第76話 初等部、行きます①

 冬の寒さも緩み始め、待ってました! とばかりに、この辺りの草木は早くも春の新芽を出し始めている。

 俺達が屋敷の敷地内に作っていた図書館も、まだ問題があるものの何とか形になっていた。公爵家の庭には新しい図書館棟も建ちつつある。

 一般開放も始まり、恐る恐るではあるが、一般市民も利用してくれているようである。

 ゆくゆくは誰もが気兼ねなく使ってもらえるようになるといいなぁ。

「春になるのが待ち遠しいですわ」

 クリスティアナ様がご機嫌な様子で春を待ちわびている。それもそのはず。この春から俺達は9歳になるため、初等部に通うことになるのだ。

「そんなに学園に行くのが楽しみ何ですか? 私は自分の時間が減るので、あまり楽しみではないのですがね」

 それに、初等部の先の高等部では魔王フラグが待っている。行きたくないと言うのが本音だ。

「だって、ようやくシリウス様を私の婚約者として、みんなに紹介できますもの! 待ち遠しいに決まってますわ!」

 頬を赤らめて宣言するクリスティアナ様。その様子は大変可愛らしいのだが、ひとつ、訂正しなければならないようだ。

「でも、私とクリスティアナ様の通う学園はお互いに違う学園ですよね?」

「え?」

 やっぱり知らなかったらしい。クリスティアナ様がピキリとまるで氷の彫像のように固まった。

 春から違う学園に通うことになるのに、クリスティアナ様が何も言わなかったことに疑問を持っていたのだが、どうやら知らなかったようだ。これはまたひと波乱あるな・・・。

「ど、どういうことですの!? シリウス様は由緒正しき高位貴族が通う、王立学園初等部に入学するのではないのですか?」

「ああ、それなんですが、領民との人脈を広くしておいた方が将来の役に立つと思いまして、領立学園初等部に通うことになっているのですよ」

「な、なんですってー!!」

 クリスティアナ様が悲鳴を上げた。あまりの音量に屋敷中の人達が、なんだなんだ、またシリウス様が何かやらかしたのかとやって来た。

 ひどい。俺まだ何もやってないのに。

 予想通り、クリスティアナ様がわんわんと泣きだした。俺はすぐにクリスティアナ様を抱き寄せてあやしたのだが、やっぱりシリウス様が原因か、とみんなに見られた。どうしてこうなった。俺はただ、フラグを回避したいだけなのに・・・。


「クリピーもシリウスの学園に来ればいいじゃない」

「それかねぇ、そう簡単にもいかないのよ、フェオちゃん。クリスティアナ様はまだ正式にシリウスと婚姻を結んでいないから、今はまだ王族扱いなのよね。その王族が地方の学園に通うのは、公平性を欠くからと言って許されないのよ」

 お母様がその理由を説明してくれた。その説明に納得したのかどうかは分からないが、フェオは、人間って面倒くさい生き物ね、と言っていた。

「そうなると、シリウスが王立学園に行くしかないのよねぇ」

 チラリと俺を見た。俺の腕には絶対に逃すまいと、クリスティアナ様がベッタリとタコのようにはりついている。

 クリスティアナ様の側仕えが説得を試みているようだが、聞く耳を持たないようだ。いつの間にこんなに頑固な子に・・・。

「シリウスはなんでそんなにクリピーと一緒にいたくないの?」

「いや、違うから。クリスティアナ様と一緒にいたくないとかじゃないから」

「じゃあ、いいじゃん」

「え?」

「じゃあ、クリピーと一緒でもいいよね?」

 どうしてそうなるのか。その理由をフェオに小一時間ほど問い詰めようとすると、

「あたしもクリピーと離れたくないもん」

「マスター、私もお姉様と離れたくない」

「フェオ! エクス!」

 クリスティアナ様は二人と抱き合った。いつの間に三人は友情を育んでいたのか。お母様の方を見ると、諦めなさい、とその顔に書いてあった。フラグが、魔王フラグが・・・。

「分かりました」

 俺は了承するより他なかった。

 クリスティアナ様を悲しませるつもりなど、最初からなかったのだ。こうなることが予測できていた時点で諦めれば良かったのだが、魔王フラグを恐れるあまり、俺はそれができなかった。

 現状を改めて見回して見る。

 妖精のフェオに、聖剣のエクス、フェニックスのピーちゃん。事前に命令しておけば、クロも力になってくれるはず。

 これだけのメンバーがいれば、俺が魔王になっても俺を倒してくれるだろう。大丈夫、みんなを信じよう。

「ピーちゃん、もしものときは頼んだよ」

【ピーちゃん?】

 ピーちゃんは確かに請け負ってくれた。

【どうされたのですか? 我が主よ】

「なんでもないさ。あ、でもそのうち、クロの力を借りるかも知れない。そのときはよろしくね」

【もちろんですとも、お任せ下さい】

 うんうん、頼もしいな、クロは。

 

 春になり、俺達は王都へと帰った。

 クリスティアナ様をいつまでも預かり続けるわけにはいかないため、挨拶も兼ねて王城へと足を運んだ。

「よく来てくれたわね、シリウスちゃん。クリスティアナもお帰りなさい。・・・うん、ここにいるときよりも、ずっと明るい、いい顔をしているわ。お母様も安心したわ」

「お母様、只今戻りましたわ。春からはシリウス様も一緒に同じ学園に通うことになりましたのよ」

「まあ! 良かったじゃない。シリウスちゃんが自分の領地の学園に通うと聞いていたから、心配していたのよ」

 我がことのように喜んだお義母様。これで良かったんだと自分に言い聞かせた。

「お久しぶりです、王妃様。私もクリスティアナ様と同じ学園に通うことになりました。今後もお付き合いのほどをよろしくお願いします」

「あらあら、相変わらず固いわね。ごめんなさいね、クリスティアナがまたわがままを言ったのでしょう?」

 さすがはクリスティアナ様のお母様。よく分かっていらっしゃる。その通りである。あ、クリスティアナ様が隣で赤くなっている。バレバレですな。

「いえ、とんでもないですよ。それで、学園へはどのようにして通うおつもりですか?」

「それなんだけど、思いきって寮に入れようかと思っているのよ」

「寮ですか? さすがに9歳で寮生活は大変なのではないですか?」

 王妃様はニヤリと笑った。う、何だか悪い予感がする。

「そうなのよ。それでシリウスちゃんにクリスティアナのルームメイトになってもらおうかと思って」

 ね? と可愛く小首を傾げた。クリスティアナ様はこの話を知らなかったのか、期待に満ちた目でこちらを見ている。

 謀ったな! 断り難いじゃないか! いや、断ったらクリスティアナ様が大変なことになりそうだ。チラリと周りを確認すると、フェオとエクスも爛々とした目でこちらを見ていた。

「王妃様、男女混合のルームメイトは許されるのですか?」

「一般学生では無理だけど、王族の特権を使えばね。ほら、近衛は一緒でも許されるじゃない? だから、シリウスちゃんをクリスティアナの近衛ということにすれば大丈夫よ」

 それ、職権乱用じゃないですかね? まあ、俺はそれに従うしかないのですがね。

「分かりました。しかと拝命致しました」

「よろしくね、シリウスちゃん。その代わり、クリスティアナを好きなようにしてもらって構わないからね」

「何でも好きなように!?」

「し、シリウス様! 何でも、とは言っておりませんわ! 何を考えておりますの!」

 プンスコと怒っていたが、顔は耳まで赤くなっていた。

 どうやら「聖剣の作り方」の本のことを思い出したようである。あの本にどこまで書いてあったのか、クリスティアナ様がどこまで読んだのかがとても気になった。

「いいのママさん? シリウス、エッチなことしちゃうかもよ?」

「クリスティアナが許すのならば、仕方がありませんわ」

「ちょっとお母様!!」

 キャーキャーとじゃれ合う二人。久しぶりの再会に喜んでいるようで何よりだ。

 俺達は学園が始まる日まで、王城で過ごすことになった。

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