出会い


◇◇ガンケン・ワテルキー団長目線です◇◇


 「『災禍が起こる』などと人心を不安に陥れる噂を流した居酒屋がヤツの寝ぐらだっ」


 ――うわさの出元を辿たどってみれば、エスミなる老女の経営する『酒食 ホウ』だった。


 「これより天誅てんちゅうを下す。かの『酒食 ホウ』に火を放って、コウヤをおびき出す」

 

 コウヤの捕縛に当てる精強な三十名の男たち。

 『白い騎士団』の中でも荒事を扱う、モンク(僧兵)その名を虎狼隊と言う。


 「わかっているかと思うが、『ミズイ』辺境国に謀反の企みが発覚した」

 もちろん捏造ねつぞう


 王宮の隣に併設された『白い騎士団』の兵舎に集められた虎狼隊へのゲキは続く。

 

 だが平服であるが故に、その服に覆われた肉体が威圧感を撒き散らす。


 身長は百七十から二メートルを超す巨漢まで様々だが、いずれもシャツの胸元ははち切れんばかりに分厚く、袖から見える前腕は丸太の様に太く硬い。

 全員が狂信者だ。


 「抵抗するなら生死も問わぬっ」


 後ろ手に組んだ腕を腰の高さにまで持ち上げ、肩を怒らせて居並ぶ偉丈夫たちに声を張り上げる。


 「貴様ら虎狼隊は女神アテーナイ様の祝福を受け、選抜された。このご期待に添えねば、ここにいる意味はない。身命しんみょうを惜しまず捕縛せよ」


 「御心のままにAs he will !」


 全員が胸の前で円を描き十字を切った。


 「女神アテーナイの祝福あれッ」


 男の掛け声に一団が胸に手を当て跪いた。

御心のままにAs he will !」兵舎に響き渡る力強い声――。


 そうだよ。

 全ては女神アテーナイの御心なんだよ。これは。


 走り出す一団に手を挙げ祝福あれッ、と円を描き十字を切った。もう、シクジリは許されない。

 自らも打って出る。


 「アーティファクト失われた超兵器があれば、コウヤなぞ……」

 禁断の魔道具を秘蔵してある博物館へ足を向ける。


 「まだ勇者がおろうがっ?! 拘束すらできぬとは無能か? で、あろうがっ! あろうがっ?!」権力の完全掌握を焦るウスケ陛下の、棘だらけの叱責が脳内でリフレインする。


 念のため軍部の特殊部隊も街に潜伏させているが、それ『白い騎士団』の力だけで捕縛せねば陛下の言う『無能』のそしりは免れない。


 (騎士団の威信にかけて捕縛する)


 ライチ公爵から授かった『肉の芽』から魔力の揺らぎが陽炎のように揺めき立つ。

 

 「これは聖戦である――」自らの発した言葉に浮れる様に宝物庫へ急いだ。



◇◇コウヤ目線◇◇


 「ようこそコウヤ様」


 白い歯を光らせ近づいて来たのは『ゴシマカス魔道具開発』の常務を名乗る男だ。


 「ファティマと申します」


 名刺を差し出したのに合わせて、給仕が食卓の二脚を引き出し腰掛けるよううながす。

 サイカラが『信用のおける人物』として紹介してくれたのが彼だ。


 ここはゴシマカスの中でも指折りの料亭。

 いつかコウと一緒にオキナから招待された場所だった気がする。


 目の前に座るファティマは五十代半ば。

 歳の割には引き締まった体つきをしており、身長は俺より少し低めの百七十弱と言ったところか。


 山水を模した庭園を囲むように点在するいおりに、俺とナナミは招待されていた。

 庭園から流水の音がもれ聞こえ爽やかな名香わかばが薄く香る。


 「サイカラは元気ですか?」


 押し黙る俺に気を利かせたのか、話の穂を振ってきた。「あれは研究職の中でも異質でしてね」と続ける。


 「私も研究職上がりなんですが、魔道具の研究職は特殊で……」


 ああ。気が付かずすみません――。と言いながら、手を叩く。

 食前酒が運ばれて来ると「まずは我らの生き残ることを祈念して」と、グラスを掲げた。


 「「「乾杯」」」


 チンッ、と軽くグラスの縁を合わせると一気に飲み干した。


 「いやぁ、コウヤ様もいける口ですな?」目尻に皺をよせながらおかわりを勧めてくる。


 すっかり酔っ払ってはいけません、と手で制し

 「サイカラとは昔からお知り合いで……?」と途切れた話の穂先を促す。


 「ああ。私の部下でした。勘が良いって言いますか、だいたいのあたりを付けてデータを積み上げて行くタイプです」ところがね……っと悪戯っぽく笑う。


 「普通の研究職ならコレが外れてドツボにはまるんですな」


 まるで我が子の悪戯を語る父親の様な面持ちになる。


 「ところがね。彼はそれを外した事がないのですわ。今ゴシマカスに配備されている金属兵は彼が開発した物です。一体何体いると思います?」さも愉快そうに聞いてくる。


 「オキナの話だと六百体くらいだったかな? アイツは敵に回すと厄介だ」

 オキナ救出の際、ぶん殴って来た金属兵を思い出しながら苦笑いを返した。


 「いえ、一千体になります」


 まるで我が手柄の様に話すブァティマは愉快そうだ。

 

 「もともとはゴーレムがベースです。ちょっとした魔導師なら簡単に錬成出来た。ところがですね。サイカラはゴーレムを召喚できるならアイアンゴーレムを製造できる、と言うんですよ」


 「アイアンゴーレムは錬成出来なかったのでは?」

 人間の魔力では土ゴーレムを金属に進化させるのは無理だ。


 「仰る通り。土の属性と金属の属性はそれぞれが独立した属性になる。土と金属を融合させる魔力がないと無理だ」

 五行相剋の相関図をナプキンに書き出した。


 アカン……。研究の事となると、スイッチが入るタイプだな?!


 「そこで鉱石を土状に粉砕して、骨格と魔素を循環させる魔導官、出力を上げるための内燃機関を包み込む。

 その上でゴーレムを成形したのち、土魔法でゆっくり金属以外を取り除いたワケですな」

 それぞれの工程をナプキンに書き加えると、


 「スポンジ状に残った金属は筋肉と同じ役割をする。その上から、さらに外骨格として鎧をまとわせ強度を上げる。

 それであの馬力ですよ」――どうです? 凄くないですか? とキラキラした目で俺に問いかけてくる。


 「技術的な事はわかりませんが――」と前置きしながら、「もはやゴシマカスを代表する兵器ですね」と微笑む。


 私もサイカラの優秀さに惹かれて宰相を勤めてもらっていますが――。と、続ける。

 「いつも説教を食らってますよ。納得できる内容だから私は謝ってばかりで――」

 あの銀縁のメガネが光る有様を想像して笑った。


 「ハッハッハッ! 辺境卿を説教? そんな事が出来るのはヤツしかおりませんな」


 ただ……。暫く間を開けて切り出す。


 「その彼がこのままゴシマカスは終わらないっと断言したワケです」

 サユキ上皇と共に戦乱を駆け抜けた商人の顔になっている。


 「正直、我が『ゴシマカス魔道具開発』でも揺れています。時流にさとい専務派は『白い騎士団』に近づこうとしていますし、私は今までの御恩を忘れられずサユキ上皇派」

 

 それも少数派になってしまいましたがね……。

 と自虐的に笑う。


 「社長はどっち付かず……様子見と言ったところでしょうか?」


 俺は何も言えず目の前の細い細い蜘蛛の糸の様な希望を見ていた。


 「でもねコウヤさま。貴方がこの混乱を収め次の段階にこのゴシマカスを持って行くとサイカラが言うのです」


 話の継ぎ目継ぎ目に料理を出す様に給仕に促すと、懐紙に包んだチップを甚平の袖にそっと差し入れる。


 「勝ち馬に乗れと私をそそのかすワケですな」他所よそを向きながら最後の言葉だけこちらを覗き込む。


 「味方してくれるって思って良いのですか? とんだ泥舟かも知れませんよ?」


 俺の問いに満面の笑顔で「サユキ上皇様と面談出来る様に取り計らいましょう」


 と口の端を下手な悪役の様に吊り上げた。

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