戦う理由
「どうした? 大人しいではないか? 魔王コウヤ」魔王オモダルが鼻で笑った。
コンガの走馬灯を見せられた後、俺と魔王オモダルは真っ白な空間に投げ出されていた。
「俺たちが戦っていた裏側で、コイツらは這い上がろうとーーー」
「ハッハッァ、笑止。あの時、おまえは我になんと
その理不尽を乗り越えようとしている者を、お前は伐とうとしている。それこそ理不尽と思わんか?」
「何が言いたい?」
「理不尽とはの、『調和を乱すほどの発展』を望む限り付き物なのだ。やがて膨れ上がった欲望に、文明は崩壊する。
文明とは人間だけが安全に暮らせる装置だ。それもごく一部の人間の為にの。皺寄せは弱き者が被る。故に争いは絶えず、調和は乱れるばかりだ。
ならば壊すしかあるまい? 等しく分配する程度の世界に戻した方が良いのだ」
すっかり疲れていた。魔王オモダルの言葉がまるで真実の様に聞こえる。
「そっか……。俺が守ろうとしたものは、肥え太る一部の人の為の世界だったかーーー」
ガックリと肩を落とす。
「なかなか思う様にいかない訳だ」
そう言うと俺の周りを闇が包んだ。足元に道が浮かび上がり、その先に目をやると深い闇が遠くで渦巻いている。
コウと二人で滅びかけたゴシマカスも救った。その恩恵も、一部の人間が持って行くのだろう。
「なんだかな。疲れたーーー」
俺はゆっくりその闇へ歩き出した。
闇の中に細い光が見える。何かが揺らめいている。蝋燭の炎の様だ。
『コウヤ様っ、そっちに行っちゃダメェッ』
んーーー? 聞き覚えのある声が聞こえた。
誰だっけ?
なぁ、もう良いか? 少し疲れたんだよ。休みたいんだ。ほっておいてくれないか?
もう少しであの闇に消える。一度は死んだんだ。死ぬのは慣れてるさーーー怖くはないから。
そう思って闇に飲み込まれそうになった時、誰かに右手を掴まれた気がした。それは、力強くて優しく包み込む様で暖かだったんだ。
ふと右手を見る。リストバンドが巻かれていた。
(あれ?ーーー。これ誰かから貰ったヤツだよなぁ?)
繁々と眺める。
(誰だったかな? とても優しい波動が伝わって来るんだけど……)
大事な何かを忘れている気がする。
(なんだっけ?)
頬がポゥッと暖かくなった。
なんだっけ? そっと頬に手を添える。何だっけ?
『無事に帰って来てねーーー。じゃないと承知しないんだから……』泣きそうな顔の女の子が見てる。
(えーと。誰だっけ? あぁ、ナナミか。達者で暮らせよ。最後まで面倒見れなくてゴメンな)
歩き出そうとすると、また手を引かれる。振りかけるとポロポロと涙を零すナナミが見えた。
『そんな事、承知しないんだからッ。絶対許さないんだから。お願い、帰って来てーーー』
リストバンドに光る糸が見えた。辿ってみると、ナナミの右手にもリストバンドが巻かれている。
「しょうがねぇなぁ。ダメじゃないかナナミ。お前さんは、もう大きいんだから泣いちゃダメだよ」
『泣かしてるのは、コウヤ様だよ。行っちゃダメだよ。死んじゃダメなんだからッ、大丈夫って言ったじゃない。
戻って来るって約束したじゃない』
パチンッと頬を叩かれた気がした。『約束』かーーー。
ああーーー。そうだったな、お前がいたんだ。
ちょっと勘違いしてたわ。
理不尽がどうとか、人間がどうとか、言えるほど俺はご立派じゃない。
俺の為に泣いてくれるお前がいたんだ。お前と、お前の大事な人を守る。俺が戦う理由はそれで十分だ。
「戻んなきゃな.......」そう呟くが、戻り方がわからん。既に半分以上、俺は闇に飲み込まれていた。
『身勝手な事は許さぬぞ、魔王コウヤ。今更お前を戻したところで、お前の肉体は持たぬ。我の力を使って、この体を保たしておるに過ぎん』
「な......に?」
『言ったであろう? 力を示せと。人間の肉体のままで、あれほどの手傷を負って生きていると思うたか?』
「道連れって訳かい?」
『お前がそう望んだ。あと五分で良いとな。我が離れれば、お前の体は五分と持たぬであろうよ』
「なら、仕方ねぇな。ちょっと寝ててくんねぇか? やる事を思い出したんだ」
『何を
魔王オモダルが嘲笑し、念話も打ち切られようとした時、遠くから祈りの声が響いて来た。
「「「大地の恵み、大空の太陽、大いなる海を司る女神アテーナイ様。我らが命を守りたまえ。我が命はあなたと共にーー」」」
声がする方を見ると闇の中に浮かんでいた蝋燭ほどの光りが広がり始め、大きな輪となってクルクルと回り始めた。
その中に一心に祈る人々が映っている。
泣きながら祈るナナミの姿もその中にあった。その祈りの波動と共に、光が闇を駆逐していく。
『む? 闇が、我が闇が薄れて行くーーー。何じゃ? この光は? 祈りか? 祈りごときに何の力があろうか? 何のーーー時がきたのか?
ああ、そうであったかーーー暫しーーー休む』
魔王オモダルの気配が薄れて行き、心の闇が晴れて行く。真っ黒な闇は靄のように薄くなって月の明かりが辺りを照らしていた。
「戻れたのか? 一体どうなっている?」
体を少しずつ動かしてみるが、感覚がはっきりとしない。あたりをキョロキョロ見回してみる。
ちゃんと見たい所に目線が行く。
「どうやら、戻れた様だな。ーーーナナミのおかげなのかな? 帰ったらお礼を言っとくか」
なんだか寝ぼけている様だ。足元がふらつく。
「コウは? コウは無事か?!」
慌てて手槍を拾うと杖代わりにグラつく体を支えて、漕ぐように近づいて行った。
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