御供と浜本 その4
浜本は相変わらず挑戦的な態度で御供と対峙する。すなわち、腕組してふんぞり返り、馬鹿にした目つきでニヤけながら相手を凝視した。
「あんた、神っていると思うか?」
「当たり前じゃないですか」
「当たり前? じゃあ聞くが、神がいるならどうして俺みたいな極悪人がのさばってるんだ? 神が正しくて全能なら、放っておかねえだろ。子供が悪いことしているのに親が見て見ぬ振りをすれば世間は何と言う? ネグレクトだ、責任放棄だって大騒ぎするぜ」
「決して放置などしていません。神は愛だから、あなたが真に悔い改め、神の懐に戻って来るのを忍耐して待っておられるのです」
ところが浜本は何も言い返すことなく、しばらく宙に目を泳がせた。教誨室の壁までは数メートルほどだが、浜本の目の焦点はそれより遥かに遠くに合っていた。そしてそこに目を置いたままボソリの呟いた。
「……愛ってなんだ?」
「え?」
それはほとんど聞き取れないほどの小声だった。御共に対してではなく、どこかに潜む何者かに語りかけているようだった。
「あんたに聞く。聖書が教えている愛ってなんなんだ?」
「聖書で愛と訳されている言葉には
「じゃあ、俺は一番その高尚な愛の持ち主だってことになるな」
「なぜそう思うのですか?」
浜本は顔をぐいと近づけた。
「俺が娶った三人の女たちはな、世間の男たちが相手にしないようなブスだったんだよ。ところが俺は醜い女たちと結婚した。本当の愛があったってことだろ。だからさ、あんたが思ってる通り、神はいるんだよ。一見極悪人のようで、愛のある俺を神はちゃんとわかってるんだ」
「それは……愛などではなく、欲望の対象として受け入れたということでしょう。あえてギリシャ語で言うなら、
そう……無垢なる少年時代に抱いた異性への理想、それも突き詰めてみれば
「おいおい、そんなのは昔の偉い人が高尚ぶって線引きした教えだろう。そもそもあんたたち宗教家は神から直接話を聞いたわけじゃないのに、どうして神の教えなどと
「そ、それは……」
「一応言っておくが、俺は神がいないとは思っていない。また、ニーチェのように神が死んだとも思っていない。ただ、人間が神にコミットできるとされる、全ての手段を俺は否定するんだ。もし人が神に会ったなんて言うやつがいたら、そいつは騙されて盲信者となっているかペテン師として騙しているかのどちらかだろう。そういう連中はイエスを
浜本は高笑いした。その屈辱はこれまで御供が浜本から受けていたものとは、全く違う種類のものだった。
しかし反論出来なかった。御供自身、確信が揺らいでいたのだ。
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