第60話 私は斧じゃない

 村を出るとすぐに畑が広がった。かなり広いような気もするが、これでもまだ足りないようだ。さらに奥に進むと、森との境界線付近にまばらに畑が点在している場所に出た。

「何これ」

 フェオがそういうのも無理はない。なにせ、木の間を縫うように畑があるのだ。畑の形もぐちゃぐちゃで大変分かり難い。

「どうして邪魔な木を切らないのですか?」

 クリスティアナ様がもっともな意見を述べた。みんなウンウンと頷いている。

「木を切り倒したいのは山々なのですが、若手が足りなくて木を切ることができないのですよ」

「若手が足りない? もしかして・・・」

 もしかして、ついこの間起こった魔物の氾濫で犠牲者が多数出てしまったのだろうか? 確かにこの辺りはすぐ近くの魔境の森に接している。

「はい。魔石狩りの方が儲かるので、若者はこぞって魔物狩りに行っているのですよ。今まで役に立たなかった小さな魔石も売れるようになったので、小型の魔物を狩っても十分な稼ぎになるようで。それで今はほとんどの若者が村にいないのですよ。近くの森の魔物はもう狩り尽くしてしまっているようですからね」

 何だ、そっちか~。安心はしたが、この魔石の需要高騰を引き起こしたのは自分のせいでもある。ここは領主の息子として、次期公爵として、その手腕を発揮するしかあるまい。

 この辺りに魔物がいないと聞いて、フェオがブー垂れているが。

「分かりました。では邪魔な木は私達が何とかしましょう」

「本当ですか!? ありがとうございます。これで作業も楽になります」

 村長息子はペコペコと頭を下げた。

「それで、どうするの?」

「まずはエクスで木を切り倒そうかな。倒れた木は・・・」

「やだ」

「え? ナンデ!?」

「私は斧じゃない」

 オーノー! なんてこった。エクスにも剣としてのプライドがあるのだろうか。嫌なら無理強いは良くないな。別の手を考えないと。

「う~ん、だとすると新しく魔法でも創るかなぁ」

「さらっと言ってるけど、それ、ほんとはとても異常なことだからね? シリウスは分かってる?」

「それならフェオ先生の素晴らしい魔法でやっちゃって下さいよ」

「ふぇ!? あ、えーっとー」

 目を逸らした。特に何か代案があるわけではないらしい。

【魔法が創れるなど眉唾ですが、それならば私が全てを灰にしてあげましょう】

 ピーちゃんが胸を張った。さすがはフェニックス。火力は凄そうだ。

「いや、切り倒した木は新しく家を造ったり、修理に使ったり、薪にしたりと他の用途で使うから止めてね。クリスティアナ様もピーちゃんが暴走しないようにちゃんと見張っていて下さいね」

「わ、分かりましたわ」

 クリスティアナ様もまさかピーちゃんがそこまでできるとは思っていなかった様子。普段はペット扱いしてるもんね。見た目がインコなのがよくない気がする。

【主は本当に魔法が創れるのか?】

「うん。はいできたー」

【は?】

「何て魔法なの?」

「『黒ひげ危機一発!』という魔法だよ」

「・・・ねぇ、クリピー。シリウスの魔法名、相変わらず理解に苦しむのだけど」

「私にそう言われましても・・・ところで、どのような効果の魔法なのですか?」

 フェオもクリスティアナ様も困惑した表情だ。失礼な! 教えてあげないぞ?

「この魔法を使うと、木がピョンと抜けるのですよ」

【は?】

「ナンデ!?」

「木を抜くための魔法ですか? 変わった魔法ですわね」

「いえ、おそらくは土に埋まっている物は何でも引っこ抜けると思います。試してみましょうか」

 そして試しに近くの邪魔な木に『黒ひげ危機一発!』の魔法を唱えた。

 するとどうだろう。想像通りに木がピョンと少し飛び上がり、抜けた。だが、問題が発覚した。木がどの方向に倒れるか分からない。まあ、遠くから魔法を撃てばいいか。

 大きな音を立てて倒れる木を、俺を除くみんなが呆然と見ていた。

【デタラメが過ぎる・・・】

 クロが完全に引いていた。何だろう、ちょっと傷つくな・・・。

 倒れた木は『ムーブ』の魔法で何とかするとして、あとは枝葉の切り落としだな。枝は薪にも使えるので焼き払うのは勿体ないかな。

「フェオ、この木の枝葉を切れないかな? ほら、あのクリスティアナ様を裸にした魔法で、この木を丸裸にできないかな?」

「う~ん、あの魔法は人間にイタズラするための魔法だからね~。無理だと思う」

【クリスティアナ様を裸にした、ですって?】

 ピーちゃんから低くてどす黒い声がした。違うんだよピーちゃん。誤解なんだよ。

「いや、えっと、最終的には裸になったわけですけど、やったのはフェオでしてね。悪気はなかったんですよ」

「え、あたしのせいにするの!? シリウスもガン見してたじゃない!」

「ば、バカ、そんなことしてないよ! してませんよね、クリスティアナ様?」

 クリスティアナ様は顔を真っ赤にして両手で顔を隠していた。耳まで真っ赤だ。

 そして俺達の目の前も真っ赤に・・・。

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