祈り

 『力が欲しいかーーー?』


 キックバックのせいで剣を握る握力も無くなり、足も止まった俺にあの禍々しい声が、語りかけて来た。魔王オモダルだ。


 『コウヤ。おまえの体を苗代なえしろに我は復活する。受け入れよ。このままでもおまえは死ぬ。ならば我と魔王として復活するのだ。としてな。

 悪くはあるまい?! ククククッ』

 

 「な?! 何が起こっている?」

 湧き上がる力の氾濫に、カノン・ボリバルがおののき後ずさって行く。ライガも、目を見開いて俺を見ていた。


 ◇◇ナナミの目線です◇◇


 時は少し遡り、カノン・ボリバルが王都を爆撃したシーンです。その頃ナナミは?


 掌がジットリ汗ばんでいた。

 獣人の来襲を告げるアラートが王都ド・シマカスに鳴り響き、私は学園のシェルターに避難していた。

 一般向けのシェルターだと、すぐに一杯になるからってコウヤ様が連れて来てくれたんだ。


 一般向けのシェルターと違い、学園のシェルターは広い。

 体育館くらいの広さで、それぞれ職員、教諭、学園の年次ごとに割り振られていた。

 とは言え学園のシェルターも、一般のシェルターに入りきれなかった都民を受け入れていて、かろうじて座れるスペースは避難の際に怪我をした人、お年寄りに割り振られ、先に来ていた私は奥の方へ追いやられていた。

 季節は春先で肌寒いはずなのに、人の熱気がこもって蒸し暑い。


 「コウヤ様、大丈夫かな?」

 アラートが鳴り響き、私を学園のシェルターへ送ってくれたあと『王宮へ行く』って言って別れたきりだ。


 ドォンッ! 爆発音がして、シェルターが揺れた。


 「ば、爆撃だッ」


 「王宮の方からだぞ?!」


 「王宮が? 王宮がやられたなら、もうーーー」


 「俺、母さんとはぐれたんだ。まだ、家にいるかも知れない。誰かシェルターの責任者はいないか? ちょっとだけ、家の様子を見てきたいんだ」


 「バカッ、もう一発落ちてきたらどうするんだ? 外は火災になっているかも知れんのだぞ」


 非常事態で怖いのは、流言飛語デマだ。みんなヒステリックになっているから、下手な言動はリンチに巻き込まれてしまう。祈る様に両手の指を絡めてギュッと握りしめた。


  そんな時、「あ、やっと見つけた。ナナミッ、こっち、こっちッ」ステラの声が聞こえた。

 キョロキョロ見回すと、ステラが人混みを掻き分け、こちらに向かってきた。

 「コウヤ様は?」あたりを見渡す。

 「王宮へ行っちゃった。緊急招集が、かかった見たい」

 『救国の英雄』と称される代わりに、そんな義務があるんだそうだ。そんなもの無くて良いのに。


 「なぁんだ、そうなんだーーー」

 ちょっとしょんぼりする。ステラも不安なんだろうな。


  「てめぇ、コラッ今踏んだだろッ」


 「そんなところで、寝そべってる方が悪いンスよ。ちょっとは周りの迷惑も考えたらどうっすか?」


 足を踏んだとかで中年のおじさんと、見るからに跳ねっ返りの若者が揉め始めた。

 「うぎゃ、うぎゃーーっ」

 大きな声に驚いて、赤ちゃんが泣き始めた。お母さんが必死になって宥めようとあやしている。


 「うるせぇゾッ、そこッ。黙らせろよ」

 不安が伝播し始めた。どうしよう?! 騒ぎが伝染したらパニックが発生する。

 何を考えたか、ステラが急に立ち上がって両掌を拡声器の様に口に当て避難している人達に声をあげた。


 「みなさんッ、落ち着いて下さいっ。不安なのもわかりますが、今、一番怖いのはみなさんがパニックになる事です、救国の勇者コウヤ様が、獣人達を追い返していますから、安心して下さいッ、もうしばらくの辛抱ですッ」


 「あ?」


 「何言ってんの? 今関係無いじゃん」


 中年のおじさんと、跳ねっ返りの兄ちゃんがこちらを睨んでいる。


 「もし、今私達がここでパニックになったら、命懸けで戦ってくれているコウヤ様達に申し訳無いと思いませんか? だから、少し落ち着いて下さい。二人とも」


 そうだ。あの人は命懸けで戦ってくれているんだ。


 「お願いしますッ、あの人みんなの為に戦っているんです。みんな不安と思いますけど、落ち着いて信じて待ってくださいっ」

 そう言って、私も頭を下げた。


 憲兵が走ってくる。

 「先程の爆音は、火薬庫での事故だッ! 安全を確保するまで、都民はこの場に待機せよとのウスケ閣下のご命令だ。騒いだり、この場を動こうとするものは暴徒と見なし拘束するッ! 繰り返すーーー」

 鋭い目線であたりを睨みまわす憲兵に恐れを成し、みんな黙り込む。

 しばらくすると、給水と食料の配給が始まり少しみんな落ち着きを取り戻してきた。

 

 爆音が響いて、四、五時間は経過した頃。

 「もう、だいぶ経ったよなーーー」誰かがポツリと呟いた。新しい情報は何もなく、ジリジリと時間だけが過ぎてゆく。

 不安になるのは皆同じだ。自然と壁に描かれている女神アテーナイのレリーフに目が行った。

 誰からとも無く、祈りの言葉がささやかれ出す。


 「「大地の恵み、大空の太陽、大いなる海を司る女神アテーナイ様。我らが命を守りたまえ」」

 小さな頃から誦じていた祈りの言葉だ。

 「我が命は貴方とともにーーー」と唱えた時、私は急に目の前が真っ暗になった。リストバンドが黒く変色している。真っ暗になった私の意識は導かれる様に、女神アテーナイのレリーフに溶け込んで行った。

 

 目の前に薄く光る玉がある。どんどん近づいて行くと、見知らぬ凸凹した広いグランドを見下ろしていた。

 いや、これはーーー。飛行場だ。

 更に近づいて行くと、コウヤ様が獣人に囲まれて立っていた。はっと息を呑む。だって、その姿は血塗れで、口と言わず、目と言わず出血していたんだよ。


 「コウヤ様ッ」思わず声を上げる。コウヤ様は私の声に気づいたのか、ゆっくりとこちらを見た。

 血塗れの口を拭うと、ニッコリ微笑んだ。何も言わずクルリと踵を返すと、何処かへ歩き出そうとする。


 「待ってッ、待ってったらっ、コウヤ様」

 コウヤ様は振り返りもせず、ただ背中越しに手を振る。歩いて行こうとするその先は真っ黒な闇が広がっていた。

 「ダメッ、ダメだってばっ! そっちに行っちゃダメーーーッ」

 声を限りに叫んだ。コウヤ様の姿がぼやける。突然シャッターを下ろす様に、全てが真っ暗になった。

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