胎動


 ◇◆ライチ公爵目線◇◆


 「カノン・ボリバルが国宝(ドラゴンズ・アイ)を奪って逃走した? しかも堂々と西門を破ってじゃと?!」


 ワシは魔王城の執務室で、口元まで持ってきたティカップを止めた。


 「まことか?」


 頷くガワツ宰相。


 「して、逃亡先はヒューゼン共和国だとゴシマカス王国は言っておるのか?」


 「それどころかヒューゼン共和国は亡命者を受け入れた。と、宣伝している向きがあります」


 なんとまぁ……。正気の沙汰と思えん。


 「まことか?」

 悪手も悪手だ。ゴシマカス王国も黙っていまい。


 「まことにございます」宰相のガワツが愉快そうに報告を続ける。


 「どうやら『ドラゴンズ・アイ』の効能に気づいて、ゴシマカス王国の博物館から盗みだしたらしいですな」

 クククッ、と忍び笑いを漏らす。


 「馬鹿な。ゴシマカス王国は面子を潰された様なもんじゃ。『カノンを支援した』と騒ぐ強硬派に、報復の口実を与える様ななもんじゃわい。ヒューゼンの動きは?」


 ガワツ宰相のが空中にクルリと輪を描くと、深刻な顔をした幹部連中に相反して、にこやかな笑顔を浮かべるフィデル・アルハン議長の顔が映し出される。


 「動揺はしておらん様じゃの。まさか折り込み済みだったと言うわけか……?」


 「ライチ公爵様。狙いはゴシマカスへの挑発だったと?」

 ガワツ宰相の顔には意外そうな色が浮かぶ。


 落ちて来ているとはいえ、国力からしてゴシマカス王国相手の戦争は無茶だ。戦争は消耗戦でもある。国力の差が勝敗を分けるのは枚挙にいとまがない。

 

 「挑発だったとしても狙いはなんでしょう? ゴシマカス王国に本気で仕掛けるつもりでは……?」ニヤニヤ笑いながらも困惑している。

 魔人国としては暁光だ。

 潰しあってもらえれば、苦もなく人間を制圧できる。


 この二国が仲が悪いのは昔からだ。

 それは体制のせいであったり、歴史的な経緯があったり様々だ。

 しかし、小国から三倍も国力が違う大国に仕掛ける理由なぞありはしない。まして両国とも、我ら魔人国の脅威がある中で争うほど馬鹿ではあるまい。


 「我々が動かないとでも思っておるのですかな?」

 ずいぶん舐められた様で……。と、ガワツは底光りのする目を光らせる。


 「いや……。そうではあるまい。恐らくヒューゼン共和国から我らに同盟を持ちかけて来るやも知れん」

 いくらゴシマカスとて魔人国とヒューゼンの両国を相手にすることは出来まい。


 「ガワツよ……。ヒューゼンへ餌を撒いて見るかの?」

 顎髭を摩りながら思索を続ける。


 「どんな魔法を仕掛けるおつもりで?」

 クククッ、とガワツが愉快そうに笑う。


 「『本物のドラゴンズ・アイを渡す準備がある』と知らせてやるのじゃ。後ろ盾を匂わせての。我らを当てにしてヒューゼンが先走れば良し……」

 潰し合わず交渉のカードとして使ったとしても、ゴシマカスは混乱に拍車が掛かる。


 頃合いを見てゴシマカスの背を、ちょっと押してやれば良い。戦争になるか弱腰に要求を飲むか……?


 「いずれにしても我らは。魔王オモダル様のお考えに背く事にはなるまい」


 そして……。と、ガワツの今にも笑い出しそうな顔へ

 「程よく弱ったところで、我らが出向き”調和”を取り戻してやろうではないか?」

 ニヤリッと口角を上げて見せた。



◇◇◇


 時は暫し戻る。

 ガワツがライチ公爵へ報告する3日前の話だ。読者諸兄には暫しお付き合い願いたい。



(カノン・ボリバル目線)



 「偽物……だと?」


 ヒューゼン共和国に戻った俺(カノン・ボリバル)は、フィデル・アルハン議長に呼び出されていた。

 議事堂の会議室は重厚な木壁に覆われて、どこか陰気な感じがする。

 やたらに金のかかっていそうなシャンデリアが訪れる者たちを冷たくあしらう様に風に揺れている。


 「ああ。精巧なレプリカだったよ。君たちが間違えても仕方がない」

 少し困った顔をしてフィデル・アルハン議長は眉毛をコリコリと掻くと、俺の肩に手を当てた。


 「ともかくご苦労だった。真贋はともかくゴシマカスに侵入し、見事にヤツらの鼻の穴を空かしてやったのだからね」 


 座りたまえよ。と、目の前の席を指し示した。


 「本来なら作戦の成功を祝して……とやりたいところだが」手酌でクイっと飲む真似をする。

 「やりすぎてもらっては困る事もある」と俺を見据える。


 「脱出した時のことか?」

 西門の守備隊を『遮断』で無力化し、かけ寄せた守衛をすべて斬り伏せて突破した。

 他に方法はいくらでもあった。運び屋に任せても良し。地下水路を使っても良し。だ。


 「あれが一番ゴシマカスの武威が低下していると宣伝できる。国王の威信を傷つけたかったのさ」 

 たかが四、五人で防衛の要の城門を突破される。与える衝撃は大きい筈だ。


 「それが両国の緊張を高める事になっても?」

 構わなかった……と言うのかね。組み合わせた両掌に顎を乗せ、じっと見つめた。


 「もちろんそれも考えた上だ。ヤツらには何も出来ないと踏んだ。決められないからな。議会も王宮も混乱している。なら軍部は動けない」


 「それでも外交上は不利になる」


 「だが思い切った手を打って来れないのも確かだろう? 時間稼ぎをしている間に、魔人国と手を結べ。俺が仲立ちをしてやる」

 フィデルの目線を静かに見返す。


 フィデル・アルハンはふふふっと笑った。


 「いつ気づいた?」


 「指令書を見た最初からだ。では思いつかない。その上で俺にとっては良いチャンスだからな。俺の価値が高まる」

 いかなる感情も表に出さずに見返す。どう捉えるか……? 危険分子と捉えるなら、厄介払いされるだけだ。

 だが、それならフィデルと会うのは牢獄の面会室になる筈だ。そうでないと言うことは……。


 「随分と厚かましい客分だな……」と苦笑いしながらフィデルは目を据えた。


 「我らとゴシマカスが潰しあっている間に、魔人国が裏切ったらどうする?」

 フィデルは愉快そうに俺を見ている。

 「今度は魔人国とも戦わねばなるまい?」



 「それは魔人国に十分な利が無いからだ。ゴシマカスを分けどりするくらいの利と、ヒューゼンのワイバーン一体くらいの土産がいる」

 

 「飛行鞍の軍事機密も渡せと言うのか?!」

 少し驚いた顔をする。


 「ゴシマカスを制してしまえば今より五割領土と取り分が増えるんだ。価値にして五、六百兆インの価値はある。戦費、統治費を差し引いても、二、三百兆インの儲けだ。悪くあるまい?」

 事もなげに答えると、フィデルは額に手を当てて笑う。


 まだ踏ん切りがつかないか?


 「何より不公正な通商条約を結ばされているのだろう? いつまで俯いているつもりだ? アンタが死ぬまでか? それとも孫子の代まで引きずるつもりか?」

 今度は俺がフィデルを見据える番だ。国立図書館で学んだのはやたらと正義を振り翳すこの国の体面だけではない。


 「金儲けのために人民を戦争へ引き込むつもりか?」呆れ顔だ。


 「わかりやすい例え噺にしただけだ。その方が周りも説得しやすいだろう? ともかく、俺はゴシマカスを倒せれば、そしてそれで獣人が幸せになればそれで良い」


 博奕か……。

 フィデルの独白が口から溢れて沈黙が訪れる。その間も俺の目を見据えたままだ。


 見据えられた目線をフィデルへ返してやる。暫しの沈黙の後にフィデルが口を開いた。



 「カノン。君に頼みがある」

 フィデルが真顔になって俺を見る。


 「魔人国との仲立ちを手配して欲しい。君がライチ公爵と面識があるのは知っている」


 「承った。アンタが英雄となる日も近いと思うぞ」

 そう言って俺は笑った。

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