乙女の思いとレモンパイの香りと

 獣人たちの反乱が王都を覆いはじめたーーー

んだけど、そんな事はお構いなしに私はステラ相手に恋愛相談こいばなをしている。


 だって私にとってはこっちが重要なのだ。

 なんてったって私の将来がかかってる。

 

 「秘策がありますわーーー」

 ステラはニヤッと笑った。


 「今、コウヤ様がどこにいるかご存知?」


 「王宮の『時の間』でしょう?ーーー確か

なんかの訓練って言ってた」


 「ーーー私『誰にも言うなよ』ってリョウ

様から言われたのですけどね......!?」


 リョウのヤツちゃっかりステラと連絡取りあっていたのか?!


 ステラはふふふって笑った。

 「乙女には乙女の戦い方がありますのよ」

 そう言って腰に手を当てた。


◇◇◇コウヤ目線◇◇◇


 外の世界の一日は、時の間の一週間にあたる。

 既に時の間での訓練はひと月になった。

 俺たちは『毒霧』を想定した幻覚魔法げんかくまほうに振り回されていた。


 「フゥゥンッ!」

 また俺の剣が空を切った。


 背中から冷たい風を感じる。

 そのまま敵(?)影に向かって飛んだ。

 ビュッ! シュンッ! 片手剣と大野太刀が背中をかすめて通り過ぎていく。


 「こんのッ!」

 立ち上がり様剣が振われたあたりを切り裂く。何も無いはずの空間が赤く光って人影が露わになった。


 「どりゃぁぁぁッ!」

 辺りの空間を滅多やたらに切り裂く。

 ハァ、ハァ、ハァーーー

 「さ、さすがに息が上がるぜ」


 『毒霧』が厄介やっかいなのは目の前の風景も、時間も、敵影すらも脳が錯覚さっかくした幻って事だ。


 索敵さくてきも同じだ。これに近い形で王宮魔導師おうきゅうまどうし幻覚魔法げんかくまほうを展開していた。

 

 ビッ、ビッーーーーッ!

 ブザーが鳴り響き目の前の映像が消えた。


 「ハァ、ハァ、も、もう終わりかい?」


 「お疲れ様でしたーー」

 カミン・デュース諜報官が近づいてきた。水とタオルを手渡してくる。俺は辺りを見回したが誰もいない。


 「ーーーん? また俺だけになっちまったかい?」

 汗をきながらたずねると

 「残念ながらーーー」

 カミンが苦笑いを浮かべて答えた。

 「この状況にかろうじて対応できているのはコウヤ様だけです」


 対応できているわけではない。で戦っているだけだ。襲ってくる敵が放つ一瞬の殺気に反応して斬り返していた。これを説明しても皆の反応はイマイチだ。


 「殺気は感じますが、目の前の敵のものだとばかりーーー。殺気が発せられる方向までは感じ取れないです」

 サンガ中尉もシン上等兵も同じ意見だ。

 「ここまで『毒霧』が厄介やっかいだとは思いませんでした」

 解析を担当するレモン・デュース情報官が資料を見ながら近づいてきた。

 既に演習で全滅ぜんめつしたのは十回を超える。


 「コウヤ様は最初からこうなるとわかってらっしゃったのですか?」

 彼女が言っているのは、コウから紹介してもらった初日に『毒霧』とそのつかい手、コンガを調べて欲しいとお願いしていた件だ。


 「ある程度はなーーー。だが正直ここまで厄介やっかいだとは思ってなかったよ」訓練用の剣をさやごとベルトのストッパーから外して預ける。


 渡された解析資料かいせきしりょうに目を通すと開始から五分を待たずに救出側が全滅している。いずれも敵を誤認ごにんし背後から攻撃されて全滅していた。


 「なぁ、サンガさんよ。良い知恵ないかい?」

 ここはやはりプロに聞くべきだ。

 「我等も今までの戦い方が通用しないとなるとーーー」

 サンガ中尉も苦い顔だ。


 (あーー。完全に手詰てづまりだなーーー)


 「コウはどうしてる?」


 「コウ大佐はオキナさんの資料室に手掛てがかりがないか探しに行くと伝言がありました」

 レモン情報官が答えてくれた。


 「獣人の連中が収容所を襲ってる件も気になるみたいで王宮にも顔を出すそうです」


 (そっかーーー大変な事になっていなきゃ良いがな)


 ナナミの顔が浮かぶ。

 学園にいる限り大丈夫とは思うが気がかりだ。


 「あと一つ。コウヤ様にお届けものがありました。宿舎に預けてますので確認ください」

 ニヤッと笑った。

 「ナナミ様とおっしゃる方からです。綺麗きれいな方ですね」そう言って去っていく。


 「なんかあったかな......?」

 とりあえず今日はここまでだ。挨拶を済ませて宿舎に戻る事にした。


◇◇◇

 シャワーを浴びてリビングのソファに深々ふかぶかと腰を下ろす。訓練の疲れでそのまま横になってしまいたい。メイドの皆さんにお茶だけ出してもらうと下がってもらった。


 「そうそう!」

 ナナミからお届けものがあるんだった。食事のあとお礼はさせてもらうと言ってたな。


 ガサゴソと包み紙を開けると『レモンパイ』と書かれた箱と手紙。そしてナナミを写した写真が出てきた。

 ぐうッと腹が鳴る。小腹がいていた。


 夕飯にはまだ時間もあるし味見でもしてやるか?!

 箱を開けるとレモンのさわやかな香りがした。

 サクリッと頬張ほおばるとレモンの酸味と蜂蜜はちみつに漬け込まれたレモンの甘味が同時に襲ってきた。


 「んんまいッ! 美味うまッ!! ナナミのヤツお菓子まで上手になったんだなぁ」


 疲れた体に酸味と甘味が心地よい。

 二口、三口、頬張ほおばっていく。しめめるたびにレモンの香りが口と言わず鼻と言わずいっぱいに広がった。


 騎馬を乗り回していた頃からすると、想像もつかない。


 「へぇぇッ、女の子らしくなってきたじゃん!?」

 手紙にはこの前の食事のお礼と

 『獣人たちが襲ってくるって聞くと怖いけど、私は強いから心配しなくて大丈夫だよ』って書いてあった。


 『コウヤ様もケガしない様に気をつけてね、もしケガしたら私泣いちゃうから! それとステラの事だけどリョウの事結構気にしてるかも?! 案外上手くいったりしてね(笑) コウヤ様が落ち着いたらまたお食事に誘ってね。コウヤ様が大好きなナナミより』


 ーーーだって。カワイイ事抜かしやがる。


 思わず顔がほころぶ。写真を見ると微笑んでいるナナミが写っていた。

 ウラを見ると『大好きだよ』って書いてある。


 香水を振っているのか甘いレモンの香りがした。口の中でモゴモゴしてるレモンパイの匂いかもしれんがーーー。


 匂い?! ーーー何かが頭の中にひらめいた。

 匂い......?! どうして俺だけが『毒霧』状態の中で対応できた?

  だとばかり思っていたが、闘気をまとわせていたからじゃないか?! 

 闘気をまとわせると全身の五感が三倍に引き上げられる。俺は敵の『匂い』に反応したんじゃないか?! 


  獣人部隊の連中も『毒霧』の中で魔人たちを殲滅せんめつしていたと記録にあった。奴らも『匂い』を頼りに敵を探知していたのではないのか?!


 獣人は人間の何倍も嗅覚きゅうかくが優れている。だから『毒霧』に惑わされる事もなく戦えたのかもしれない。


 「でかしたっ、ナナミッ」

 俺はガバっと立ち上がると訓練所の解析室かいせきしつまで走り出した。

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