早く帰って来て……だって。

(前回のあらすじ)

 青龍に咄嗟に放った彼女の切り札『フレイム・コア』を破られてしまう。青龍は進路を変えてコウの追撃へ。“魔獣の森”へ誘導に成功するものの――?


◇◇


「(コウ大佐の)フレイム・コアを破られた模様――」

 と戸惑い気味の報告が追加される。


 え?! ダメなんじゃね?


 冷や汗がツーッと頬を伝う。

 どうする? 俺のディストラクションだってあと半日以上は打てない。

 どうしよう?


「コウヤ将軍っ」

 サンガ少佐の声で我に帰る。


「コウヤ将軍っ、いかな青龍とはいえ疲弊はするはずです。決戦が難しいならば消耗戦に持ち込み、極力、ここで心身を削り王都への被害を抑える方向で行きましょう」

 小声でこちらの決断を促してくる。

 もちろんサンガ少佐もことの重大さは十分認識している。コウの切り札は全軍の切り札でもあったわけで。

 それが通用しないならば、消耗を図るしかない。


「だな――こうなりや、削れるだけ削ってやろうや。地下壕の方は?」


「トーチカを四方に配置して、その間を地下壕で結んであります」


「この短時間で?」


「オキナ宰相の指示です。調査と並行して地下壕の掘削も指示されていました。橋頭堡きょうとうほを準備しておけ、と」


「いくら土魔法があるったって魔力切れ起こすだろ?」


「そこは王宮の『魔力送信装置』まそうより供給を手配してもらいました」


「すげぇな、あんたらプロは。オキナもどこまで……」


「接敵まであとフタ・マル・フン20分

 監視していた魔導官から声がかかる。


「第一、砲撃準備整いましたっ」

「第二よーしっ」

「第三よーしっ「第四、同じくよーしっ」」


「整ったようですな?」

 サンガ少佐が事もなげに囁くが、事前に準備していたに違いない。こうなりや、やるだけやってやる。


「みんなを守ってやんなきゃなっ。力を貸してくれっ」

 立派な檄を飛ばすことなんてできやしない。だから思いついた言葉を叫んだ。


「ぶっ飛ばそうぜぇっ」


「「「おうっっ!」」」


 野太い声が第一ダンジョンに響き渡った。

 

◇◇


 地下壕をくぐり第一トーチカへ抜けた俺たち。その天蓋にノイズ混じりの映像が投影される。


 と、雲海の上を滑るように飛翔する銀色の物体を見つけた。

「スンナ殿です」

 魔導官が水晶へ魔力を供給し拡大してくれる。

 その後ろから巨大な青い物体。スンナが回避しながら時間を稼いでくれている。


「間も無く上空に差し掛かります」


 魔導官の指し示す位置に目視でも浮かび上がる黒い巨大な物体があった。

 稲妻が走り、青龍の姿がはっきりと浮かび上がる。


「青龍だ……」

 打ちつける豪雨の音を縫うように、誰かの呟きが聞こえる。


「ああ、あれがこの国を飲み込もうとしている青龍だ。これからアイツを地面に引き摺り落とす」

 俺はその場にいた全員を見渡す。


「そのあとは任せてくんな」

 頼んだぜ――と言おうとしたけれど、真面目腐った顔がなんだかおかしくなってふふっと笑う。


 それが緊張を解いたのか白い歯を見せる者、うーし! と声を上げる者。

「ほれっ、やっちまおうぜ」

 と声をかけると小走りで配置についていく。


「やるねえ……。オッチャン通信兵ッ、オキナへ報告っ。これより我ら迎撃に入る。あと――」

 ゴニョゴニョと小声で要件だけ伝え、バァァァンッと拍子を打つ。


「やっちまおうぜっ」

 と声をかけると頷き応える面々に頷き返した。

 

「砲撃よーいっ」

 新型の金属兵が四つん這いになり、脇腹に魔力を補給するためか太い丸太くらいの魔素コードが接続され、背に装着された高射砲がギリギリ音を立てて角度を上げていく。

 

「天蓋外せっ、仰角七十五度っ。方位、北北西十度」

 トーチカの天井部分が土魔法で取り払われると、豪雨に晒される。

 照準器を除いていた砲兵が声を上げると、それに合わせて動いていた金属兵の肋骨のあたりが、ガバッと開いて地面に突き刺さり、身体を固定した。


「耳ぃ塞げぇっ、撃て――っ」


 砲兵長の号令が発せられると、ドォォォ――ンッ、と爆音とともに金属兵の背中から眩い光が放たれ、空気の振動とともにビシャリッ、と水滴が飛び散る。


 第一から第四のトーチカから眩い光が伸びていき、稲光で浮かび上がる巨大な影に命中すると、オレンジ色の炎に包まれた。


青龍は?」

 雨除けの中で魔眼の映像を注視していた魔導官が、わずかな沈黙の後に首をふる。


「もう一発っ」

「魔力充填――仰角、方位そのままぁ、よぉーーい」


「準備ヨシッ」

「準備ヨシッ」

「同じくヨシッ」


 次々と上がる報告に頷くと砲兵長から声が上がる。

「各所、任意に切り替えるっ、耳ぃ塞げぇっ、撃てぇっ」


 ドダダダダ――ンンッ、とフラッシュが焚かれたような閃光が走り、手で塞いだはずの耳がキィーーンッとおかしくなりそうな轟音が響き渡る。真っ黒な雷雲に覆われた空がオレンジ色に染まった。


 バババァァァン――ッと破裂音が響き「全弾命中っ」と魔導官の歓喜の声があがる。


「敵の損害は?」


「……え?」


「どうした?」


「無い模様……。ありません」


 うっそだろ?

 そんな空気が漂う中「青龍がこちらに向かって来ますっ」と悲鳴を上げる魔導官の声。


 浮き足立っている。

 その緊迫感が伝染したら待っているのはパニックだ。敵にやられる前に心が折れてしまう。


「よぉしっ! みんなよくやったぁ、地面に引きずり降ろしたぞっ。こっからは任せろっ」

 叫びながらトーチカを飛び出した。


「コウヤ将軍っ」

 後ろでサンガ少佐が叫んでる。


「見てろっ、ぶっ飛ばしてやらぁ!」


魔練鉄心まれんてっしん


 王国の、と言うよりはこの国の人々の祈りを一心に集める気持ちで、闘気を全身にまとう。

 

 誰の何のために?

 

 風の民は陽気な連中で、産まれたばかりの赤ん坊をわざわざ見せに来て、アンタも早く作んなよ――なんて幸せそうに笑ってやがったし。


 エスミのかぁちゃんは暖かだった。

「馬鹿だね、馬鹿言ってんじゃないよっ」なんて。


 近衛隊長はクソ真面目で、リョウのヤツはほんと馬鹿で。


 ナナミは。ナナミのヤツは……

 

 早く帰って来て、だって。


「うるぁぁぁ――っ」


 咆哮とともに蒼い光に俺は包まれた。

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