バンパ戦線異常あり


(前回のあらすじ)


 奇襲され敵の軍令部が麻痺した――と判断したヒューゼンは、工業地帯に狙いを定めワイバーンを使った空爆を仕掛けてきた。

 オキナはそれを事前に予測し『VT信管』で空の包囲網を作る。

 コウヤの放ったディストラクションでヒューゼンの第二波攻撃陣は跡形もなく消え去った。


◇◇◇


 その頃、ヒューゼン共和国では――。


 「ワ、ワイバーン空戦隊の反応がなくなりました」


 ヒューゼン共和国の軍令部に、信じられない報告が飛び込んできたのは、空爆開始の連絡からわずか一時間もしない頃だった。


 ここはヒューゼン共和国の軍令部。

 その中でも全ての作戦を指揮する統括指令本部にフィデル・アルハン議長、ラウル・アルハン副議長をはじめ党のお歴々も顔を揃えている。


 「確かか? 五十機ものワイバーン空戦隊だぞ? 『VT信管』の砲弾も連射がきかなと報告があったはずだ。我が軍の精鋭ぞろいを送ったんだ、全滅はないだろう――。戦況を報告させろ」


 問われた通信士は先ほどから通信石を操り、何度となく連絡を試みている。

 だが、どの機からも折り返しはなく、やがて静かに首を振った。


 全滅した……のか?


 フィデル・アルハン議長の顔が信じられないと強張こわばっている。

 「情報局、現地のスパイから報告は?」


 「かなりマークが厳しく戦地での情報収集は厳しいかと……」


 「“モグラ”からの連絡は?」とややかすれた声で、聞き直した。

 ヒューゼン共和国にはゴシマカス王国に何十年も前から土着させているスパイがいる。

 それを“モグラ”と呼んだ。


 その仕事は市井のうわさから、戦時下における市民レベルの情報、情報局が潜入させるスパイの世話など多岐たきに渡る。

 今回の場合、特にスパイへのマークが厳しかった。

 だから、戦局を左右する指令部の動向などは一切出てきておらず、“混乱の極みにある”という一部の情報を精査できないまま二次攻撃に踏み切ったワケだ。


 おそらく今回の戦況をスパイが報告してくるのは期待できないだろう。

 ならば比較的マークの甘い“モグラ”たちの情報を拾い上げて分析する他ない。

 

 「まだ確認中ではありますが、しばらくすれば(情報が)集まってくるかと」 


 何の戦果もなく空軍の約三割が消えてなくなった。これは前回の王宮爆撃の成果を加えても、分が悪いな――。


 フィデル・アルハン議長は顎をさすりながら、思索を続ける。

 確かウスケ国王は重症を負い、司令部が変わったと報告があった。

 だが、今回のこれは明らかに異様だ。

 まるで何かの超常現象に巻き込まれたように、ワイバーンの空戦隊五十機が姿を消した。

 開戦に踏み切った時と敵が変わっている?


 薄っすらと浮かんだ考えに顎をなぜる手を止め、気になることがある――と情報局長を呼び寄せた。

 

 「今はゴシマカスの誰が指揮をとっている? ムラク軍卿が指揮をとっているのか?」

 したたかな情報統制、不可解な戦況……。

 ずいぶん手慣れた感じがする。

 だがヤツは今、『カグラ』奪還に躍起やっきになって西部に張り付いているはずだ。


 これはただの勘なんだがね、とこめかみをトントンと叩きながら続けた。


 「待ち伏せを食らったような気がするんだ」


 今回コウヤやオキナ、コウの戦列復帰は極秘にされていた。だから依然として、ゴシマカス王国の戦力には勇者と魔道士がいると思われていない。


 ゴシマカスのように遥か上空から映像を送る魔眼があるわけではない。

 断片的に送られてくる情報を精査しなければ、まだ何もわからないが、過去何度も激戦をくぐり抜けてきたフィデル・アルハン議長の勘がそう告げている。


 「勇者コウヤと魔道士コウが復帰したのではないか?

オキナも戻っているのではないか? 敵の動きが手慣れている」

 

 「早速“モグラたち”の情報を分析して見ます」


 徐々に集まってくるモグラたちの情報を抱え、情報局へ駆け出していった。


 「フィデル・アルハン議長、このまま第三次空戦隊を行かせても大丈夫でしょうか?」

 ラウル・アルハン副議長が、薄い唇を引き締めている。その名前から分かる通り、フィデル・アルハン議長の実弟にあたる。

 このヒューゼン共和国のナンバー2の立場にあり、寡黙ながら実務家としての実力はだれもが認めている。


 「ゴシマカス王国の大穀倉地帯、『バンパ』を占領する計画は陸軍との連動になります。一気に行きたいところですが……。今の戦況を精査してからの方が」

 顎の下に置いた拳の人差し指だけ持ち上げて、うわ目がちにこちらを見た。


 「目の前のことばかりに囚われてはいけない。第三次空戦隊は待機させたまま、分析を急ごうではないか」

 時間が経つほど緒戦をとったアドバンテージは小さくなって行く。

 いずれにせよ、“虎の子”を投入するタイミングかな? フィデル・アルハン議長は覚悟を決めた。


◇◇◇


 「おいっ、どうする? 退避命令がでたってよ。もうそこまで敵が来てんじゃねぇか?」


 「そんなこと言ったってオメェ……? あと三月もすりゃ小麦の収穫時期だ。追肥を終わらせとかんと実がならねぇ、早く終わらせて逃げるべ」


 「俺んとこなんか嫁と子供は実家に返したけれど、まぁ、この間えらい数のゴシマカス国軍が来てただろう? すぐには攻めてこれないだろうさ。早いとこ終わらせよう」


 ゴシマカス王国の穀物地帯『バンパ』に農民の間で話題に登らない日はないほど、戦火の気配が漂う頃。


 それはちょうど正午過ぎ。

 農民はその時間にしては薄暗な? 空を見上げたその時――。

 「え?」

 口を開けたまま固まっている。


 太陽が翳るほどの黒点が大きくなり始めると、それがワイバーンの襲来とわかった。目の前にある平和と真逆の襲いくる天災級の重い威圧感。


 「逃げろォォォ」


 張り上げた声に合わせるように鐘楼の早鐘が鳴り響いた。これから始まる地獄絵図に転げるようにシェルターへ走る。


 だが、逃げ帰る村の先に黒煙が上がり誰かの悲鳴が上っているのを聞いた時、その思考は止まった。


 「あ……」


 瞬く間に光の矢が降り注ぎ全身に激痛が走った。なぜか地面が目の前にある。

 急速に地面に押しつけられる自らの体に、終わった――と悟ると、意識を手放した。

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