古川の洗礼

 古川晋也の洗礼式が、拘置所内で執り行われた。拘置所には全身を沈める洗礼槽などというものはない。それゆえ受刑者が洗礼を受ける場合、施式者の指先から受洗者の頭に水を垂らす、適礼を施すのが通常だ。しかし村山教誨師の意向により、空気式の簡易水槽を浴室に持ち込み、そこで全浸礼による洗礼が行われることになった。

 また村山によれば、洗礼には証人として複数人の信者の立ち会いを必要とするとし、御供も立ち会うことになった。

「古川晋也兄弟、あなたはイエス・キリストを自分の救い主であると信じていますか」

「はい」

「ではこれより父・子・聖霊の名により証人たちの前で洗礼バプテスマを授けます」

 村山が古川の背中を支え、ゆっくりと水中に浸した。そしてすぐさま起こし、「ハレルヤ、汝の罪は赦されたり」と宣言した。


 設備こそ異なるが、御供にとってその洗礼式は見慣れた光景そのものだった。しかし古川がまるで罪を知らぬかのようにそこに存在しているのを感じた。一応立ち会った者として、御供は古川に声をかけた。

「受洗おめでとうございます。これからあなたの生涯に主の祝福と恵みが豊かにありますように」

 古川は感謝の意を表すように頭を下げた。御供は自分で言いながら、刑の確定している古川に対して不適切な発言であるように思えた。同時に、まるで無垢で朴訥な古川に死刑を施すことが不条理に感じられた。その時御共の心の中に、何か腑に落ちない疑惑が宿った。

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