のっとり

@mkdmi

のっとり

 だんだんしゃべっていくうちに舌が勝手に回って自分ではないものが言葉らしきものを発していく様を自分のなかに観察することがある。このあいだパワーポイントをいじりながら人に話をしていたときがそうだった。もはや自分の喉や口から発される言葉になんの意味を聞き取ることもできないくらいでその声は音そのものみたいに感じられはじめていた。その現象自体にはもう珍しさもなにもなかった。

 しかしこと奇妙に感じられたのはその音のつらなりにまじまじと耳を傾ける少なくともそうした素振りをする聴衆の表情だった。そしてもっともらしくうなずいたりメモをとったりする。とったメモとて所詮は落書きかなにかじゃないかと思ったら質疑応答にあたってはそのメモに目を通しながら理のある質問をしていた。質問に答えたかどうかはさだかでない。質問が発された後に声を出したことだけは覚えている。だってなにしろそこでもまた音が喉からたらたら漏れ出しているだけのように思えたから。

 現状人前で話すことが生業であることもあってこうした現象があまり繰り返し起こっていくと困る。校正ができない原稿のようだ。どうしようね。それも工夫のしようかもしれないと占い師とカウンセラーの中間みたいな人に相談したとき言われた。まず声の出し方を変えてみることだ。声帯が自動化するのに抗うのがいい。

 喉の奥の方を少し締めて眉間からビーム出すみたいに声を出してみましょう。ほほの肉がつりそうになりながら読み上げてみた。だんだんしゃべっていくうちに舌が勝手に回って自分ではないものが言葉らしきものを発していく様を自分のなかに観察することがある。このあいだパワーポイントをいじりながら人に話をしていたときがそうだった。もはや自分の喉や口から発される言葉になんの意味を聞き取ることもできないくらいでその声は音そのものみたいに感じられはじめていた。その現象自体にはもう珍しさもなにもなかった。しかしこと奇妙に感じられたのはその音のつらなりにまじまじと耳を傾ける少なくともそうした素振りをする聴衆の表情だった。そしてもっともらしくうなずいたりメモをとったりする。とったメモとて所詮は落書きかなにかじゃないかと思ったら質疑応答にあたってはそのメモに目を通しながら理のある質問をしていた。質問に答えたかどうかはさだかでない。質問が発された後に声を出したことだけは覚えている。だってなにしろそこでもまた音が喉からたらたら漏れ出しているだけのように思えたから。

 現状人前で話すことが生業であることもあってこうした現象があまり繰り返し起こっていくと困る。校正ができない原稿のようだ。どうしようね。それも工夫のしようかもしれないと占い師とカウンセラーの中間みたいな人に相談したとき言われた。まず声の出し方を変えてみることだ。声帯が自動化するのに抗うのがいい。

 書かれた文章を読み上げていくと不思議と自分が自分になっていくような感じがあった。変な声も愛嬌というか。毎週カラオケボックスに通ってできるだけ大きな声で読み上げを続けていくことにした。くわしいことはわからないが喉に筋肉がついていくようでちょっとした筋トレのようにも思えてきた。そのうちひとつの声ではあきたらなくなってきてまたひとつまたひとつと声のバリエーションを広げていった。声帯に意識を集中するようになって声帯の自動化はおさまっていったがかわりに言葉をつむぐこと自体ができなくなりはじめていた。話しているなかに擬音や舌打ちや頬を叩くジェスチャーが増えていった。しゅっ! パン! チッ! パチン! そのうち言葉につまると聴衆のほうが掛け声をかけてくれるようになった。オーディエンスとのアツい交感のようでもあり大喜利のオチをかっさらわれる噺家のようでもあった。

 言葉をうしないつつある過程にはずっと心地よさがあった。二度と組合わないピースの集まりへと自分が日々くだかれていくようだった。やっきになって砕いていたのかもしれない。出せる声はあくまで自分なりにカウントした限りでは82種ほどになっていた。それぞれに微妙なニュアンス違いが含まれるため数えようによっては867種と言えなくもなかった。ピッ! ピピン! ピッ! こりこりと首を鳴らしながら甲高い声を出すとついに言葉は

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