死闘遊戯

 義勇軍を結成しようと乗り込んだ獣人自治区。

 そこに待っていたライガと交戦する羽目になった俺は、ヤツの馬鹿力でり上げられ二、三メートル吹き飛ばされてしまう。


 上等じゃねぇかっ!


 俺とライガの戦いは死闘の様子をていして来た。



 ◇◇



 「そろそろお互い本気って事か?」


 ライガはグルグルッ、と機嫌よく肩に大太刀をからげながら俺の周りを円を描くようにゆっくり歩き出す。


 「四の五の言ってる暇があるんなら掛かって来いよ。串刺しにしてやるよ」静かに見返す。


 「あ、言っとくが魔王はナシだぜ。アレは反則だからな、わかってるよな?」

 あわてたようにライガがつけ足す。

 『カグラ』で戦った際、雷撃らいげき瀕死ひんしの重傷を負わされた事を思い出したらしい。


 「あんなもん出さなくてもてめぇなんか一撃だよ」


 「よく言ったっ! それでこそ武人だ」ホクホク笑いながら身構みがまえる。

 楽しくて仕方がないようだ。

 命のやり取りになっているってぇのに、全く厄介なヤツだ。


 「ビビってんなら行くぞ」


 『亀――縮地しゅくち!』


 足元から土埃つちぼこりが舞い上がる。

 ライガの胸元までカメラがズームする様に大写しになると、足元の地面が絨毯じゅうたん手繰たぐり寄せるように手前に引き寄せられた。


 「フンッ!」

 胸元目掛めがけて右袈裟みぎけさりつける。

 ガチンッ、と火花が飛びライガの大太刀が吹き飛ばされる。

 胸元もザックリえぐったつもりだったが、『金剛力』こんごうりきで硬化しているせいで傷は浅めだ。

 「シッ!」休む間も与えず、振り下ろした剣をすくい上げるようにヤツの小手を狙う。

 キンッと硬質こうしつな音がしてね返された。


 「ってぇやつだ」にらみつけると笑ってやがる。


 「降参するなら今のうちだぜぇ?!」

 フフンッと得意げに笑うと、大太刀を頭上高くかかげた。

 こちらの攻撃が通らないと踏んで防御を捨てた。

 攻撃に特化するつもりらしい。


 チッ、と思わず舌打ちする。

 全く厄介やっかいだ――。

 

 両手をダラリとたらしチョン、とその場でジャンプして見せる。ただの誘いだ。テンポを変えたい。

 コチラの力だけではヤツの『金剛力』こんごうりきは貫けない。なら相手の力を利用するだけだ。

 サッと腰を下すのに合わせたようにライガが天高く掲げた剣が振り下ろされて来た。

 ブォッ、と風切り音と共に袈裟斬けさぎりにりつけてくる。

 

 これをかわしてこの次に合わせるっ!

 

 だが、その剣は以前のような力任せの剣ではなくなっていた。

 振り下ろした剣先がピタリ、と止まるとコチラの仕掛けを待つようにジリジリと距離を詰めて来る。

 

 ずらされた?! カウンターをとりにいくつもりが見られている――。


 剣も格闘技も所詮しょせんは距離の削り合いだ。自分の間合い(空間)で相手をコントロールできた方が勝つ。

 今は完全にライガの間合いに持ち込まれていた。


 「師匠っ、相手に付き合う必要は無いっすよっ。距離をつぶしてっ!」リョウの声援が聞こえる。

 わかってる――。

 ライガをにらみつけたまま、それに応えるように軽くうなずいて見せる。


 「ガァッ!」

 ドォンッ、とライガがふくらんで見えた。

 フェイントもいらない誘い技だ。釣られて手を出せば俺の胴体は上半身と下半身が泣き別れになる。

 冷や汗がツゥ、とほほつたう。

 ふぅ、と息を吐き腰をしずめた。


 と、腰を落とし切る前にライガが脇構わきがまえから横薙よこなぎに剣を振り抜いてくる。ズォッ、と鋭い踏み込みにまた土埃つちぼこりう。

 剣先が斜めに伸び上がって来た。


 ここまで伸びる剣先には次に仕掛けを準備してあるものだ。かわそうものなら、その剣先を突きへ転じて串刺しにするつもりだ。


 「フンッ!」


 ミスリルの剣を振り上げると、ガチーーンッと上からはたき落とした。そのまま引き戻される剣に合わせて踏み込む。


 「おっりゃっ!」首筋目掛めがけて振り抜く。


 「ヌッ?!」

 上体をトラ族独特の柔らかさで反り返って、俺の剣先をけると柄元つかもとを器用に反転させて刃先を押し当てて来る。


 突き出された刃先を、左手のバックラーで押しのけ沈み込んだ。


 今っ! 目の前にはガラ空きの胴体がある。


 このまま突き立ててやりたいところだが、『金剛力』を発揮しているヤツの胴には通るまい。

 ならば――。


 「フゥンンッ!」


 闘気を剣先に流し込む。

 ミスリルの剣がビィーーーンッ、と剣先が細かく振動を始めた。

 

 「シッ!」


 左後ろ足のつま先まで闘気を流し込むと、大腿筋だいたいきん内臀筋ないでんきん広背筋こうはいきん、そしてひじの全てを絞り込むようにして右手のミスリルの剣へ力を伝えた。

 力を極一点ごくいってん、剣先に集中させると突き立てる。


 バァンッ、と破裂する音がしてライガが吹き飛んだ。ドォンッと、派手な音と土埃つちぼこりをあげながら転がる。


 「グォォッ……」


 苦痛に顔をゆがめて立ち上がるライガ。

 目だけは爛々らんらんと光らせ、こちらをにらみつけてやがる。まだ心までは折れていないようだ。


 「どうした? もう終わりか?」


 「ふ、フフフッ。だぁれが終わりと言った? これからが楽しいところじゃねぇか?」


 「その割に結構こたえているようじゃねぇか? また今度にしてやっても良いんだぜ」


 「余計なお節介せっかいってもんだ――。あんまりふざけた事かしてると泣かすぞっ」


 あーあ。

 ガキのケンカかよ。


 「だが……。そろそろ準備も出来たようだし、てめぇの顔も見飽きたしなぁ」そうつぶやきながら、自治区の外塀の中の様子をうかがっている。


 「助けを呼ぶんなら、ソイツは無理ってもんだ。おまえに味方する獣人はいねぇよ」


 「そりぁ……どうかな? 野郎どもっ、そろそろ行くぞっ」塀に向かって大声を張り上げると、中から馬車が飛び出して来る。一輌、二輌、……五輌。


 「なっ?!」


 馬車の後ろから鞍を積んだ空馬にヒラリと飛び乗った。


 「勝負はおあずけだっ。借りにしといてやるっ」馬の腹を軽くると馬首をめぐらせ駆け去っていく。

 砂塵さじんを立てて駆け去る馬車とライガを、俺はただ呆然ぼうぜんと見送っていた。


 ヤツも兵をつのりに来ていたのか?

 やはり俺が領主でなくなった事で獣人の信頼も無くしてしまったのだろうか?

 そのすきをついて……?!


 唇をしめめる。

 獣王と呼ばれ思い上がっていたのか? 俺は……?!

 半年も間が空けば、心変わりをされてもおかしくないか? 全く――全くおマヌケ様だ。


 歯噛はがみする思いで周りを見回す。

 「師匠……。と、ともかく中へ入ってみましょう」


 よほど怖い顔をしていたのだろう。

 恐る恐る――と言ったていで、リョウが声をかけてくる。


 「ん? んん。だな……」


 「コウヤ様。大丈夫?」


 いつの間にかナナミも側に寄って来ている。


 「なぁにっ、怪我一つありゃしねぇよ。それより中の連中が心配だ。後続の連中に連絡取っておいてくれ」

 風の民の一人がうなずくと馬首をめぐらせ駆け去っていく。


 領主をクビになってから獣人自治区の支援が途絶えたはず――と食糧とポーションを送ってもらっていた。

 こちらの安全を確認してから呼び寄せるつもりで、中継地で逗留とうりゅうしてもらっている。それを呼びに行ってもらった。


 飢えているのではないか? 子供もいた筈だ。それは今頃……?


 不安を抱えたまま門をくぐると、思わず息を飲んだ。

 

 「おい……?!」 

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