動き出した世界

(これまでのあらすじ)

 王権神授の儀――。ウスケ国王がその承認を六大侯に強要しようとした時、『中興の祖』と呼ばれるサユキ上皇が待ったをかけた。

 そして、強行される事すら視野に入れ、コウヤたちを雇い入れ義勇軍を結成させた。自らの私兵として雇い入れる事で後ろ盾となってやるつもりでもあった。


 一方でガンケンは、もはや六大侯の同意は得られぬと判断し、教会の力を背景に“王権神授の儀”を強行する。

 不穏な動きを見せるヒューゼン共和国にはライチ公爵と密談し、六大侯の領地を引き換えに仲裁を依頼する。

 かくて強行された王権神授の儀。

 直後に発布されたのが『挙国一致の宣下きょこくいっちのせんげ』。完全なる独裁体制の宣言だった。


 ◇◇コウヤ目線です◇◇


 やぁ! すっかり寒くなったけどみんな元気かな?

 寒いのには弱いコウヤ君だよっ。 


 「あ〜ッ。ざびぃ」

 き火に手をかざしながら足踏みをする。ここはミズイの領都オーラン・バータルから二キロの草原地帯。


 なぜこんなところにいるかって?

 オキナが俺の旧領国、ミズイの軍に連携を持ちかけているって言い出してさ。

 その流れで、スカウトした獣人五百名を率いてミズイの領都オーラン・バータルに布陣している。


 「俺たちを捕まえろって命令が来てたらどうすんだい? わざわざ捕まりに行く様なもんだぜ」

 何て言ったって謀叛むほんの容疑者でこの前まで拘束されていたんだ。ロクな事にならねぇとしか思えねぇ。


 「派遣されて来ている司令官がちょっとした知り合いでね。話くらいは聞いてもらえるだろう」

 少し考えるような仕草で、天井を見ながら答えていた。


 何より、まだ義勇軍としては戦力が足りないから――と苦笑いしていたけどさ。

 野球選手の補強じゃないんだからよ。

 大丈夫かよ?

 心配すればするほど寒さが身に染みる。 


 「おフッ……寒いなぁ」


 「何度目っスか?! ソレ?! 聞いてる方がこたえますからやめてもらって良いですか?」相変わらずリョウのヤツがクソ生意気だ。


 

 「通信が来ました」

 通信石から吐き出された紙を持って伝令が駆け寄って来る。

 「あんがとさん。アンタも火に当たっていけよ、冷えただろう?」

 と火のそばに招き入れる。足踏みしながら渡された伝令書を見ると

 『オーラン・バータルにて春のきざし』とある。


 なんのこっちゃ?


 オキナから送られて来た短い一文に、首からをひねりながら草原の空っ風に吹かれているワケだ。


 「リョウっ、まきが足らねぇぞ。どっかで調達して来いよ」


 「ここのどこにあるんスか? 教えて貰えば行きますけど」


 見渡す限り草原だ。しかも凍ってるヤツ。

 「だから、どっかでって言ってるんだろうがよ。四の五の言ってるんじゃねぇよ」


 「……ったく、すぐ八つ当たりするんだから」ブツクサ言いながら火のそばから離れて行く。


 「おおっ! 大王よっ、ここにおわしたかっ?!」

 ん? この寒風を物ともしない暑苦しい声?!


 風神の如く、砂塵さじんを巻き上げてカイと草原の民たちが走り寄ってきた。


 「我らもココに布陣せよと指示されましてな。いよいよ領都をおとすって事ですな?!」

 意気軒高いきけんこうと言ったところだ。

 

 何やら感触が良さげな一文を送ってきたが大丈夫なのか? 

 サユキ上皇の私兵として交渉するから、いきなり殺されるって事はないだろう。

 もし、オキナを害せばサユキ上皇派の貴族たちも敵に回す事になるからだ。

 だが相手はあのウスケ陛下バカだ。

 

 「全く――読めねーなぁ。いざとなったら義父オヤジさんの言う通り一戦交えなきゃなんねぇかもな」

 ズズッと鼻を啜りながらカイに返すと、

 「望むところですぞッ婿殿むこどの」カラカラと笑い腕組みをし力強くうなずいた。


 「頼むぜオキナさんよ。災禍もヒューゼン侵攻も控えてるんだからよ。泥沼化どろぬまかだけは勘弁だぜ……」

 なんとも言えない焦りが募る。

 顎をガクガク震わせながら、祈るように領都オーラン・バータルを見つめた。


 領都(オーラン・バータル)を囲む城壁に変化があった。白い狼煙が上がっている。

 城門が開くと白旗を掲げた単騎が走り寄って来た。


 「獣人代表コウヤ殿とお見受けするっ。コウヤ殿っ『風の民』主梁のカイ殿っ、領主館へ案内する。着いてこられよっ」

 金属製の胸当てにゴシマカス王国の徽章きしょうが彫られている。本国から派遣されている騎士のようだ。領主が会うと言っているらしい。


 「本番のようだぜ義父オヤジさんっ。オキナが上手くやっててくれたら良いが……」


 「いざ参りましょうかの? 大王」


 カイが厳しい顔になり、俺の分まで馬をいてウムッと手綱を持たせてくれた。うなずいて見せると騎乗して先導する騎士に付いていく。


 懐かしい街並みが見える。

 そうそう、この角を曲がって形ばかりの門をくぐると二階建ての領主館があるんだ。

 築百年の石造り。古臭くて小学校の図書館みたいだって最初はがっくりしたっけ。


 馬を預けると、先ほどの騎士は「二階の執務室で領主がお待ちです」と敬礼し去っていった。


◇◇


 中に入るとオキナと目が合う。


 「どうぞ。こちらに」

 見覚えのある顔が出迎えてくれた。


 「サンガ中尉?! 久しぶりだなぁ……。元気だったかよ? って今は大尉だったかな?」

 オキナ救出の時、共に戦ってくれた特殊部隊のサンガだった。


 「今は『ミズイ辺境軍司令官』になってますがね。少佐扱いで、ミズイ辺境軍を見ることになっています」

 どうぞ――と勧められるままに革張りのソファに腰を下ろす。


 「領主も兼ねているって事かい?」


 「本来なら別の貴族がやってくれるはずだったんですが、王宮がアレでしょう? ここは魔窟ダンジョンも多いし、魔人たちも越境して来るので先に軍を――と話が持ち上がりまして。

 先に辺境軍司令として任命されたのは良いんですが、なし崩しに領主も兼ねることになってしまい……」

 全く本国にも困ったもんです――苦笑いしている。


 「実質あれだろ? 借金まみれの領国は誰も引き受け手がなかったってヤツじゃないのかい?」


 「さすがにあの額(二百五十億)の国債を債務不履行デフォルトには出来ませんからね。それも含めての話しになったら、誰もいなかったって聞いてます」


 「なんか……ごめん」

 

 「いや、コウヤ殿のせいではありませんよ。

 ただ、私がなし崩しに領主を兼務するようになったのは腑に落ちなかった。で、調べてみたんです」

 そうしたら――とチラリとオキナを見る。

 「どうやらめられたようでしてね」ニヤニヤ笑っている。


 「ムラク伯爵を使って、仕向けた真犯人はオキナ殿らしい」


 オキナはというと、もうその辺で――と、咳払いすると 「――と、言うワケでサンガ司令官殿はこちらに味方してくれる事になった。わざわざ呼び寄せたのは、義勇軍の幹部との顔合わせと――」

 懐から取り出した封書を広げて見せてくれる。


 「サユキ上皇様が動いてくれた。六大侯のうち、ワテルキー家(ガンケン・ワテルキー団長の実家)を除く五大侯がこちらに着く」


 「はぁ?! おまえ何か仕組んだんだろ?」


 「王権神授の前と後の物価や株価を比較して上皇様と五大侯へ送っただけさ。

 物価は上がり続け株価は下がり続けている。少なくとも市場はそれを評価しなかったって示した。その先に待ち受けているのは――? 誰が見てもわかる事だ。まだ表立っては表明していないがね」

 

 ありゃりゃ……。あの陛下おっさん丸裸にされちまったよ。


 「ここを義勇軍の拠点にする。早速、軍の構成と訓練に入るぞ」

 オキナが晴れ晴れとした笑顔を見せる。


 「全く――。手を……」クイクイっと逆手の指で手招きする。オキナが差し出した手を少し持ち上げ、パーンッとハイタッチしてやった。


 世界が動き出した音が聞こえた気がした。

 聖アテーナイ教の力なんて考えてもいなかったんだ。

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