いや、やるけどさ

(前回のあらすじ)

 ムスタフ将軍の反撃に負傷したコウヤの傷を、魔王オモダルが修復する。追撃に出ようとしたムスタフ軍を躊躇ためらわせたのはスカイ・ドラゴンのスンナの牽制だった。


◇◇


「あれが聞こえぬか?」

 ムスタフ将軍が指差す方向から、キーンッと空気を斬り裂く音が聞こえた。


「あれは?」

「スカイ・ドラゴンだ」


 苦虫を噛み潰したような顔でムスタフは告げると、矢継ぎ早に指示を出し始めた。


「魔導官を――共鳴波ジャミングを放て」

 

共鳴波ジャミングよーいっ」

共鳴波ジャミング用意ーっ」


「放てっ」十将の号令とともに、あたりが銀色の花吹雪に覆われる。

「目眩しが効いている間にアダマンタイトの坑道入り口まで後退じゃ」ムスタフはそう告げると、刺すような視線に気づいた。

「――なにかな? カノン・ボリバル殿」

 

 わからぬか? と言いたげにフンッと鼻を鳴らす。

「ずいぶんあっさり逃げるもんだ、と思ってな」

 あおるような言い方に、十将たちの魔力がふくれ上がる。その中の十将筆頭が、剣の柄に手をかけながらゆっくり振り返った。


「異論があるなら、そのワケを聞いても?」

 言葉一つ間違えば即刻斬って落とすかまえだ。


「退路なら前だ、と思うがな。鬼女コウを連れ戻ったなら、おそらくもう一匹の鬼もあのあたりに――」

 と前方の闇夜を顎でしゃくり、

「本陣を敷いているだろう。スカイ・ドラゴンが唯一攻撃しない場所だ」


 ほぅ? とムスタフはカノンを見返し、しばらく思案したのちに頷いた。


「二手に分けよう、カノン殿らは前へ、我らは坑道へ。あそこは隘路あいろとなっておる。そこまで誘い込んでもらえぬか? 我らは個別にすり潰してくれる」

 そう言うと十将とともに足早に本陣を後にした。


◇◇コウヤside◇◇


 闇夜の中――。

 俺は破壊されたであろう砲台の方へ、あちこちにつまずきながら引き返していた。

 吹き飛ばされて戦闘服はボロボロで、爆風で被った魔獣の森の腐葉土やなんかの破片でひどい有り様になっている。

 

 あの時『世話の焼ける――』

 とつぶやいた声の主が俺の体を修復し、とりあえず歩くことはできた。

 たぶん魔王オモダルなんだろうが、なぜ俺を助けたのか?

 今一つ理解できないが、ここはオキナやコウの安否を確認することが先だ。


「オキナがいたんだ。何か対策はとってたはずだ、大丈夫」

 と自分に言い聞かせながら歩いていると、樹々の陰に隠れてうっすらと灯りが見えた。なにやら人の気配もする。


 近づいて樹々の陰に隠れながら四、五メートル近づくと、小声で話すオキナの顔が見えた。

 良かったぁ!

 安堵の息を吐き出すと、オキナが指示を出す声が漏れ聞こえて来た。


「損害は砲台だけか? 後方へ負傷者の移送を急げ。ほかは部隊ごとの損害の把握を――敵の位置は?」


「ダメです、共鳴波ジャミングに掻き乱されて探知できません」

 魔導官の声だろうか?


「目視で行くしかないか……残党から夜襲の畏れもある。(夜襲の)目印にされぬよう、出来るだけ間隔を空けてダミーの照明を。追跡者トレーサーはコウヤ殿の魔力を追えそうか?」

 魔素を練り上げる際に出てしまう個人のクセを頼りに、特定の魔法を使う者を追跡するのが追跡者トレーサーだ。


「残念ながら、こう共鳴波ジャミングが濃いと」と、首をふる。


「コウヤ殿の事だ。万が一もないだろうが捜索隊の編成を……」

 思案に暮れている面持ちだ。


「探しているのは俺かね?」

 ドロドロでボロボロの俺が暗闇から現れたもんだから、「うおッ」と声が上がる。


「コ、コウヤ殿、無事だったのか?! 良かった、よくぞ生きて戻られた――足はあるよな?」


「なんでだよ、ねぎらいながら生きてるか疑問持つなよ」

 ツッコミとも軽口ともつかぬ事を言いながら、オキナに上空の巨大な魔力を指差す。


「(あれは)スンナだろ? よくコウ抜きで(こちらの)意向を聞いてくれたな?」


 俺が追撃を受けなかったのはスンナの威嚇のおかげだ。魔力が人間の五倍はある魔人たちを引かせたのは、あの巨大な魔力に他ならない。


「もうコウは大丈夫なのか?」


「いや、衛生兵のところで休ませている。

 気を失うまえに、スンナへ(念話で威嚇を)依頼してくれたから助かったが、その分コウには無理をさせてしまった――」

 伏目がちに教えてくれる。

 いろいろ思うところがあるんだろうが、いまは目の前のしつこい連中をどうにかしなくてはならない。


「ところで追撃はするのかい? ほっといたらまた手を出して来やがるぜ」


「ああ、共鳴波ジャミングがおさまり次第追撃に入る。なにより勇者殿が無事で良かった、早期に合流できたのも」

 少し表情が和らいだのを見て、ん、と手を上げて応える。


「どのみちしばらくは共鳴波ジャミングは収まらないのだろう? コウも人質も救出できたんだ。少し休憩してから動こうや」


「あ、ああ――そうだな。今のうちにこちらの損耗も補完しとかないとな」

 いや、休めよって止めようとしたのにもう行っちまったし。

 まぁ、ここはアイツオキナに任せよう。

 結構疲れてるし、俺の中にいる魔王オモダルのことも気になるし。


『オモダルや〜い、助かったぜ。おーい』

 と心中で呼びかけてみてもなんの反応もない。

 

 仕方ねぇか。少し休ませてもらおうっと……。


◇◇


「各部隊は点呼を、準備が整い次第出発する」


 なにやらガヤガヤとする人の気配に目が覚めた。

 気がつけば天幕に移されており、半身を起こしてみるとオキナがこちらに背を向けて、コウの横たわる簡易ベットの側でその手を労わるように優しく撫ぜている。


「目が覚めたようだな」


 半身を起こした俺の気配に気づいたようで、

「四中隊をこちらに呼び寄せた。金属兵も合わせれば総勢四千強だ。残りは避難先の確保を優先させる」

 コウの毛布を優しく掛け直してやると、こちらに向き直った。


「おそらくムスタフが向かったのはアダマンタイト坑道のあたりだ。いま、斥候を出して探っている。

 確認がとれ次第、徹底的に叩く。できればムスタフ将軍を討ち取りたい」


 あ……。やべぇ顔してる。なんか嫌な予感しかしないんだが。


「ディストラクションで一気に吹き飛ばそう」


 いや、やるけどさ。

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