獣人 カノン・ボリバルと言う男 その一

◇◇カノン・ボリバル目線◇◇


 パチンーーッ、ムチの音が聞こえる。

 またあの夢だ。


 「とっとと働け!おまえにどんだけ払ったと思ってるんだ!?」髭だらけのクソオヤジが喚いている。


 ガキの頃オレはまるで奴隷だった。

 狼属獣人の戦災孤児でここに売られて来た。

 どれだけ働いても休むことは許されない。腹も減りっぱなしで体に力が入らない。

 憎しみも悲しみも擦り切れて、ただ餌のような飯の為にヨロヨロと立ち上がる。荷駄屋の積み込みに朝から晩までコキ使われていた。


 「おいっ、そんな小さな子を叩くな。この荷を積み込めば良いんだろ?! オレがやっとくから」

 トクさんだ。

 中年男だがガッシリとしていて、腕なんか松の幹くらいある。強面なのに誰にでも優しかった。


 この人はニンゲンのクセに獣人にも優しい。

 「ほれっ、これ食っとけ」とコッソリ蒸した芋をくれる。

 朝から何も食べていなかったから味も塩っけもない芋が、とてつもなく美味かった。


 「ふぅっ、コリャ大人でもキツイぞ。坊主、よく頑張ったな?!」


 首から下げた手拭いで汗を拭きながら、トクさんが近づいて来た。


 「ア、アリガト、アリガト」

 片言のニンゲンの言葉でお礼を言う。


 髭だらけのクソオヤジが「その子の給金から引いとくからな! おまえが勝手に手伝ったんだ。おまえが積んだ分は給金は無しだ」

 と忌々しそうに毒づく。


 「獣人なんかかばうからだ。ったくーーー。人間の倍働くって言うから買ったのに、一杯食わされた。半分も働きゃしねぇ。飯ばっかり一人前に食らいやがってっ」


 給金と言っても寮費やら食費を引かれて、手元には殆ど残らなかった。

 ただ、死なないために生きていた。


 「だってよ?!」ニヤッとトクさんが笑う。


「なぁ、坊主! 命に人間も獣人もありゃしねぇ。みんな平等に生まれちゃあ死ぬ。だが、生きてるって事はまだ先があるって事だ。辛くっても生きてりゃ、そのうち芽が出る。それを信じろ。そのうちーーーそのうちだ」


 カカカカッと変な笑い声を上げてオレの頭をワシワシなぜる。優しい人だった。


 『トクさんっ、招集がかかった。魔王討伐だ』


 『勇者タガと一緒に戦えるって名誉だろ』


 『でもよっ、大丈夫か? 魔王オモダルって強えんだろ?!』


 『なぁに、魔導師カミーラも一緒だ。負けるはずがねぇ! 朝から号外出てたぜ』


 俺が十四歳の時だ。

 大人たちは沸き立っていた。徴兵は十六歳からだったから俺は免れた。不安になってトクさんに尋ねる。


 「ホント? ダイジョブ?」


 トクさんは松の幹のような太い腕をバンバン叩いて笑った。

 「心配すんな、坊主。魔人の一人や二人くびり殺してくれる」

 カカカカッと、いつもの変な笑い声を立てた。


 そんなトクさんが帰ってきた。魔王オモダルの討伐は失敗した。トクさんは白い箱に骨になって帰って来た。ドッグタグ(軍の認識表)と一緒に。


 「ナンデ? トクサンイナイ?」

 大人たちに聞いても皆押し黙ったままだ。


 俺は十六歳になった。軍に志願した。ここよりマシな飯が食えると聞いたからだ。


 魔王オモダル戦の後講和条約を締結しても、魔王軍の侵攻は収まらなかった。


 バンバンッ、バンバンッと目を覆う閃光と焦げ臭い匂い。あちこちで悲鳴が上がり、押し寄せる黒い塊が迫ってくる。

 魔王軍だ。黒い軍服に統一され、調教されたアースドラゴンを背に一面を恐怖に染めて侵攻してくる。


 「歩兵、接敵用意っ」


 小隊長から号令がかかり、俺は腰から大野太刀を引き抜いて身構えた。

 ライオットシールドを地面に突き刺す。


 目の前が真っ白になった。ブラック・ドラゴンのブレスだ。あたり一面を焼き尽くす灼熱のブレスが頭上を走って行った。

 薄い白い膜が展開され、炎が逸れて行く。後衛の魔導師が、シールドを張ってくれたようだ。


 「接敵まであと五十、弾幕を張るっ。弾幕が途切れたら突撃せよ!」小隊長の声がする。


 俺たちの頭上をライトニングの閃光が走る。

パパパパパパーーーッ!

 敵のシールドが反射して弾け飛んだ。


 「今だっ、突っ込めぇぇー!」


 「「「ウォォォォーーーー!」」」

 気が狂ったように吠えた。

 ライオットシールドを片手に突っ込んで行く。


 ーーー後はもう無茶苦茶だ。

 敵味方入り乱れて乱戦になる。上から視線を感じた。魔人が一人辺りを睥睨へいげいしている。

 アイツが指揮官あたまか!? なら頭を潰してやるっ。


 走りよるとアイツは左手を翳した。

 『魔法がくるっ』そう思って身が縮み上がった。だが、逃げ場などどこにも無い。


 (そんなものーーー無くなっちまえ!!)


 『遮断』ーーー。意味不明な言葉が浮かんだ。

 アイツの顔が歪む。何故か魔法は発動しない。

 もう無我夢中で切り込んだ。気がつけば足元にソイツが倒れていた。


 「......?! 俺? 俺がやったのか?」

 呆然と立ちすくむ俺の横で、仲間が叫んでいる。


 「敵将っ、カノンが討ち取ったゾォ!」


 「なぁ、何いってるんだ?」


 「おまえが討ち取ったんだッ、俺が見ていた。

 貴族でも、勇者でもない獣人カノンが、獣人が、敵将を討ち取ったゾォーーーー」


 それは獣人というだけで差別され、前線に配置され、抑圧された憤怒が混じって怨嗟の声に聞こえた。


 「俺が、俺がやったのか......?」


 いつもここで目が覚める。もうあれから十年も経つ。俺には異能『遮断』がある。

 これを使って俺は、獣人おれたちは自由と平等を手に入れるんだ!


◇◇コウSide◇◇


 オキナの伝言通り、防衛大臣ムラクと面会に来ていた。

 「オキナをさらったのはコイツらだ。『自由と平等の戦士』テロリストだ。犯行声明が届いた」一束の報告書と、一枚の反抗声明を机に滑らせてよこす。


 『何故? 何の為に? オキナを攫った?』

 報告書を食い入るように目で追う。


 一番下の一文に釘付けになった。この男『カノン・ボリバル』は魔法を『遮断』する。私は言葉を失った。


次回 獣人 カノン・ボリバルと言う男 そのニ

私は冷たい汗が流れるのを感じた

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