魔獣の森の洗礼


 「それじゃ遅いんだ」


 重ねて呟くコウ。

 「何を焦ってるんだ? 無理に素人が突っ込んで行っても、怪我するだけだぜ」

 

 「焦ってる? 違うんだよ。呼んでいるんだ。上手く言えないけれど、早くしないとやって来てしまうんだよ」


 「何がやって来るって言うんだ? もっと解り易く話してくれ」


 コウが困った顔をしている。


 いつもなら数字や背景を挙げて具体的な話をするヤツが、まるで幼児が昨日見た悪い夢を語るみたいに曖昧で、それを説明する事も出来ない自分に戸惑っている。


 暫く変な空気の中で互いに押し黙っていると、魔眼の映像を見ていたサラメが不意に声を上げた。


 「いつもならもっと奥にいる魔獣が山道まで溢れている。まるで何かに追われているようじゃ」


 うーむ。と唸りながら


 「そうじゃの。コボルトなぞ今まで森の中ほどで見かけるくらいじゃった。入り口で襲われるなんぞ……聞いたことがあるか? ノサダ?」


 ノサダは首を振り、映像を見ながら長い髭を摩った。


 「普段なら森の奥に行くほど、危険な魔獣が出るもんじゃ。奥に行くほど魔素が濃くなって行くからの」


 そう言って地図の山道をトントンッと叩いて、ここら辺だと続ける。


 「コボルトの群れクラスならここら辺、中盤といった所じゃ。それがここまで出て来ているとなると、森の奥の方で強力な魔獣が発生したのかも知れん。

 その上位の物から順に押し出される形で、森の入り口に中位の魔獣までが押し出されて来ている」


 と、すると……? 一同がノサダとサラメを注目する。


 「普段なら考えられない上位の魔獣が森の奥に発生したって事じゃ。どこまで役にたつかわからんが、魔獣避けの焚きドクダミ香を増やしておこう」


 ノサダによると、焚きドクダミ香の匂いを嫌がって中位の魔獣くらいなら寄り付かないそうだ。

 食料の匂いも多少誤魔化せるので、前回の様なコボルトの様な襲撃は回避出来る。

 だが上位の魔獣となると、人間そのものも餌と認識して来るので効かないらしい。



 「ワイバーンクラスで済みゃあ良いがな」

 ボソリと俺が呟くとノサダが目を見開いて首を振る。


 「ワイバーンクラスだと? これだから素人は困るっ」

 人差し指を立ててグルグル回しながら

 「ヤツらはAクラスの魔獣じゃ。たまに討伐肉が出回るから、弱いと勘違いするのも無理は無いが間違いなく天災級じゃぞっ」と顔を真っ赤にしている。


 サラメもフフンッ、と鼻を鳴らし

 「命あっての物種じゃ。探検だか捜索だか知らんが、冒険者でもAクラスのパーティーがやっと倒せるくらいじゃ。見かけたら即撤退じゃな」


 うむうむって目を瞑って頷いている。


 「『カグラ』で二匹倒したぞ?」俺が言うと


 「馬鹿言っちゃいかんっ、そんな話……?! そう言えば討伐肉が二体出たとギルドが言っておったな?!」

 ノサダとサラメが顔を見合わせる。


 「ここにいる魔導師コウ様と来た日にゃ、ワイバーン三体灰にしちまったぜ?!」


 「「ハァァァッ?!」」


 「俺もブラック・ドラゴン一体は倒したぞ。『カグラ』で討伐記録があるはずだ」


 「「ナァァァッ?!」」


 ハッハッハッとオキナが愉快そうに笑っている。


 「二人が驚くのも無理はない。なにせこの二人は魔導師コウと、勇者コウヤだからな。ワイバーンクラスは蹴散らしてしまうよ。

 だから安心してついて来て欲しい。我々には、お二人の魔獣の森の知識と探索の経験が必要だ」


 にこやかに笑うと二人に握手を求め、そのゴツゴツした手を大きな手のひらで包み込む。

 宜しいかな? と尋ねると、ノサダもサラメもニヤリッと笑う。


 「どうやらアンタらはただの依頼主ではなさそうじゃの? ワシらも伊達に『魔獣の森の狩人』と呼ばれておるわけではないわい。任せておけ」

 ドンッと胸を叩いてみせた。


 「さて、行程の計画だが……」

 と魔眼の映像を切り替える。山道に沿って魔眼を飛ばしている映像が再生された。


 「前回五キロ進むのに五時間ほど要した事を踏まえて野営地を決めた。一里塚代わりと言うべきかな。それぞれ第一キャンプ、第二キャンプと仮称しよう」


 大まかな山道を書き込んである魔獣の森の地図に、それぞれ◯が描かれていた。


 「おおよそこの辺りに野営用のゲルを設営できる平地があった。およそ五キロから七キロ間隔があるから単純計算で往路で三日、復路で三日、合計六泊七日の行程になる」

 そこでこれを見てほしい。

 と、山道の脇に書き込まれた種類と群れの数、記録された時間を指さす。


 「魔獣の種類で出現した時間がそれぞれ違う。

 魔獣同士が天敵と接触するのを避けるためだと思うのだが、これを利用して極力早くキャンプ地まで移動したい」

 

 ふーん。と頷いていた俺は気がかりな点を聞いてみる。


 「キャンプ地を襲撃されたらどうする? 

 平地の方が慣れているからなんとかなると思うんだが、ある程度広さはいるぜ」


 「四、五平方メートルってところだ。

 ゲルを設営すると戦闘できるほどの広さでは無い。だが足場があるだけ、光の矢ライトニングとライオットシールドで防衛陣は築きやすい」


 ノサダが「キャンプ地でドクダミ香を焚けば中位クラスの魔獣は近づいて来ん。交代でワシらが見張りをするから、野営も問題ない筈じゃ」


 と太鼓判を押してくれた。


 ◆◇◆◇


 翌朝まだ日の開けきれない早朝。

 キュンッ、キュンッ、と鳥の鳴き声がしている。気温は夏とはいえ、ちょっと肌寒いくらいだ。

 ギルドの前に集合した俺たちは点呼を終えると魔獣の森へ歩き出した。


 「うーん。コウヤ様っ、空気が美味しいね?!」

 隣のナナミが胸いっぱいに深呼吸している。


 「そうだな。清々しい空気っていうのかな? 新鮮だな」


 互いに目が合って微笑む。


 「コウ。この先の虫除けになるそうだ。この薬を擦り込んでおくと良い」

 マメなオキナは、コウに軟膏をつけてやっている。


 「あっ?! これ……ちょっといい香りがする」

 コウが手首に鼻を当てて、クンクン嗅ぐとにっこりと微笑んだ。


 「ケッ(みんな燃えてしまえっ)」


 ヤケ酒を死ぬほど呑んで二日酔いのリョウが、死人の目をしてこちらを睨んでいるが見なかったことにしよう。


 「おおっ! そうじゃっ! 出かける前にこれじゃ」

 焚きドクダミ香をノサダとサラメが袋から取り出すと、塩でも撒くように振りかけて回った。


 「「「臭いーーーッ」」」


 生ゴミが腐ってツンッ、とした匂いをばら撒いているのを想像して欲しい。

 ナナミとコウが悲鳴を上げていた。


 「これならコボルトだって鼻を摘んで逃げちまうぜ。なぁ? リョウッ」


 凄い顔をして山を睨んでいる。


 「リョウ?」


 目がグルリと裏返ると、口からNGなものがゴボゴボ吐き出していた。


 こ、これだけ効けば良いかも知れない。

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