3-82 ミズイ戦線 好都合?

(前回のあらすじ)

 互いに罠を張るコウヤたちとムスタフ将軍。生き残りをかけた決戦が始まる。

 

◇◇


みょうだな――?」


 スタンピードをけしかけて丸一日たつ。

 てっきり猛り狂って反撃してくると思っていのに魔人軍ときたら、こちらを静観するように横に広〜く展開したままだ。


「オレらにビビってるんじゃないっすか? 次は何してくるのじゃ――? って?!」


 この前のスタンピードで男を上げたリョウが、長くなった髪を風になびかせながら白い歯を見せた。

 ちなみにこの前の作戦の成功に報いて、近衛隊副長に任命している。

 百人将を任せても良かったくらいだが、もう少し俺の側で育ててやりたい。

 

「バァカムスタフ・ゲバル・パジャだぞ? 二割弱でこちらのスタンピードを切り抜けたヤツだ。弱腰なはずがねぇだろ?」


 と、言いつつも敵の狙いがさっぱりわからねぇ。


「サンガさん、斥候せっこうの連中はまだ(帰って来ないの)かい?」


 肩をすくめるサンガ少佐は、人差し指をくるくる回しながら「“魔眼機”も飛ばしていますが、目立った動きはありません」と言う。


 ただ――と、両手で鼻頭をこすりながら、

「魔人の中央軍と左軍が右軍の後ろへ回り込んで、怪しげな動きを見せています」


 と付け加えた。


「後退するつもりなのか? オキナの休戦の申し入れを飲んだってこと……があるワケがねぇか」


 後半の部分はほとんど独り言のようになって、双眼鏡を覗き込んだ。

 オキナからは新しい情報はなにも届いていない。

 休戦の通知を受け取っていたとしても、それがどの程度信用できるのか? の精査に入っているはずだ。


 迎撃と避難の編成はほぼできている。

 だが、相手はあのムスタフ・ゲバル・パジャだ。


「なんにしてもこちらに時間をくれるのなら、大歓迎だ。あと二日――だ。

 斥候せっこうの報告が入り次第、避難と迎撃の両面を煮詰めておこう」


 情け無い話だが、こう言う大軍を率いた経験が俺にはない。だから余計に不安になる。


「サンガさん、千人将以上を集めてくれよ。編成を確認しときたいんだ」


 オキナから託された作戦は、魔口ダンジョンへの避難経路の確立と、兵站の受け入れ体制。

 その他のイレギュラーは現場に任せる――とのことだった。

 もちろん、その都度の報告は求められてはいたが。


 天幕に集まった千人将以上だけで二十名。この人たちに千人の命がかかっている。

 責任――。たまらない重圧がのしかかる。

 やっちゃった? で、済まされるはずがない。


「ここに集まってもらったのは、作戦のためだけじゃない」


 言葉を区切って、一人一人の顔を見る。


「覚悟を決めてもらうためだ。今、俺たちは何かを仕掛けられようとしている。

 それに的確に対処した上で、避難路を確保しなきゃ……」


 全滅する。

 少しでも(魔人軍が攻めてこないことを楽観視して)油断してたら、間違いなく全滅する。

 

「だからこそだ。今からテンションを下げるような事を言って申し訳ないんだが、覚悟を決めてもらう」

 

「編成の話ですな?」


 サンガ少佐が事なげに言うと、テキパキと編成を発表し千人将の意見を聞きながら修正して行く。


 いや、そうなんだけどさ。

 あれ? なんかもうわかってますから黙って――て感じなんですかね? すっげぇ恥ずかしいんですけど?


 俺の恨みがましい目線に気づいたのか、サンガ少佐が苦笑いしながら将軍――と手招きする。


「我らはいかなる状況でも生き抜き『災禍』を乗り越えて、ゴシマカスを支える所存ですぞ? 我らの命は、民を守るためにある」

 そう言って胸をドンッとたたいた。


「だからコウヤ将軍は、仔細は我らに任せ『災禍』を頼みます」


 そう言って笑顔で胸に手を当てるゴシマカス流の敬礼をする。


「我らでは青龍を相手にできない。だから魔人軍と避難は我らに任せてください」

 サンガ少佐がそう言うと、その場にいた全ての千人将が兜を左脇に抱えて、胸に手を当て拳に変えるとドンッと胸をたたく。


 “我らの命はあなたと共に”


 ゴシマカス流の誓いの動作だ。

 見透かしていやがった。その上で俺を将軍と呼んでくれる――カッコいい連中だぜ。


「へっ……アンタらも冥加みょうがなこった」


 照れ笑いしながら胸に手を当て、拳で胸をドンッととたたいた。


「だが、嫌いじゃねぇ」そう言ってニヤリと笑った。


◇◇◇

 

 昼を回ったあたりで斥候の部隊が帰ってきた。早速その報告を共有するために、再び千人将を集める。


「避難する予定だった魔口ダンジョンは一つを除いて入り口が塞がれています」


 避難を予定していた魔口ダンジョンは三箇所。いずれも“魔獣の森”から五キロ圏内にあるものだ。

 斥候を担った“風の民”の若武者が兜を脱ぎながら、淡々と報告をあげる。


「残された魔口ダンジョンはただ一つ。ですが、その前には魔人軍が二百ほど張り付いていました」


 なんですと?

 見透かしていやがった。こちらが魔口ダンジョンへ避難すること自体を読んでいやがったか?


魔口ダンジョンを餌に俺らを釣りだそうってワケか? いい性格してるぜ」


 笑うしかない。

 

「で……? 塞がれた魔口ダンジョンの入り口は破壊不可能なくらいガッチリ塞がれているのかい?」


「いえ、そこまでとは思えません」


「なら好都合だ」


「「「はぁ?」」」


 一同が首を捻じ曲げて俺を見ている。


「俺らを入り口が塞がれてない魔口ダンジョンへ誘導して、背後から襲うつもりなんだろうさ。

 その前提を壊してやる。罠を張っているところ以外に押し入る」


「全ての魔口ダンジョンがマークされている恐れがあります」

 と、現場を見てきた斥候が少し慌てた様子で、反論した。


「ってことは、アイツらもどこへ俺たちが行くか見てるはずさ。マークしている魔口ダンジョンにそれぞれ部隊を伏せておいてね」


 ならば――。


「本隊を繰り出すための拠点を作るはずだ。そこにムスタフ・ゲバル・パジャ将軍様がいる。そこを跡形もなくぶっ飛ばしてやるよ」


「「「は?!」」」


「あくまで推論だ。だがそうならば、好都合だと思わねぇかい? そこを探るところから始めようよ」


 と言いながら、「好都合って……」と口を半開きにしているサンガ少佐に親指を立てサムズアップてた。

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