御供と浜本 その5
「薮内なつみさんに、会って来ました」
御供が言うと、浜本の眉が一瞬動いた。しかしすぐにそれを取り繕うように不遜な態度を取った。
「ふん。どうせまた嘘ばっかりついてたんだろ」
「嘘かどうかはわかりませんが、若い頃のあなたのことを『純粋だった』と言っていましたよ」
「純粋? 要するにおめでたい奴だったって事だろ。そんな状態のままやって行けるわけねえからな、あっという間に踏み尽くされてドロドロになったさ」
御供は一息ついて話し続けた。
「先日、ここで洗礼式がありましてね。それこそ水で清められて純粋になったようでしたよ」
すると今度は浜本が鼻先で冷笑した。
「……知ってるよ、古川晋也だろ。あんなイノセンス野郎、もともと大して汚れてねえだろ」
「人間誰しも原罪がありますから、生まれつきピュアだなんてありえません」
「ふん。原罪だかどうだか知らねえが、……あいつ、やってねえな」
「……え?」
「冤罪だ。少なくとも死刑に値するようなことをやっているとは思えない」
「どうしてそう言い切れるんです?」
「あいつ、弱っちくて見るからに童貞だろ。そんな奴に強姦殺人が出来るかよ」
「お言葉ですが、普段大人しい人が残虐な凶悪犯罪を犯すケースは少なくありませんよ」
「優男が出来心で人を殺せてしまうことはあるだろう。しかし童貞が強姦などありえない。言ってみれば、素人が大リーガー投手の球を打ってホームラン決めるようなものだ」
たとえがぶっ飛び過ぎて御供にはピンと来なかったが、何となく言わんとすることは分かった。
「でも、殺人事件ですから当然司法解剖もされましたよね。死刑判決を受けたわけですから、それ相応の説得力のある物証も揃っていた筈です」
「単純な奴だな。一流のマジシャンが壁を抜けたら、魔法を使ったとでも信じるのかよ」
「えっ、つまり真犯人が手品を使って古川さんに濡衣を着せたと……」
「たとえは幼稚だがまあ、それに近いことをやっている可能性はある。プロなら並大抵の捜査の目をくらますくらいわけないだろう。もちろん最先端の科学警察技術を使われたら見破られるだろうが、そう持っていかれないように仕向ければいい」
「どうやって?」
「捜査側に古川が犯人だと思い込ませるんだ。人間、一旦思い込むとそれに都合の良い情報しか見たがらないもんだ。実際、証拠捏造みたいな小細工よりも、そういう心理的な工作の方が功を奏するものだ。……殺人犯としての経験から言うとな」
浜本は薄気味悪い笑いを浮かべた。話の内容が内容なので、刑務官が割り入って止めた。御供も浜本の話に空恐ろしいものを感じつつ、古川の冤罪への疑惑を強めていった。
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