。その手には銀の盆を持っており、その上にはティーポットと三つのカップが乗せられていた。


「すみません、執事さん。私たちはこれで失礼させていただきます」


 俺たちは軽く頭を下げると初老の男の脇を通り、廊下を真っ直ぐと進んでいく。ガルニエは今頃紅茶を飲みながらほくそ笑んでいることだろう。だが、焦りはしない。まだ、調査は始まったばかりなのだから。

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