第38話 贈り物

 さて、少し予定が変わってしまったが、予定通りミスリルで指輪を作ることができた。

 クリスティアナ様が隣にいるので、指輪のサイズもバッチリだ。薬指のサイズを測っている間、終始顔を赤く染めていたのが初々しくて、思わず抱きしめたくなったが何とか堪えたのは内緒だ。

「次は宝石のカットだな。・・・よし、ブリリアントカット」

 市場で買った、それなりに加工されたダイヤモンドを手のひらの上に乗せ、魔法を唱えた。

 するとダイヤモンドは、スルリ、とまるで一皮剥けたかのように音もなく思い描いた通りにカットされた。

「よしよし、いい感じだな」

 手のひらの上にはランプの明かりを受け、キラキラと光輝くダイヤモンドがあった。

「こんなに美しく輝くダイヤモンドは見たことありませんわ。どうなっているのですか!?」

 宝石に関しては少しばかり自信のあるクリスティアナ様が驚いていた。カット1つでここまで変わるとは思っていなかったようだ。

「いやいや、よし、じゃないよ!まさか今の一瞬で魔法を創ったの!?」

 そうなのだが、魔法の構想自体は朝市の時からあったので、今ではないと思う。

「いや、朝から考えていた魔法だよ」

「朝考えた魔法を夜に完成させる人なんて、普通居ないと思う」

 なんてこった!フェオに普通を説かれてしまった。常識知らすの妖精フェオに!

「ちょっと、何か不謹慎なこと考えてない・・・?」

 まるで地を這うかのような低い声をフェオが出した。

 フェオってこんな声も出せるんだ。

「ごめん、ごめん!フェオにそこまで言われるなら、もう少し考えて魔法を創った方が良さそうだね。気をつけるよ」

「そう?分かればよろしい」

 どうやら機嫌を持ち直してくれたようだ。

 では改めて、ミスリルの指輪にダイヤモンドを取り付ける台座を作るべく、俺は形を加工する魔法、クラフト、を黙って使った。

 みるみるうちに予想通りのものが仕上がり、そこにダイヤモンドを取り付けた。

「これで形はオーケーかな。後は・・・」

「まだ何かやるつもりなの?」

 フェオが半眼で見てきたが、どうやらクラフトの魔法には気がつかなかったようだ。

「これに魔方陣を組み込んでみようかなと思ってさ」

 昼間に購入した本の中に、刺繍の図案として魔方陣があった。

 それらの魔方陣の効果については何も書かれていなかったが、身につけるものに描かれているものなので、恐らく、身体能力アップやら防御力アップやら魔法効率アップやらの効果があるのではないかと思っている。まさか呪いの図案ではあるまい。

 一見、複雑に見えた刺繍の図案だったが、よくよく見ると複数の魔方陣が幾重にも重なっているだけであった。

 図案を分解してみると、数種類の魔方陣に分けられ、その一つ一つは大した大きさではなかった。

 一般的に、魔方陣は大きければ大きいほど効果が高いと言われているので、このサイズの魔方陣の効果は、ほんのり、なのかも知れない。

 まあ、気休めだと思って、試しに指輪に魔方陣を組み込んでみようと考えたのだ。

「そんなことできるの?」

「やってみないと分からないけどね。でも、いい線行くと思うんだよね」

 小さな魔方陣をよく見ると、模様は一筆書きで描かれており、幾つかの記号が並んでいるようだ。

 恐らく、その記号は古代高度魔法文明の文字なのだろう。何を意味するのかはサッパリ分からないが、その文字の通りに書き、最初と最後を環状に繋げれば魔方陣として機能するのではなかろうか。

 魔方陣の多くが丸い形をしているのはそのせいなのだろう。

 もしそうであるならば、直線状に書いても機能するはずだ。幸いなことに指輪は環状であり、簡単に最初と最後を繋げることができる。

 俺は細い針を手に取り、慎重に魔力を流してミスリルを柔らかくしながら指輪の内側に溝を彫る、という大変緻密な作業を行った。

 集中しろ、集中。

「シリウス様のあのような凛々しい表情は久しぶりに見ましたわ。いつもあのようにしていればいいのに、どうして普段はあんなにだらしない表情なのでしょうか」

「うえっ!?クリピー気づいてないの?」

「何にですか?」

「シリウスがだらしない、締まりのない表情をするのはクリピーの前だけだよ?普段の表情があっち。いや、もっと近寄り難い、人を寄せ付けない顔をしてるかな・・・」

「ふぇっ!?で、でも、フェオと一緒にいる時もあの顔ですわよ?」

「ええっ!そ、そうだっけ?」

 もじもじする二人が視界の片隅に映る。

「そう。マスターは二人といる時はとっても楽しそう。一人の時はつまんなそう。いつも一緒だからよくわかる」

 二人して真っ赤になって、ワイワイと騒いでいる。

 集中できねー!

 しかし、そうなのか。意識してなかったけど、そうなのか。顔に出ているなんて知らなかった。

 何だか恥ずかしくなってきたぞ。

 何とか意識を集中し、何とか形になった。

「で、できた・・・何か思った以上に大変だった。それではクリスティアナ様、左手を出していただいてもよろしいですか?」

 そう言ってクリスティアナ様の左手を掴み、その薬指に指輪をはめた。

 うん、当然だけどピッタリだ。青銀に透き通るように輝くダイヤモンド。素人が作ったわりにはなかなか様になっているのでは?

 静かになっているクリスティアナ様は、指輪を見つめたまま完全に石化していた。

 うん、あれだ、あれだね。いつものだね。

「クリスティアナ様、しっかりして下さい」

 ユサユサとクリスティアナ様を前後に揺さぶると、ようやく我に返った。

「シ、シリウス様、く、薬指に指輪だなんて・・・それも左手に!?」

「そんなに驚くことでもないでしょう?正式な結婚指輪は、後でちゃんと用意しますよ。これはまあ、婚約指輪、ですかね?」

 お茶目感を出すために、ウインクして微笑んだ。

 それを見たクリスティアナ様は当然真っ赤になり、しばらくは使い物にならなかった。

 その間にフェオのための腕輪と、エクス用のネックレスをミスリルを使って作り上げた。宝石も同じダイヤモンドにした。

 違うのにして拗ねられたら困るからね。

「よ~し、できたぞ~。それじゃ、まずはフェオからね。腕を出してよ」

 そう言うと、何故かフェオはもじもじと右手を口元に当てながら左腕をそっと出してきた。

 あれ?妖精にも人間の結婚指輪のような習慣があるのかな?

「フェオ、妖精は婚約腕輪を送る習慣なんてあるのかい?」

「そ、そんなのないわよ!妖精は結婚なんてしないから!あ、あたしが初めてなんじゃない?その、あの、婚約腕輪を貰うのとか・・・」

 なにこれ可愛い。フェオが照れるとこんなに可愛いらしくなるのか。物凄い庇護欲に駆られ、思わずフェオを抱きしめた。

「うきゅう」

 変な声を上げてフェオかクニャッとなった。

「スケコマシ」

 エクスが半眼でこちらをジトッと見ていた。

 その後、何とか復活したフェオに何とか腕輪を付け、最後にエクスに首輪ならぬネックレスをかけた。

「エクスが身につけたネックレスって、変形したらどうなるのかな?」

「ん、やってみる」

 そう言うや否や腕輪型に変形した。

 しかし、やはりと言うか、ネックレスはエクスの一部とは認められずその場に落ちた。

 それを見たクリスティアナ様とフェオがわずかに沈黙した。

 俺はそのネックレスを手に取り、自分の首にかけた。

「エクスが人型に戻ったら、また首にかけてあげるよ。このネックレスはエクスのものであり、俺のものでもあるということだね」

 優しくそう言うと、エクスは人型に戻った。

 俺はすぐにエクスにネックレスをかけた。

「ん、これがマスターとの結婚の証」

 頬を染め、慈しむようにネックレスを撫でるエクス。

「!?」

「!?」

 その言葉に驚愕する二人。

「エクス、まだ結婚するには早いのではありませんか?」

「そうそう、一人だけ抜け駆けしようだなんて、そうは問屋が卸さないんだからね!」

 やいのやいのと騒ぎ出す三人娘。嫌いじゃないよ、こういうの。


 三人が三人、それぞれの俺からの贈り物を受け取ってくれたところで、うっかり忘れそうになっていたことを聞いてみた。

「フェオ、フェオのフェオちゃんアイでクリスティアナ様を見て貰えないかな?」

 フェオちゃんアイとは、聞いた所によると、魔力を見ることができる妖精専用の摩訶不思議な目、らしい。人族で言うところの魔眼に相当するようだ。魔眼を持ってる人なんて見たことないけど。

「いいけど、何で~?」

 そういいながらクリスティアナ様を調べてくれるフェオちゃん。優しい。

 ジッと見つめることしばし、何かに気がついたらしい。

「ん~、守護の魔法がかかってる?ほんのりだけど・・・」

「え?そのような魔法を使った覚えはありませんけど・・・あっ!まさか、指輪ですの!?」

 ギョッとして指輪を見るとすぐにこちらに目を向けた。

「上手くいったみたいですね。どうやら組み込んだ魔方陣は守護の効果だったみたいですね。衣服への刺繍用だったので変な効果のものはないとは思っていましたが、なかなかいいものが引けました」

 効果が分からないため、最初の一回はガチャ要素が強いが、後は問題無さそうだ。効果と記号を照らし合わせれば、魔方陣の解読なんかもできちゃうかも知れない。

「これは魔道具・・・ではなく、付与アイテムですわよね?付与アイテムだなんて古代遺跡かダンジョンの奥深くでしか見つからないはずなのに、はずなのに、作ってしまわれたのですね」

 何故か二回言われた上に、もはや諦めたかのような眼差しでこちらを見つめてきた。

 うーむ、アイテムに魔方陣を書き込むという発想は出てこなかったのかな?思いつきそうだけどね。

「そもそもミスリルにこのような緻密な模様を書き込むこと自体が不可能ですわ。ミスリルに魔力を流して柔らかくするとか、どんだけですの。しかもこれ、魔方陣ではなくて模様ですわよね?どうしてこれで魔法の効果が・・・」

 珍しくクリスティアナ様が何やらぶつぶつと呟いている。そんなに現実逃避したくなるくらいマズい代物だったのか。

「フェ、フェオの腕輪はどんな効果なのかな~?」

 こちらは聞かなかったことにして話を振った。

「んん~?ん!速度上昇みたい!」

 そう言ってフェオが嬉しそうに部屋の中を飛び回った。

 確かに早くなってる。

 以前はクリスティアナ様の走る速度と同じくらいの速度しか出せなかったのに、今はクリスティアナ様の全力疾走よりも少しだけ速そうだ。

 何を隠そう、妖精の飛行速度は速くないのだ。むしろ、遅いのでは?ほんとにそれで大丈夫?と心配になるくらいの速度だったので、この効果は素直に嬉しい。

「エクスのネックレスはどんな効果なのかな?」

「えーっとね、料理上手?」

「ん、マスターの為に美味しい料理をいっぱい作る」

 両手でグッと握り拳を握るエクス。やる気満々だが、エクスが料理を作る機会はそうそうないと思われる。

 だって、包丁握ったこともないでしょ。付与の効果はほんのりなので、やったことない人が急にできるようになるほどの効果はないはずだ。

「あ、ありがとう、エクス。無理しなくていいからね?」

 俺は引き吊った笑顔を作った。飯マズなものが出来そうな予感にゾクゾクした。エクスにつられてクリスティアナ様とフェオが料理の真似事をしないことを祈るばかりだ。

「料理上手だなんてヘンテコな効果の魔方陣もあるのね。ねぇねぇ、他にどんな効果の魔方陣があるの?」

「それは解読してみないと分からないね。そのためにも、魔方陣を組み込んだアクセサリーをいくつか作っておこうかな」

「まだお作りになるつもりですの!?すでに国宝級のアイテムが3つも出来上がっておりますのに!」

 国宝級とは、クリスティアナ様も大袈裟だな。効果も弱いし問題はなかろう。そう思って魔方陣の解読に使えそうな魔方陣を組み込んだアクセサリーをいくつか作った。

 その甲斐あってか、俺は魔方陣の解読と同時に古代語の解読にも成功したのであった。

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