浜本の苛立ち

 浜本が御供に罵詈雑言をぶつけた教誨の前日、竹内英輔弁護士が磯原拘置所を訪ね、浜本と接見していた。

「どうも、アメリカ上院外交委員会のフィリップ・ハーン副委員長がお忍びで来日しているようなのです」

 浜本は目を丸くした。驚いたというより、なぜ竹内弁護士がこのような話題を持ち出したのかピンと来なかった。

「それが何か? 政治家だって外遊したいだろう」

「これまでハーン氏は公的に来日していました。そして決まって同民党の櫻井幹事長と会っていたのです。アメリカの外交策について、言わば口利きをさせてきたのですよ。ところが昨今の櫻井幹事長はアメリカの意向を法案に盛り込ませることには消極的です。このタイミングでハーン氏がお忍び来日して、櫻井幹事長以外の人間と会っているとすれば……考えられるのは、櫻井潰しの工作ですよ」

「櫻井幹事長が潰されたらまずいの?」

「浜本さん、あなたの刑執行を留めているのは笹川元法相が櫻井幹事長に泣きついているからです。その櫻井幹事長が栗本法相を力づくで抑えていることであなたの首の皮がつながっているんです」

「つまり、ハーンとやらのせいで、俺の首が危ないと……」

「間接的に言えばそういうことになります。何しろ、栗本法相の支持者はあなたの刑執行を望んでいるわけですから、少しでも櫻井幹事長の力が弱まれば、刑執行は時間の問題です……あ、いや、もともと時間の問題でしたか」

「……なんとかならないのか」

「なんとかしようにも相手が大きすぎる。今は、栗本法相の周囲の心証を良くしていくしかありません。……教誨での浜本さんの態度はあまり芳しくないと聞いています。どうか、形だけでも殊勝に振舞って下さい」


 接見直後、浜本は竹内弁護士の言う通りにしようと思った。しかし、翌日の個人教誨で御供の顔を見た途端、そのストレスが一気に吹き出した。

(どうしてこいつは、こうも俺の苛立ちを引き出してくれるんだ!)

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